第2話 君に触れたら②

「じゃあ、俺らはこれで」

「お邪魔虫だね~」

「ちょっと待って!」


 去ろうとする友人二人を慌てて止めようとするが、抵抗された。


「待たん! リア充オーラを浴びたくない!」

「二人でゆっくりお話しくださいー」


 そう言って二人は足早に去った。

 余計な気を遣われた。目撃者である二人がいてはややこしいことは確かだが、シイナと二人っきりの状況にはしてほしくなかった。まだ、心が落ち着いていない。


「ごめんね。楽しく話していたところ、邪魔しちゃった?」

「いや、いいけどさ」


 謝られるところは、そこじゃない。

 シイナはベンチの隣に自然と座ってきた。相変わらず行動にためらいが無くて、距離感が近い。

 

「で、朝のことは何?」

「朝?」

「何かあったの?、っていう顔しないでよ! 忘れすぎでしょ! 私の……初めてだったんだから」


 そう言ってやっと、あぁ! と思い出した顔をした。本当に忘れていたの? 私は朝からずっとそのことで悶々としているのに、軽い。


「サササの初めて貰っちゃたぜ~! ラッキー」


 そして、言葉も軽かった。ラッキーってなんだ、ラッキーって! 私の初めてのキスがラッキーで済まされていいはずがない。安売りはしていない。


「へへへ、失礼しました。サササの初チューをいただきました。朝はフルーツを食べたのかなって思うような甘い柑橘系の味で」

「感想を述べるな、感想を!」

「柔らかったです」

「だから、感想を述べるな!!」

 

 自分でも顔が真っ赤なのを自覚する。シイナと話していると調子を狂わされる。私はこんなにテンション上げて話すキャラじゃない。話しても話してもツッコミが追い付かない。

 

「もう、本当なんなの……」

「大丈夫、私も初めてだから! ファーストキスを捧げちゃったぜ☆」

「…………えっ」


 え、初めて?

 初めてなのに、あんなに気軽にしてきたのか。唐突すぎるし、ためらいが本当にない。もっとムードとか無いの? もったいなくない? そういうもんなの? 私が考えすぎ? 

 私のファーストキスも、彼女のファーストキスも価値が低すぎだった。


「ほら、ラッキーでしょ。サササもラッキーだ、わーい」

「わーい……ってやるか! ラッキーじゃな……ぃ」


 言い淀んでしまった。

 なんか手馴れていたから、そういうこと平気で、よくしているんだなと思っていたけど、初めてって知ってちょっと嬉しくて……嬉しくない! 嬉しくないんだから!? ムードもへったくれもなく、私のファーストキスが消化されたのだ。しかも友人二人に現場をバッチリと目撃されて。訴えたら完全に私の勝利だ。反論の余地もない。

 それより、行動の理由だ。


「どういうことなの?」

「どういうことなんでしょう~」


 顔を近づけるな、ドキッとしてしまう。慌てて両手を前に出し、相手が行動してきたら抵抗できるように準備する。なんだ、この構え。


「なんで私にキスしたの!」

「うーん、……気分?」

「気分ですんなー!」


 気分で私のファーストキスイベントを回収しないでほしい。


「嫌だった?」

「……理由を知りたいんだって」

「サササだからだよ」

「理由になってないって」

「シイナのCはチャンレンジのCだからね」

「だからね、になってない!」

「What a coincidence!」

「何て偶然なんでしょう、じゃないよ! 偶然じゃなく、故意だよ」

「恋?」

「読み方が違う!」

「鯉?」

「池で泳いでない」

「ちなみに鯉もシイナのCだね」

「Carpじゃないよ!」


 何の話をしているんだ。はぐらかされて、話が進まない。

 まともに話してくれず、これ以上聞いても理由はわからなそうだ。

 私も学校の敷地内で、こんなに「キス」の話をしたくない。変に噂されてしまいそうだ。


「もう朝のことは置いとくよ」

「置いてかれたー」

「誰のせいだと思っているの……。もう、朝のことはともかく、シンクライで一緒にいられて昨日は楽しかったよ。ありがとう」

「うーん、でも現実じゃないでしょ」


 現実ではない。その通りだ。

 

「現実じゃなくても、楽しかった気持ちは本物だよ」


 シイナの言葉に救われて、シイナのおかげで笑顔になれた。

 「素直なサササは気持ち悪い」とあの時の同じように揶揄われた。私がこんなにムキになるのは、目の前の彼女だけだ。今までこんな存在はいなかった。

 だから嬉しくて、調子を狂わされてばかりだけど、私はもっと彼女といたいと願う。

 

