第16話 執事の悩み
「なんだ!あの女は、私を馬鹿にするにもほどがある!」
頭から湯気が出そうなほどに怒る主人を見ていると、ため息のひとつもでふたつでも、なんならこの部屋を埋め尽くすほどのため息をだすことができそうだ。
我が家が代々執事として仕えてきたバルフォア侯爵家。そしてその一人息子であるケネス様が侯爵となって5年ほど経ったのだろうか。
多感な青年期に色々とあり、女嫌いを発症してしまったケネス様だが、まぁ、それは良くはないが良いだろう。貴族の義務だなんだと繰り返し言うのは飽きた。どうせ、拗らせすぎて人の話など聞かないのだから。
そんなケネス様がバルフォア領地の安定のため、そしてバルフォア侯爵家の跡継ぎを作るために選んだ妻がコーデリア様。美しい顔。男性であれば誰もが目を離せなくなるであろう、なまめかしい肢体。
領内では誰とでも寝ると有名な悪女。
だが実際話をすると、妙に上品な町娘といった矛盾した印象を感じる。
姿かたち、佇まい、言葉遣いや所作などをみるといかにも貴族令嬢ではあるのだが、先ほど趣味を話しているときは、まるで疑いを知らぬ子供の様であった。
腹に一物をもち、探り合いをする貴族とはかけ離れた、かわいらしい表情……。
たまに私とケネス様を見ては、うっとりとする理由は分からないが、とにかく嘘をついているようには見えなかった。
噂をうのみにしている、ある意味馬鹿正直で、天然なケネス様は根っからコーデリア様を信じる様子はないが、少し考えればおかしい事が分かる。
侍女が運んだ氷入りの洗面器も、熱湯も、コーデリア様が視線を移しただけで適温になったと聞いた。さらに完膚なきまでに切り裂かれていたドレスも継ぎ目がないように復元されている。
ケネス様と自身の食事を、どうやって気が付かれず入れ替えていたのかも謎だ。ケネス様の私室に運んでいたにも関わらずだ。
先ほどの趣味の話もそうだ。趣味は加護と直結する。どんなに好きでも加護がないものは上達しない。
なのに畑を耕す?布を織る?剣を作る?さらに幻の霊薬、エリクサーを作る?実に荒唐無稽な話ではあるが、彼女の目に嘘はなかった。
現在この国の王侯貴族の横暴ぶりが目に余り、下級貴族や平民たちに不満がたまっている。
もしコーデリア様が素晴らしい加護の持ち主で、彼女に求愛していたものたちがそれを知っているのだとしたら危険だ。コーデリア様の加護が分かるまでここに引き留めて多く必要があるのに、この程度のことで怒りを露わにするなんて。何かあったら問題なのに。
「ケネス様、やはりコーデリア様をもう少し大事にされてはいかがでしょうか?後から後悔することになる可能性があります」
「後悔?なぜ後悔する事になると言うのだ?私が困ることなどありえない!」
ああ、本当にケネス様は困った方だ。思い込みも激しいが、女性蔑視も過ぎる。さらに自意識過剰も甚だしい。
ケネス様が自意識過剰になるには理由がある。ケネス様の契約精霊の加護は『実り』。曖昧かつ繁栄を示唆する単語。この加護により、ケネス様はさらに居丈高になってしまった。だから強引に政策を行う。今回のコーデリア様との結婚もそうだ。金を返すから良いだろう的に、彼女を嫁に欲する男性達から奪った。自分では見事な政策だと思っている節があるが、あまりにもの強引さに自治領のものも引いている。
しかも館で働く者たちには、金で買った世継ぎを産むだけの女だと言いふらした。つまり侍女がコーデリア様を虐める原因を作った張本人であることは間違いない。
更に妻となったコーデリア様には男をあてがおうとする始末。
普通に考えたら最低な夫で、最低な男だ。
「とはいえど彼女には腹痛を治療してもらった恩がある。しかも子供も産んでもらわなければいけない」
「まだそれを仰っているんですか?え?もしかしてその表情……」
「ふふ、私だって何も考えていないわけでは、ない。一番の手練れを向かわせた」
ああ、やはりあほだ。
代々仕えているとはいえど、限度がある。もう辞めてしまおうか。
だけど私の契約精霊がささやくのだ。
《チャンスヲツカメ》と。
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