第3話 好きになっちゃダメな人 中編
『仲間を集めるのはこの手の世界の常套手段』
『しかし、大所帯は時に損益が利益を上回る』
大きなあくびをしながらツルマが宿を出ると、まるで門番が如く腕を組んだ仁王立ちのブロジナが出迎える。
少しでも遅ければ小言の一つや二つを浴びせるブロジナだが以外にもツルマが早く出てきたので、顎をくいっと動かして移動を促すと彼女はずんずんと歩き始めてしまう。
生き急いでるのか、と冗談を言うと容赦なく拳骨が飛んでくるのでツルマは駆け足でブロジナの横に並ぶ。
二日酔いを醒ます代償に額へ未だに響く痛みを贈ってくれた篭手をブロジナへ返す。同時に彼女の服に隠れていたティルニアを、ツルマは茶色の外套の裏に付いている
ツルマの額が赤い事にティルニアは気づき、不安そうな瞳と声で心配してくれる。
ああ――なんと慈愛に満ちた姿か。彼女からの瞳と声だけで、ツルマはブロジナとのやり取りで得た不快感を完全に清算できる。
これで、背丈が自分よりも高ければ――間違いなくツルマはティルニアと長く熱くされど心惜しい程の短き夜を過ごしていた。
横ではブロジナが何か文句を言っていたが、聞こえていない事にしよう。時には女の文句は聞き流すのが、人生を長く生きる術と生前に教わっている。
もっとも――当のツルマは二十代前半で死んでしまったのだが。
他愛もない話をしながらツルマ達は城北区内を歩き続ける。王都は広い割に基本的な移動手段が徒歩に限られるのが難点であり、体力に自信のあるツルマも初めて王都に来た時は一つの区を歩き回った時点でへばったほど。
王国から魔族領域と内海を挟んだ東にある帝国は市内に路面電車に似たモノを走らせている様だが、懐古主義が強く技術の発展が独特な王国には無い。
優れた魔術師は転移魔術で一瞬で移動。
財産に余裕のある魔術師や国民は、魔力で動く自走式の魔力車――俥夫を必要としない人力車――での移動手段を有す。
人の往来が限定的で、尚且つ道幅に余裕のある区では乗合馬車が運行されている。
しかし城北区での移動手段は徒歩に限られる。人の往来が激しい上にあちこちに店がある為だ。ただ個人で所有している魔力車や馬車での移動自体は許可されている。
一見すると不便極まり無いが、不満に思うのはせいぜい転生したての転生者ぐらい。
数日過ごせば慣れる上に、現地のご老人達が元気よく歩いている姿を見れば活力が湧いてくる。
とどのつまり――大抵の転生者は運動不足なのだ。
道中、朝の営業を終わりかけた屋台でツルマ達は遅めの朝飯を済ます。肉や野菜を挟んだ
値段や味の良し悪しは千差万別だが、王都で過ごすには程よい刺激であることに違いない。今回頂いたのは、以前よりブロジナが目をつけていた屋台の料理。
固めの食感と全体的に黒いのが特徴な酸味のある麺麭を使用した一品。ブロジナは美味しそうに食べていたが、ツルマの率直な意見としては――たまに食べるには良いに留まった。
今後お気に召したブロジナが、朝食の度にこの屋台を選ぶ事だけは避けたいが。
食事を終え目的の場所へ向けて、一行は少し歩調を早める。これより向かうのは
ご存知の通り城北区は魔族領域へ向う玄関口で、王国内にある複数の支部の中で、もっとも冒険者たちが集まる場所といっても過言でない。
様々な装いをした人々の往来が増えていくにつれ、城北支部が見えてくる。外観は白く塗った煉瓦を積み上げた三階建ての造りで、機能美を追求したが故に派手な装飾は一つも無い。
冒険者が主に使うのは一階部分で、二階より上は支部で働く者以外は基本的に入ることはできない。他の支部では冒険者用の仮眠室や特定の者のみが入室可能な交流室等々があるらしい。
