第37話 電気予報 中編
『留意せねばならない』
『風はもっとも自由で徹底した中立者ということを』
風上はこっち、風下はブリッツの方だと?
どういうことだ?
やはり、アレはただの風見鶏ではないのか。
この世界に来て数える程しか見ていないスキルの一つに、全く理解が及ばず私は混乱する。
しかしその混乱はオボロも同じで、彼女はフルベの横に浮かぶ風見鶏を訝しげに見ながら尋ねる。
「なんだソレは?」
「俺の唯一スキル〝
フルベは少し自信気に答える。
「発動と同時に周囲数キロ圏内に特殊な風を吹かせるッス。この中に居る間、風上には有利を風下には不利を押し付けるッス」
「先のブリッツの攻撃が少し遅れたのも、奴が風下に居るからだ」
フルベの説明にベルモンドが付け足す。
おお、これは正しくスキルらしいではないか。地味なスキルばかり見てきた私は目を輝かす。
何より結構強いのではないか?
有利と不利という表現は抽象的だが、ブリッツの行動を阻害できるだけでも効果は絶大だ。
まったく、こんな使い勝手の良いスキルを何故ここまで隠していたのか。便利なのだから、それこそグモウの時にでも使って良かったろうに。
自分のスキルとは比べ物にならない程に強力なスキルを見て年甲斐もなくはしゃぐ私。だが、オボロは依然として眉を顰めたまま、一つ尋ねる。
「ちなみにその風とやらは、貴様が自在に風向きを変えられるのか?」
「あ……いや、無理ッスね。それに風向きはコロコロと勝手に変わりますし……」
「つまり、風向きさえ分かれば――奴がこちらに不利を押し付けることも可能なのだな?」
えっと、それは……つまり――
嫌な汗が背中を伝う感覚を私の脳が再現する。
フルベの言葉通りなら――次にブリッツが取るべき行動は自ずと一つ。
刹那――ブリッツは目にも止まらぬ速度で動くと、一瞬の内に私達の背後へと回る。なんて速さだ、通過する電車が齎す強風が私達の髪やら服を捲り上げる。
こんな速度で彼は動けるのか。私はブリッツとの初めての衝突時の事を思い出していた。あの時の彼は決してそこまで速い動きを見せていない。
まさか、あの時は本気ではなかったのか。
少なくとも私は完全にブリッツを甘く見ていた。彼の手斧がオボロの頭を捉えて、振り下ろされようとしたが――
僅かに動きが鈍い。
もしや、都合良く風向きが変わったのか。
私は〝風予見鶏〟の方へ視線を移すが、依然として雄々しき雄鶏の頭の向きは変わっていない。
では、一体何だ?
理由は不明、しかし好機なのは確か。
オボロは既に再生した尻尾でブリッツの手斧を持つ腕を叩き怯ませると、その勢いのまま彼の胴体へ鞭のように撓る尻尾の一撃を繰り出す。
だが、オボロは失念していた。
いま――風下に居るのは我々なのだ。
「――ええいッ! 面倒なスキルを発動しよってッ!」
通常時よりも緩慢になった尻尾の一振りを、ブリッツは素早く飛び退いて回避する。完全に〝風予見鶏〟によって振り回されるオボロは、声を荒げて苛立つ。
そして、奇しくもブリッツの方も同じであった。
「……何か仕込まれたか……」
先の動きの鈍さ、その理由を掴めていないブリッツが両手を握っては開いてを繰り返している。
すると、次はベルモンドが満足気にブリッツに掛けた自分のスキルを述べ始める。
「〝風予見鶏〟の発動時にスキル〝
どうやら、ベルモンドもスキルを使っていたようだ。彼の口ぶりとサボタージュという単語から、恐らくは妨害系統のスキルで間違いない。
ブリッツの武器の振りに若干の遅れを齎しているが、もしかすると彼自身の移動速度にも負荷を掛けている可能性がある。
風予見鶏のお陰で一時はどうなるかと思ったが、なんとかこちらの優位性は保てていることに安堵する。
そして地味ではあるが、スキルの応酬を見れて私は歓喜している。これがこの異世界特有の戦い方かと興奮する一方で、両者揃って妨害に偏ったスキル構成は少し極端とも思う。
まあ二人共、王国での儀式をしていないので致し方無いと言える。何より、相手の役職を盗み見る事しか出来ない私よりも遥かに有用なスキル。
「……フルベ、貴様のスキルは如何ほど持続する?」
本降りになった雨に濡れて額に張り付く銀髪を、煩わしく指で除けながらオボロは聞く。
ざあざあと篠突く雨。
瞼を開けているだけでも億劫なのに地面に当たった勢いで煙と化し周囲を視界不良へと変えていく。
「何時でも戻せるッス……でも、一度戻すと五分は再召喚出来ないッス」
所謂
確か、私の居た世界の遊戯でも強力な技などには設けられていた時間だ。
しかし、そこまで風予見鶏が強いか、と言われると少々疑問が残る。
「そうか……ではベルモンド、貴様が使えるスキルはまだあるのか?」
「〝
「……戦闘補助のスキルばかりか」オボロは溜息を吐く。
「いやぁ、面目ないッス」フルベが申し訳なさと気まずさに頭を掻く。
確かに二人のスキルは劇的な強力さは無い。取り分けフルベのスキルに至っては非常に博打要素が強く、完全な依存は推奨できなさそうだ。まだ風向きは変わっていないが変な所で風向きを変えられて、一瞬でこちらを不利にされかねない。
だが、戦闘補助としてはこの上ないスキルに違いない。少なくとも機動力のあるブリッツを完全に抑えられている時点で儲けもの。
後必要なのは最大級の火力。
それはオボロが有している。
私の考えにオボロも至ったのか、止む気配のない雨を忌々しく睨みつつも彼女は一呼吸整えると緋色の瞳を燃え上がらせる。
「よし、やってやろうではないか。前は我に任せろ、貴様らは後ろで好き勝手にやって構わん」
オボロの顔に笑みが浮かび始める。そして彼女は抱えていた私を
「怖いだろうが、ピョンちゃんはここに居てほしい。安心しろ、傷の一つも付けぬ――我の傍に居てくれるだけで良いのだ」
傍に居てくれって、お守りか何か私は?
