小話 Grip & Break down !!

『所で――勇猛なる帝国の皆様』

『砦に入る際、強力な爆破に耐えられる装備は着用していますか?』




 時は少し前。

 オボロとブリッツとの戦いの最中に響いた、件の爆発音の前まで遡る。

 

 曇天の夜空から降り注ぐ雨粒。

 雨粒が(ぽつりぽつりと)葉や土を小気味良い音で鳴らしていたと思えば、歯止め無く勢いは段々と増していく。

 降り始めの軽快さは何処へ。

 本降りの雨の(ざあざあと)耳障りな音は、あっという間に静かなる夜の帳を破り、雨粒が葉や土に強く打ちつける。

 森の中を行軍する一団。緑を基調とする帝国の軍服を纏う者たちも、当然雨による応酬を受ける。

 瞬く間に服に染み込む雨粒。冷えた夜の雨粒は着用者の体温を(じわじわと)奪い、同時に水分を含んで重みを増した服は着用者に負荷を掛ける。

 如何に帝国の軍服に撥水加工が施されたとしても、篠突く雨の前では限界がある。無論、こうした天気の急変には対応すべく帝国国防軍では防水外套を携行している。

 

 行軍する一団の先頭部分では、精悍な顔つきの兵士達が手早く防水外套を取り出して装着する。

 だが、彼らの後方に居る兵士達は装着しない。

 否、装着出来ないのだ。

 何故なら、彼らは携行していない。

 何故なら、彼らはグモウと共に遅れてやって来た殿の兵士達。元より撤退作戦にそこまでの時間を有さないと上層部に判断され、彼らは最小限の装備しか与えられていないのだ。

 初めての戦場、慣れない装備、そして人の事など意に介せず振り続ける雨。精神的にも肉体的にも疲弊する彼らに落伍者が発生していないのは、グモウのスキルである〝戦術論デラルテ・デラ・グエッラ〟による恩恵だ。


 一団を率いて先頭に立つクラウス・アーベントッドはしっかりと防水外套を装備して、迷う素振りを一切見せずに森を突き進む。

 とは言え、時折後方に目をやって新兵達の無事を確認する作業は怠らない。遅れる兵は指揮下の三番隊の兵に付き添わせて、やや強引な行軍を続行させる。

 急いではならないが、少しでも急ぐ必要があるという矛盾した思いがアーベントッドを苦しませていた。


 少し前にグモウに貸し与えた三番隊の兵士から連絡があった。グモウは死亡し、オボロ達が砦に向かっているという内容にアーベントッドは苛立ち、舌打ちをした。

 グモウの稼いだ時間は雀の涙程。

 彼の方に居た兵士達も、何故か一人の長耳族に付き纏われて動けない状態。

 致し方無くブリッツにオボロ達の時間稼ぎを任せたが、本来可能な限り彼には砦攻めに使用したかった。持ち札の一つを潰された事が、アーベントッドにとって非常に憎たらしかったのだ。


「……見えてきたか」

 アーベントッドは前方に建物を視認する。夜の暗さに留めなく降る雨で建物の薄っすらとした輪郭しか確認出来ないが、その形状と大きさからして件の砦に間違いない。

 兵を茂みや木々に潜ませつつ周囲を確認するが、何せこの雨だ。警備兵が居たとしても、そこまで悪天候に適応していない人間の目では限界がある。

 するとアーベントッドは砦の窓に灯りが漏れていないことに気づいた。少なくとも視認可能な範囲では、最上階以外は真っ暗だ。

 

 殆ど撤退が済んでいたか。アーベントッドは悔しさに奥歯を(ぎりぃと)強く鳴らす。

 こうなると、恐らく最上階だけ灯りがあるのは罠と言ったところか。

 いや、待てよとアーベントッドは思案する。

 罠を仕掛けるなら、むしろ砦全てに灯を点けた方が効果的ではないだろうか。

 わざわざ一箇所だけを点ける理由が無い。

 ならば、今すぐにでも侵入すべきだ。

 これ以上兵達を雨に濡らす訳にもいかず、下手に手を拱けばオボロ達が合流しかねない。

 戦場では速さが物を言う。即断即決は軍の妙。 

 アーベントッドは砦攻めに着手する。周囲に敵兵は確認出来ないが素早く兵達共に砦に接近すると、扉に携行する梱包爆弾を装着。

 雨天化でも使用でき、多少の魔術防御であれば容易く破壊を出来る。更には内部に仕込んだ魔術石によって外部から起爆が可能である。アーベントッドは起爆用の魔術石を起動させると、数秒後に雨音に紛れるように爆発。

