第2話 君に触れたら③

 最近まで、楽しかったんだ。

 旅をすることは楽しかった。

 知らない場所を訪れるのはワクワクした。


 なのに、急に私の心は動かなくなった。


『――同期されました』


 カーテンが開く前に、体を起こす。

 同期された記憶に思い馳せるよりも先に軽く溜息をついてしまった。その原因はわかっている。

 シイナと拡張時間を共にして以来、拡張時間が物足りない。

 どこに旅しても満たされない。ワクワクしない。知っている公園でのあの思い出があまりに楽しすぎて、美しすぎた。

 隣に彼女がいないだけで、こんなに違う。


「はぁ……」


 時間のあり方を、改めて考えてしまう。

 一人の時間は大切で、誰にも邪魔されない自分のための時間だ。

 誰かといる時間は邪魔もされるし、予定通りに上手くいかないことが多く、自分のための時間じゃない。けど、それは『自分の時間』の否定にはならない。

 自分だけの時間じゃなく、誰かとの『自分の時間』だ。邪魔されたって、うまくいかなくたって、それもまた大切な自分のものになる。


『カズサ、今日は自分で起きましたね。偉いです』

「……何か言いたげだね」

『良い素敵な時間を』


 今日はシイナとのデートの日だった。

 シイナに会える。

 そう思えるだけで、心は動くのであった。



 × × ×

 

 待ち合わせよりも20分近く前に着いた。


「ふあ~」


 口から出る欠伸を、手で隠す。

 一日たっぷりと遊ぼうとのことで、学校の始業時間より前の集合だった。

 ……朝が早い。

 時間を有効活用するために、惰眠を貪ることは禁止だ。 

 ボールと鳥のマスコット?のモニュメントの前で一息つく。ここがわかりやすいからとシイナが指定してきた目印だ。かつてプロ野球チームがあったらしいが、マクハリがシンクライの特区に選ばれてからは隣の街に野球チームは移動したらしい。

 だが、チームがいた証としてこのモニュメントは残されている。

 様変わりした街でも、変わらないものがある。それは良いことに思えた。


 シイナに言われたことを思い出し、自分の恰好を確認した。

 「せっかくのデートなんだから制服で来ない」でと言われたので動きやすい恰好できた。バッチリだろう。

 なのに、シイナに最初に会って言われた言葉は、


「スカートを履け」


 だった。きちんと考えてきたのに心外だと抗議したら、鼻で笑われた。


「デートでしょ、おしゃれしろーい。スカートを履け、ズボンだとしてももっと努力して!」

「これ伸縮性が抜群で、長ズボンだけど動きやすくてね」

「今日はスポーツをするんじゃない! それになんでジャージを羽織っているの?」

「上も伸縮性抜群で」

「ださい。なんで伸縮性が最優先なの!? 自分でその姿を見てみてよ。鏡持ってないの? 女子の嗜みでしょ?」


 さっきも確認したのだが、何が不満だというのだ。

 自分ではなく、彼女の姿を見る。


「……何?」

「シイナの恰好は凄くおしゃれだね」


 カーキのジャンスカに白色のカットソー、そして足元はゴツいスニーカーでボリューム感を出しているんだ、とのことだった。なるほど、よく考えられているなと思った。私にはよくわからなかったけど、説得力があった。


「じゃあ行こうか」

「私の言葉を聞いていなかったの? どこに行くつもり? 装備無しでダンジョンに行くなんて命知らずだよ」


 散々格好に文句を言われたが、お家に帰ったって服はない。デートに着ていく服がない。それこそ制服一択になってしまうだろう。


「なら、デートに着ていく服を買っていく」


 服がないなら買えばいいじゃない、とどこかの女王様みたいなことを言った。

 「いやだ~~~~~~~~~」と抵抗しても無理やり連れていかれた私なのであった。



 × × ×


「黒のストライプワンピも、サササのスタイルの良さを出せるか。うん、きれいなシルエットが出ているね。よいよい」


 駅前にあるモールに連れていかれた私は、おままごとの人形かと思うぐらいに着せ替えられていた。母が構ってくれない分、小さい頃の私にはオモチャがよく与えられ、ひとりでごっこ遊びをしていたなとチクリと胸に刺さる。