低い二段の段差を上がり、老齢の男が何処かを指差す冒険者後援会の紋章が刻まれた建付けの悪い扉を開く。
一階部分は依頼の受諾や報告、報酬の受け渡しや冒険者後援会への登録、他にも手紙や注文品の受け渡し等々と行える受付台――いわゆる窓口がある。
入り口近くには依頼を貼った掲示板。依頼の更新は主に朝と昼の二回。九時と十二時に貼り直しがされる。
基本的に依頼は早い者勝ち、加えて全ての支部で共有される。冒険者の数も鑑みるに取り合いが起きると思われがちだが、そこは後援会も無策でない。
幾つかの依頼は掲示板に貼らずに予め冒険者に受注させておき、争奪戦になるのを事前に防いでいる。また冒険者達も旨味の少ない依頼しかなければ、自発的に魔族領域内にある迷宮の攻略や衛士団・魔術師会の任務に従事する。
その過程で依頼の案件が発生すれば、後援会へ届いた後に他の冒険者へ斡旋するか掲示板へ貼り出す。
中々どうして巧みに作られた仕組みだ。後援会の基礎を作った先人――転生者や現地人には足を向けて寝られない。
そして、この仕組みには魔族側の協力は不可欠。
魔王の突然の死で仕組みの崩壊も危ぶまれたが、何とか魔王軍は持ち堪えてくれている。もっとも魔王軍の弱体に伴い、彼らの管理から溢れた危険な魔物が闊歩し、腕のある冒険者が泊まり掛けで依頼を処理しても間に合わない程である。
「おやツルマさんとアイザンさん、おはようございます。今日は随分と遅い……まるで重役出勤ですね」
ツルマ達に冗談を交えた声をかけたのは、壁側近くの受付台で作業を行う男。彼は
黒髪に眼鏡と真面目な印象の男の名はユモト。名前の法則性に気づいた人なら、彼のことを転生者だと瞬時に見抜けるだろう。
「ジューヤクシュッキン? 褒め言葉ですか?」
掲示板を一瞥したブロジナは外見相応の無垢な笑顔を顔に浮かべ、受付台に沿って置かれた椅子の中からユモトの斜め前に座る。
「褒め言葉……まあ、そうとも言えますね」
転生者にしか分からない冗談をブロジナが分かる理由が無い。馴染の間柄だからこそ見せた冗談が通じず、ユモトは少し残念にしている。
「それと、私のことはブロジナで良いですよ。私達とユモトさんの仲なんですから!」
「あぁ、いや、流石にね……女性を名前で呼ぶのは……」
いわゆる、女性慣れをしていない男とやたらと距離を詰めてくる天然気質の女の会話。なにやら二人でごちゃごちゃと言っている側をツルマは通り過ぎつつ、ブロジナと同じように掲示板をちらりと見る。
依頼の殆どは既に契約済みで、残っているのは旨味の無いモノや難易度が高いモノばかり。
難易度が高い依頼は当然見返りも多いが、正直に言ってツルマとブロジナの二人では手に余る。
これなら依頼の更新を待つのが得策だろう。
壁に設置されている魔術時計を見ると、依頼更新の時間まで二時間ほど。一階に設けられた休憩用の丸机と椅子に数人の冒険者が各々座っており、彼らもまたツルマと同じ口だ。
ブロジナの背後の席に座ると、ツルマは机に置かれた料理表に目をやる。
支部では軽食から本格的なモノ更には酒類まで、幅広い料理をやや安価で食べられる。支部限定の料理も多く、物好きは料理目当てに支部を回るそうだ。
一番冒険者が集まる場所とあって城北支部は季節限定の料理まであるが、流石に朝飯を食べた後。暇つぶしと口寂しさを紛らわすべく安価な炒り豆を頼む。
机に置かれた紙に注文の料理を書く。これだけで注文は完了だ。この紙には魔術がかけられており、同じ紙が受付台奥の厨房と同期している。
料理者はこれを見て注文の品を作り、完成したら頼んだ人間が受付台横の受け渡し場所まで取りに行く寸法だ。
