第2話 君に触れたら
第2話 君に触れたら①
技術の進化は、人を幸せにするのか――。
技術が発展し、生活は便利になり、人々の暮らしは豊かになった。シンクライほどの革新がなくても、人々は技術によって余裕を与えられ、趣味に興じる時間ができたのだ。技術なしでは今の生活は絶対成り立たない。
だが、心が豊かになっているかは別の話だ。
趣味が全員にあるわけではない。余暇を持て余している人間もいる。ただただ仕事を漠然としているだけで幸せな人だっていたはずだ。やることがない。やることがあった方が楽だった。
効率性が、幸せには繋がらない。
なら、人間はもっとクリエイティブな分野で力を発揮すべきだ。と言われるかもしれないが、同様に全人類がクリエイティブなわけではない。クリエイティブに適用できる人間はごく一部だ。
ほとんどの仕事はAIに奪われ、クリエイティブ、考える分野での仕事も生身の人間でなくても良い未来が目前に迫っている。
だから、人をシンクライによって拡張したのだ。
箱庭に閉じこめ、時間による拡張で感覚と認知を拡大させた。
だが、ここで話は戻る。
――拡張されて、私は幸せになれているのだろうか。
答えは、
「どういうつもり」
「……なにが」
無機質な私に似た声が、話しかけてくる。
「どういうつもりでアイツに接触しているの」
「アイツ? あぁ、彼女のことね」
悩んで、困惑して、でも無邪気で、世間知らずなところもある可愛い女の子。
接触なんて言い方は好きじゃなかった。
私の意志で、私は彼女に……なんていえばいいだろう。干渉している、ううん、彼女の言葉で言えば「時間を共にしている」だろうか。
理由なんて、決まりきっていた。
「幸せのためだよ」
それが、人としての生き方だから。
「意味がわからない」
「わからないよ、私にしか解らない」
だから、私は今日も私のために生きようとする――。
× × ×
シンクライによる拡張時間は、完璧ではないのかもしれない。
制限に縛られ、禁止事項が存在する。
だが、その制限がなくては成り立たないのも事実だ。ルールがなくては人は時間を無駄に使い、悪用してしまう。何でもありは理を破壊してしまうのだ。
――不完全だから、制限があるから成り立っている。
制限下の中で生まれるリアル。拡張時間の中で生まれる感情は同期されることで確かに存在し、現実に作用する。
現に私に作用したのだ。大きく影響し、現実を変えた。
しかし、それ以上に現実のシイナの行動は私の日常を大きく変えてしまった。
「カ~ズ~サ~。どういうことか説明してもらうからね!!」
お昼を食べるのもそっちのけで、質問攻めにあっている。
朝から衝撃的なことがあった。
隣のクラスであったと判明したシイナが私の教室に会いに来て、私にき、き……唇を接触してきたのだ。あぁ! キス、口づけされたんです。友人が目の前にいることもお構いなしに、朝から派手にぶちゅーと。……訳が分からない!
訳が分からないのは、目の前の二人も同じだった。いや、私以上に意味がわかっていないだろう。
「キスした子はカズサに水をかけてきた子だよね!? 水かけたと思ったら、次会った時にはキスするってどういうこと!? 行間で説明なさすぎだよ! 超展開すぎて視聴者おいてけぼりだよ!!」
興奮気味に話す友人、ミヤの言う通りだった。
私がシイナと会って話したことも、シンクライで拡張した時間を共にしたことも伝えていない。訳が分からなくて当然だ。
その一方で、私とシイナのキスシーンを同様に目撃したもう一人の友人は、どこか落ち着いていた。
「なるほど。実は初対面じゃなく、水をかけたのは痴情のもつれだったわけだ。俺たちが見せられたのは痴話喧嘩。俺も金髪美女にいじめられたいものだな」
ムツの言っていることは、さっぱり意味がわからなかった。冷静に分析している風で全く違う。痴情のもつれ、痴話喧嘩なんてほどの時間も関係も、私とシイナの間にはない。金髪美女にいじめられたいなんて欲望をさらっと晒すな。ミヤが細い目をして睨んでいるって!