 破壊された扉の一部や、巻き込まれた砦の壁の残骸が散らばる。消えぬ火薬の煙の中を数名の兵を先行させ、アーベントッドも続いて砦内へ入る。 


「随分と乱暴ですね。入室時は扉を叩くのが礼儀だと思いますよ?」

 柔らかな口調でアーベントッド達を迎えたのはノーヴァン。ひっそりと静まり返る薄暗い砦で、彼は手を後ろ手に組んで帝国兵達を待ち構えていた。

 その様子に焦りはなく、変わらぬ微笑みを顔に貼り付けてノーヴァンの鞭の様に細い目がアーベントッド達を見つめる。

「出迎えとは、そちらも随分と余裕だな」

 アーベントッドは兵士達に銃を構えさせつつ、自らは周囲の警戒の為に忙しなく目線を左右させる。

「ご安心を、この砦には私以外に誰もおりませんよ」

 ノーヴァンはアーベントッドの仕草に、まるで子供を見るような笑みを向ける。


 耳を傾ける必要もない。アーベントッドは警戒を一切緩めず、しかしわざわざ一人であることを告げるノーヴァンという男に得も言われぬ不気味さを感じていた。

 何を考えているのか分からぬ瞳。

 何が面白いのか分からぬ、不快な微笑み。

 ノーヴァンという男の詳細は、世界随一の情報機関を有する帝国でさえ掴めていない。分かること言えば、彼が魔王軍内でそれなりの地位にいることのみ。

 実際アーベントッドもノーヴァンとは初対面。同じ魔王軍からも気味悪がれる彼だ、アーベントッドが不気味に思うのも無理はない。

 アーベントッドは臆する己の心と、危険を告げる脳の警鐘を必死に無視する。図らずも恐怖に慄いて唾を飲み込んだ喉の音を苛立ちで掻き消す。

 

「下手な真似はしないでもらおうか。こちらも手荒な真似はしたくない」

「手荒ですか? 貴方がたのお国では扉を破壊して入るのが一般常識とは恐れ入りましたね」


 ノーヴァンは揶揄うが、アーベントッドは徹底的に無視を決め込む。舌が回る相手の言葉には耳を貸さず、只管に無視を続けるのが得策だと理解しているからだ。


「貴様にはオボロ共を誘い込む罠になってもらう。どうせ、事が済めば合流する手筈なんだろう?」

 彼が一人で残留する理由などそれ以外にないと踏んだアーベントッド。

 だが、ノーヴァンは即座に首を左右に振る。

「いえいえ、この天候下でに目をつけられた時点でオボロさん達は砦に合流できません。まあ、彼女の力量を考えれば不可能では無いですが……フルベさんとベルモンドさんが居る状態では不可能と断言できます」


 雷獅子――その名が誰を示すかをアーベントッドは知っている。そしてノーヴァンも知っているなら、尚更彼らを生還させる訳にはいかない。

 帝国内でも一握りの人間しか知らぬ情報をノーヴァンが知っている理由も合わせて、彼にはじっくりと帝国内で身の上話を強制する必要がある。


「ならば、尚更だな。それに、この砦がある以上はオボロ共も這いつくばって帰還する筈だろ?」

「ええ――ですので、今から砦を消し飛ばすのです」


 ノーヴァンの言い放った言葉を理解するのに、アーベントッドはしばし時間を要した。

 そして――右手を広げたノーヴァン。

 彼の手の上で白い球体が生成された瞬間――

 アーベントッドを含めた全ての帝国兵たちは察した。

 ノーヴァンはこの砦を爆破する。

 彼自身も――そして、我々も纏めて。

 あの手の上に浮かぶ白球に己の死を悟った。

 だが――誰であろうと死にたくは無い。

 狂乱に陥った帝国兵の一人が無断で弾丸を放つ。

 火薬の爆ぜる音、弾丸の風切音。

 正しく口火を切った砦に響いた銃声が、他の兵士達に堰を切らせた。恐怖と絶望の波濤が押し寄せる堰を、一発の銃声が簡単に破壊したのだ。

 雪崩の如く銃声が連なる。

 放たれた弾丸の多くはノーヴァンを掠めすらしなかったが、一部は彼の身体へと確実に着弾していた。しかしノーヴァンは一向に怯まない。

 痛みすら感じていない彼は微笑みを浮かべ続ける。

 着弾して弾けた皮膚から血は噴き出さず。代わりに黒い靄の様な物体が滲み出ていたが、錯乱する兵士達はそれに気づいていない。

 唯一耐えていたアーベントッドも肌身に触れる死の恐怖に怯え、虚飾で着飾った勇猛など脱ぎ捨てる。咄嗟に彼は兵士達の中へ身体を滑り込ませていた。


「所で――勇猛なる帝国の皆様。砦に入る際、強力な爆破に耐えられる装備は着用していますか?」


 ノーヴァンは微笑みをつつ、冗談を告げる。

 手の上に浮かぶ白球を――ぐっと強く握る。

 その刹那、眩い閃光が散らばり――次いで劈くような爆発音が砦を包んだ。


 この爆発した白い珠を蔵人や他の転生者が目にしていたら――こう形容したに違いない。

 まるで――超新星爆発のよう、と。

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