出来上がった炒り豆を取りに行き席に座ると、豆を一つ齧ってからツルマは煙草を取り出す。この時魔術の火で点ける者が多いが、物好きや転生者の多くは燐寸なり点火器なりを用いる。
ツルマの場合、魔術はある程度使えるものの微弱な調整が苦手な為に信頼のおける燐寸を使っている。
煙草を燻らし、一息。
ふと、衣嚢の中でティルニアがもぞもぞと動くのに気づいた。どうやら、炒り豆に興味がお有りのようだ。
周囲に目をやり、誰かに見られないよう神経を尖らせ、豆を一つ摘まんでティルニアへ手渡す。
かりかり、とまるで
食事は不要と言っておきながらティルニアは、興味の出たモノを食べたがる。まあ、衣嚢の中を食べ滓だらけにしないのはありがたい事だ。
「そう言えばユモトさん、注文した品物はもう届いていますか」
「ああ、ちょっと待ってくださいね」
ユモトは受付台の下を覗き、取り出した何かをブロジナの前に置く。両手で抱えられる程の木箱に、みっちりと詰め込まれたのは緑の液体が入った硝子瓶。
魔術師会の作る飲用治癒薬。治癒薬自体、薬草と魔術の知識それと醸造台があれば誰にでも作成できる。しかしツルマの様な定まった住処を持たない冒険者や、魔術を使えない者は治癒薬を購入する必要がある。
無論魔術師会の作成した治癒薬はそれなりの値段。王国各所で売られている治癒薬の方が安価だが、前述の通り治癒薬は誰にでも作成できる為に粗悪品が多い。
とりわけ優れた治癒術師の仲間も居なければ、ツルマとブロジナの両名は治癒術をそこまで得意としていない。そこを補佐するのがティルニアだが、回復が間に合わない事が多々ある。
だからこそ飲用治癒薬は二人にとっての生命線。自分の命に関わるモノには金を惜しまないのが、冒険者が長く生きる術でもある。
「また、結構な数を買いましたね」
ユモトは治癒薬の過不足が無いかを確認しつつ、今度はブロジナが渡した金を素早く数えていく。
「昨日の仕事でかなり使ったんです……どこかのゴリ押し馬鹿のせいで」
「うるさいぞ、突撃馬鹿」
看過できぬ事を言われたのでツルマが言い返すと、ブロジナが瞳を吊り上げて睨んでくる。
二人の治癒薬消費が多いのも、ツルマもブロジナも近接武器を使った白兵戦を好むことに起因する。一般的に数人で動く場合、攻守・遠近並びに使用するのが武器か魔術なのか、それらを偏らせずに組むのが定石。
しかしツルマの場合、一人で冒険者稼業をしていた所にブロジナとティルニアが転がり込んできた様なもの。報酬の分配も考えれば、いたずらに人数を増やせない。
「昨今、魔術師会も治癒薬が売れると分かってからは値段を上げていますし……この気に一人増やすのも悪くないと思いますよ」ユモトはツルマ達の身を案じて言う。
「そう言われてもなぁ、俺はあんまり人数増やしたく無いんだよ。人が増えると、それだけ諍が起きやすい」
ツルマは豆を口に放っから続ける。
「口が達者な治癒役より、仕事一貫の物言わぬ治癒薬の方が楽だしな」
「言い方……まあ、確かにそうですけど」ブロジナも口ごもりながら肯定する。
「んー、そうですか……実はちょっとお二人に紹介したい方が居たんですけどね。そろそろかな……」
ユモトがそう言って壁の魔術時計に目をやった時だ、やけに扉を強く――まるで蹴り破る様にして二人の女が入ってくる。
一人は古い魔術師衣装を纏う女ネイルーカ・ドゥーロ。
そして、もう一人は――ネイルーカの後ろに隠れるようにして顔を見せる、アイナであった。
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