第3話 めんどくさい結婚だと思いました。

「おはようございます……オクサマ」

ふんっと侮蔑の鼻息と共に、侍女長が侍女をずらずら引き連れ現れた。侍女がベッド脇にあるテーブルに置いた洗面器には、氷が浮いている。


昨夜、ケネス様が新婚初夜の私を放って部屋を出ていったことは、知られていない……はずだ。なぜならここは夫婦のそれぞれの居室の間にある夫婦のための寝室。しかも私は夫婦の行為があったことを示すために、自分の手を切って、シーツに血を垂らした!痛かった!


実際、前世でも処女、今世でも処女である私は、本で見た(描いた、それもすべて妄想!)知識しかない。本当にこれで誤魔化せるかと思ったが侍女が舌打ちしたことから、ちゃんと行為はなされたと見られたようだ。


そんな私に与えられた試練が、氷が張られた洗面器。ついでにこれみよがしに聞こえる侮辱する言葉の数々。


「あら?一応、処女だったのね」


「やだ、オクサマにそんな事を言ってはだめよ」


「だってオルコット子爵の娘って言ったら、誰とでも寝るって有名じゃない?」


「旦那様も良くそんな女と結婚したわね」


「所詮は男ってことでしょう?だって見てみなさい。あのいやらしい身体付き。男を虜にする手練手管には長けている証拠でしょう」


おお、凄まじい言われようだ。どうなってるんだ?と言いたいところだけど、そこは全て昨夜のうちに把握済みだ。


私は肩に乗る精霊パティに視線を送る。すると洗面器の氷水がほかほか湯気が出る、適温に変わる。


侍女達は目を白黒させるが、そこは無視して顔を洗う。

残念ながら私の精霊パティは高位精霊だ。あなた達が契約した精霊とは格が違う。


昨夜、ケネス様が消えたと同時に私はパティに頼んで、事のあらましを探ってもらった。


私は祖父母と共にバルフォア領地の外れで隠遁生活を送っていたから知らなかったのだが、両親は私が祖父母と一緒に住んでいるのは、誰とでも寝るあばずれのため、田舎で謹慎処分にしたと言っていたらしい。


確かにこの国では成人するまで両親と共に生活するのが一般的だ。にも関わららず、ギャンブル親父と浪費家の母親を見捨て、祖父母と住んでいた私は父親の同僚達から好奇の目で見られていたのだろう。その言い訳が、まさか私の更生のためだと言うとは!病弱とか色々言えただろうに!あのクソ親父!


そんなこんなで噂に尾鰭がつき、私は知らぬ間に複数の男と関係を持つ淫乱女のレッテルを貼られたというわけだ。処女なのに!


まぁ、今世の私を見ればそう思われても仕方ない。結婚式でもウェディングドレスに身を包んだ私を、男性が注視していたのは確かだ。


今世の私はハニーブロンドの豊かな髪。人を射抜くような魅惑的な紫の瞳。さらに凹凸が素晴らしい肢体。前世のハリウッド女優のような素晴らしく美しい姿をしている。自分でもたまに惚れ惚れするくらいだ。祖父母と共に住んでいた田舎の住民は、私の人となりを分かっていて、『黙っていれば美人』と言われていたが、ここではそうはいかない。


突然現れて、この顔と身体でバルフォア侯爵であるケネス様を籠絡したあばずれ女と揶揄されていることは知っている。


そんな女だと思われているからこそ、ケネス様は私を妻に選んだわけだ。


つまり浮気をしろ!子供を作れ!代わりに贅沢させてやる!という、噂通りの私なら喜ぶであろう内容で。


とは言えど、実際は喪女な私にそんなことができるわけがない。どこかで誤解をとかなければいけない。

だけどその前に私を虐めようとする侍女達をなんとかしなきゃいけない。


めんどくさい結婚だな!まじで!


そもそもバカ両親がこさえた借金が膨れ上がり、どうしようもなくなった所でケネス様が借金を肩代わりするから娘をよこせと言ってきたと聞いた!あのクソバカ両親及びバカ兄め!祖父母が残した遺産もあっさり食い潰したくせに!


あんまりにも頭に来たから、パティに頼んで両親と兄の契約精霊達を解約してやった。精霊達もうんざりしていたから、ちょうど良かったらしい。これであのバカ家族は魔法を一切使えない無能になりさがった。この世界で魔法を使えないのは、前世でいう電気ガス水道を止められたことと同じ!苦労しろ!ばーか!


つまりそれができる程の高位精霊であるパティに頼めば、ここにいる侍女達の精霊を解約するなど容易いことだ。そもそも、人間である彼女達は気がついてないけど、彼女達の精霊はパティに怯えている。ほとんどの人間は精霊と会話もできないし、姿なんて見ることもできないから分からないだろうけど‼︎


《どうする?いじめて良い?》

クスクスと笑うパティの声に首を振る。


もう少し、もう少し様子をみよう。

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