「はい、次はこっち。ほら早くー」

「……えー」

「めんどくさがらない。私が着替えさせちゃうよ?」


 それじゃ、本当にシイナのおもちゃだ。

 面倒な気持ちより羞恥心が勝ち、しぶしぶ渡されたものに着替える。試着室の鏡に写る自分の恰好がなじみない。

 違和感が、ある。こんな格好をしたことない。服が可愛いすぎると心が訴え、批判するが、目が離せなかった。自分らしくない。でも、悪くない気持ちだ。

 カーテンを開け、外で待っている彼女に私の姿を披露する。


「……どう?」

「いいじゃん」


 と言いながらも、私に近づき、細部まで凝視してくる。


「こっちのボウタイブラウスは強調しすぎなデザインかな……。でも、こっちのボリューム袖が良いな。うーん、黒のスカートなら大人っぽさも出るか。あり、ありだ」


 相変わらず用語がわからない。シンクが解説してくれようとするが、詳しく説明されても容量がパンクしてしまうだろう。断って、彼女の品定めに耳を貸す。


「ぼーっとしてないで。サササはこの店で何か気になったのあった?」


 ずっとシイナのターンだったから、そんなこと急に言われても困ってしまう。服を見ても、自分が着ている姿を想像できない。

 けど、何も言わないのも失礼かなと思い、目についた服を手に取った。

 

「じゃあさ、これはどう?」

「オフショルダーは駄目でしょ! これじゃ肌色見すぎだよ。どういうつもり!? なんで冒険しちゃうかな~」


 言われ放題だ。そんなに言われると逆に反骨心が湧いた。


「……そうかな。悪くないと思うけど」

「言ったな。じゃあ着てみろ~」


 着て、再びシイナの前に姿を現した私は、すぐに後悔した。


「……心もとない」


 「でしょ~」という顔をしてきた。

 肩が晒されるという無防備さ。これは冒険しすぎだ。動くとずり落ちそうで怖い。

 普段の服は私を守ってくれていたんだな……と感謝してしまうのであった。肩だしファッションなんて水着や下着と一緒だ、と言われたらおしゃれな人には怒られてしまうかもしれないけど。自分を晒すことに、怖さがある。


「うんうん、柔らかい印象のベージュに、シックな黒が引き立つね。素敵だよ」


 シイナに渡された中で私も良いなと思った服を再び着た。

 ベージュカーディガンに、黒ワンピ、とのことだ。

 試着室から出て、シイナが私の周りをうろうろしながら360度確認する。

 こうして並んでみると、私の方がシイナよりも少しだけ身長が高い。

 といっても5センチも差はないだろう。シイナも私もそれほど小柄ではなく、だからといって高身長というわけではない。女性の中では、私も彼女も平均よりは高い。

 シンクライにより、よく寝るようになった影響かもしれない。寝る子は育つ。きちんと寝なければ拡張時間は享受できず、時間の無駄が増える。寝る子は賢くなる時間が増える。


「うん、いいね。これにしよう」

「私が言う台詞じゃない?」

「だって、サササじゃわからないでしょ?」


 何も反論できなかった。


 × × ×


 私が払うといったのに、「サササのファッションショー鑑賞代だよ」と言ってシイナが私にプレゼントしてくれた。そして買った服装をそのまま装備したわけだ。

 見慣れない私の恰好に、私自身も驚いてしまう。

 ……悪くないな、と口にはこぼさなかった。


「よし、準備できたね」

「うん、今日はお疲れ様でした」

「おいおい、帰ろうとするなー!」


 服を選ぶだけでも、かなり心と体力を使った気がする。慣れない体験は消費量が倍なんだ。


「もう、今日はこれでいいんじゃない?」

「よくないー! デートはこれからでしょ!」


 ……せっかくのオシャレを無駄にしないためにも、彼女の提案に乗るしかない。

 プレゼントしてくれたのだ。このまま着て帰ったら、棚にしまってもう二度と着ない気もする。


「時間は有限なんだから、早くいくよ~」


 シイナが私の腕を引っ張り、催促する。

 この時間は拡張できないし、思い通りにならない。

 だから大切なのかなと、引きずられながら考えたのであった。


 こうして、装備を揃えた私とシイナのデートが始まったのであった。

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