「シイナがどんな気持ちかわからないけど、私はシイナのこともっと知りたい」


 もっと彼女を知って、もっと仲良くなりたい。私の時間をシイナのために使いたい。シイナが「なるほど」と頷いた。


「それってもっとキスしたいってこと?」

「違う! 違うから!!」

「違うの?」

「ち、ちが………………うと思う」


 小首を傾げながら問う彼女が可愛くて、拡張時間だったら写真を残しておけたのにと嘆く思いがあって、「違くない」と答えてしまうところだった。

 なんだろう、シイナの仕草はいちいち私にグッとくる。そんな自分に心底呆れてしまう。


「キスの話はもうやめー!」

「じゃあ知りたいって、何をする?」

「……」

「何するの?」

「何をすれば……いいのでしょうか」

「私に聞いちゃうの?」


 ごもっともだった。シイナを知るために何をすればいいのだろうか。

 仲良くなるための知識が私には乏しかった。

 そんな私を見かねたのか、私のデジタルクローンであるシンクがどうすればいいのか案を出してきた。藁にもすがる思いで、私は提案された言葉を口にした。


「……私とデートしてください」


 言った後にすぐ後悔する。

 デート。直接的な表現過ぎないか。私がまるでシイナに好意を持っているみたいじゃないか。おい、シンク! と抗議したいが、よく考えずに口にしたのは私だ。そしてその答えが最適解だと思って、シンクは出してきたのだ。シンクライに間違いはない。きっとそうなんだ。私よりも私を知っている。

 それに残念ながら、時間は拡張できても戻すことはできない。

 今すぐ逃げ出したい気持ちだったけど、彼女は逆に問いかけてきた。


「それはカズサにとって、時間の無駄じゃないの?」


 彼女と出会う前だったら、時間の無駄だと即答しただろう。

 でも、今の私は違う。

 出会ってしまった。変えられてしまった。時間を共にした。

 私の中で、時間の概念が変わった。


「私には、大事なことなの」


 今度は自分の言葉で告げたが、別の恥ずかしさでまともに彼女の顔を見ることができなかった。

 まるで告白しているような気分で、彼女の返答を待つのが息苦しかった。

 

「そっか、でもシンクライの中では駄目」

「え?」

「現実でデートしよう」


 答えまでの時間が長く、聞いてからの時間も長く感じた。

 

 × × ×


 昼休みだけでは話が終わらず、放課後も彼女と会うことになった。

 「今日は予定があるから一人で帰る」と友人二人に告げるとニヤニヤされた。「一人じゃないでしょ~」とミヤに揶揄われた。用事を伝えなくても、バレバレで恥ずかしかった。


「デートで行きたい場所はあるの?」

「えーっと……」


 ライトレールの座席で隣に座る彼女、シイナに質問されるが答えられなかった。これまでシンクライでたくさん旅してきたが、誰かと行くことは考えてこなかった。そして、身近なところに目を向けてこなかったのだ。私のシンクも同様で、正しい答えがすっと出てこない。


「もうサササが誘ってきたんだよ~」

「面目ない……」

「まぁ、それがサササっぽくて好きなんだけどさ」

「……っ!」


 好き、と軽々しく口にしないでほしい。心臓が持たない。シンクライの中だったら録音しておけたのにと思ってしまった自分が痛い。


「じゃあ私が決めるよ。マクハリの外に行こう」

「マ、マクハリの外?」

「そう、マクハリの中じゃ知っている場所だらけで、おデートの新鮮な感じがしないでしょ?」

「それはそうだけど……」


 シイナの言う通りだが、外は不安だった。私はこの街以外をほぼ知らない。

 マクハリで生きて、マクハリで事足りてしまっている人生だった。


「うーん……」

「渋らない! サササはシンクライの外を知るべきだよ」


 そうなのだろうか。「はい、決まりー」と私の返答を待たずに決定してしまった。提案できなかった自分に拒否権はない。


「そうそう、せっかくのデートなんだから、制服で来ないでね」

「え、制服以外で外出していいの?」

「……おい、どこの箱入り娘だ」


 学生だから外出も制服なのが当然だ、と言ったら呆れられた。


「私は知識ありますって自信満々な顔をしているのに、サササは世の中を全然知らないね」


 ぐうの音も出ない。便利な世界であるマクハリからわざわざ出ることはしてこなかった。


「制服は駄目だよ。カズサは危機感なさすぎ。世の中にはマクハリの人間を良く思っていない人もいるんだよ? それなのに、マクハリの生徒とわかる制服をわざわざ外で着ていいわけ?」


 ここでは普通で過ごせていることが、外の世界では変わる。世界はこの地だけではない。マクハリ以外が、ほとんどだ。


「マクハリの外でも、時間は流れている」


 外と中では時間が平等じゃない。それでも、時間は確かに流れ、存在している。


「カズサは世間を知らなすぎだよ。お母さん心配だわ」


 同級生に心配される私って……。同い年に子ども扱いされるのは情けなくて、でも言い方が面白くて嫌な気持ちにはならなかった。

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