仕方ない、説明しなければどんどん誤解は広がっていくだけだ。
「初対面だったよ。水をかけられた時は初対面だったけど……」
けど、どう説明していいのか、わからない。
というか、自分でもわかっていない。
私だって知りたい! 説明してほしい。
――キスの意味。
……キスの意味ってなんだ? 何で口づけする必要があるの?
揶揄われたにしては度が過ぎる。シンクライで存分に揶揄われた。キス寸前で、揶揄うには十分だったはずだ。
なのに、次の日会うや否や口づけされた。
「どういうこと!?」
思わず口に出してしまった。
意味がわからなかった。揶揄うにしてはやりすぎな行為だ。やりすぎでないとしたら、それは……何? 欧風式の挨拶じゃないよね。好意? 好感? 好き?
……好きって何?
好きって何だろう。好意をもたれることは嬉しいが、それが恋愛までに発展する感覚がわからない。
「どういうことはこっちの台詞だよ。なんなの、カズサはあの子に弱みでも握られているの?」
「いや、シイナに弱みは握られていないけど」
「シイナ? シイナさんっていうんだね。え、初対面だったはずなのに、急にカズサが呼び捨てするほど仲良くなるなんて、この数日で一体何があったっていうの?」
そう、ミヤの言う通りで、まだ会ったばかりなのだ。水をかけられ、水をもらい、拡張時間で遊んだ。会ってから間もない。時間の長さが足りない。
……はたして、時間は短いのか? フレンドリーじゃない私なのにすでに呼び捨てする関係になっている。シイナは変なあだ名で呼んでくるけど、それも関係値がなければできないはずだ。そうなのか? シイナなら誰だって初対面で打ち解けそうだと考えたら、心がもやっとした。
……なんなんだろう、この感覚は。まぁ今はいい。
好きになるのに、時間の長さ短さは関係があるのだろうか。わからない、わからないことだらけなんだ。教えて私のシンク!
「落ち着けミヤ」
「なによムツ」
「誰だって秘密はあるんだ。とやかく聞くもんでない。……おめでとうカズサ。一歩先に大人になってしまったな」
「大人になんてなってないから!」
一方で、なんでムツは達観しているのか。思わず、声を荒げてしまった。
キスしただけで大人になれた、なんて思わない。なんだよ大人って、わけわからないって!
「そうだね、おめでとうカズサ」
「ミヤまで!」
「よかったよ。カズサが変なトラブルに巻き込まれていないとわかって、安心した。仲良い人ができて嬉しいよ!」
「……ぬぅ」
「いいな~恋人か」
「恋人じゃないし!」
シンクライの世界では、個人のことに向かいがちだ。皆やりたいことがあって、やりたいことに向かって頑張る。私はやりたいことがなくて旅ばかりしていた。やりたいことを見つけたくて、自分に何かがあると見つけたくて自分探ししていた。
一方で、恋愛に現を抜かす人はマクハリにおいては少ない。時間の無駄だと考えてしまっている人が多いのだ。時間が増えて、時間を大切にしようという感覚が小さいころから住み着いている。他者との関りが下手になっている人が多い。
現を抜かすなんて表現している時点で、私もだいぶマクハリに染まっているなと苦笑いしてしまう。
「おいおい恋人じゃないのにキスされたのか!? とんだ痴女だな、羨ましい」
「羨ましがるな!」
――恋人。悪い響きじゃないが、いきなりすぎる。
突然、女の子の恋人ができる未来なんて予測していなかった。どんなに時間が拡張しても、こんなことは唐突に起こらないだろう。そういう意味ではシンクライは現実とは乖離して、不完全なのかもしれない。いや、恋人じゃないですけど!?
だからといって、そんな現実が完全とは限らない。現実の方が奇妙なことばかり起こるのだ。
「だーれだ」
急に視界が真っ暗になった。
ベンチに座る私の後ろから、誰かが私の視界を手で奪ったのだ。
誰か……一人しか思いつかなかった。
「なにやっているのシイナ……」
「正解ー! なんでわかったのさ、サササ?」
ひんやりとした手が顔から離れ、視界が回復する。
後ろを振り返ると、シイナが覗き込むような形で私を見ていて、思った以上に近くて驚いてしまった。
「だって、サササはこういうの好きでしょ?」
嫌い、なんて言えなかった。
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