そんな冗談などを言って、私は自分の中にある本心をかき消す。
まあ良いさ、構わない。
肉体労働は不得手、大変な戦闘も見物できるなら、それに越した事はない。
何より私は何も出来ない、言わば無用の長物――むしろ置物かな。
こっちはとっくにそっちに絶大な信頼をしてんだ。
私の事は気にするな、好きにやればいいんじゃない?
オボロへの返答代わりに、私は彼女の肩を叩いてやる。
「――炎を見せている手前、奴は我に炎を吐かせまいと動くだろう。純粋に力同士のぶつかり合いだ、巻き込まれても文句は言わせんぞ」
「問題ない。攻撃は不得手だが、避けるのは得意だ」ベルモンドは自信満々に言う。
「……俺のスキルは一旦戻しますか?」
「いや、出したままにしろ。風が吹いていればブリッツは確実に利用してくる、そこを逆手にとる。奴の移動を限定させてやるのだ、あんな速度で四方八方を動き回るのは面倒だ」
オボロは手早く二人に指示を出す。
その時だ――唐突に〝風予見鶏〟の頭の向きがくるりと変わる。先程まで後方を向いていた雄鶏が、ブリッツの方へ頭を向ける。
まるで発破を掛けるかのように、ある種のご都合展開的に風向きが変わった――今、風上はこちら。
その刹那にオボロは力一杯に地面を踏み込む。雨に濡れた土は泥の様に彼女の足に纏わりつくが、オボロは構わず勢いよく飛び出す。
雨の幕を切り裂き、風を得て飛ぶ白き衣。
対峙する獅子はオボロの突進を右方へ避け、そのまま風上へと駆け出そうとしたが――地面の泥濘が彼の機動を妨げる。
急速転回――オボロは身を捩ると尻尾を振ってブリッツの胴体へ鞭の如き一撃を繰り出す。雨粒を横に薙いだ尻尾がブリッツの鎧に当り、高らかな打撃音が雨音に混ざる。
――っ! オボロ、何やってやがる!
私は心の中で叱責する。
今の二人の立ち位置――僅かにブリッツが風上側。
オボロも気付いたが、既に遅い。
ブリッツはオボロの尻尾を掴むと力任せに振り回し、彼女の小柄な身体ごと投げ飛ばす。優位性を確保すべく、ブリッツはしっかりとオボロを自分の風下方向へ投げ飛ばしている。
投げ飛ばされたオボロ。彼女は自由になった手足と、そして器用な尻尾を使って宙で衝撃を受け流そうとする。しかし〝風予見鶏〟による風下効果と雨で柔かい地面では満足にいかない。
結果、彼女は白い華装に肌、そして銀の髪を泥で染める始末。それでも元より頑丈な彼女の肉体には傷らしいモノは一つも無い。
何よりオボロが咄嗟に片手で私を覆ったことで、薄汚い灰色のぬいぐるみたる私には泥の一つも付着していなかった。
オボロは私の身体に傷や汚れが無いと判断すると、怯むことも息をつく間も無く、ブリッツの方へ駆ける。
身を翻し、オボロに応戦するブリッツ。彼が持つ手斧にフルベの弾丸が着弾。衝撃によって態勢を崩すブリッツを通り越す様にして、駆け抜けたオボロが尻尾を振るう。
オボロから見て、風下にいるブリッツには一溜まりもない一撃。更には背中への攻撃だ、咄嗟に腕で防ぐことも出来ずにブリッツは大きくよろめく。
それでも倒れ込まないのは流石か。彼自身が頑丈なのもあるが、何より彼の獅子を模した鎧のお陰か。
本来、あの様な全身を覆う鎧は打撃には弱い筈。となると、ニアリの言っていた鉄に魔術を流し込む技術で作られているに違いない。
その後も暫く場は拮抗していた。
何せオボロもブリッツも、互いに風上の奪い合いに執着し、戦況を変える一打が無い状況だ。強敵との戦いに半ば興奮するオボロに対し、ブリッツは沈着冷静に対応している。
依然として止まない雨の中。
遠くで光ったかと思えば、鳴り響く雷鳴。
容赦なく進む時間。
まずいな、私は察する。
このままでは、ブリッツによって戦況を完全に掌握されてしまう。彼との初戦の時と同じだ。一見拮抗か、こちらが優勢に見えるだけで、その実ブリッツによる一瞬の戦況を逆転を仕込まれつつある。
無論オボロは当然、フルベとベルモンドも決して力を抜いていない。だが圧倒的且つ天性の戦闘資質を持つブリッツでは、単純に分が悪い。
圧倒的な力も――
厄介な搦手も――
決して焦らず、逸らず、急かずに対処する。
私は絶句するしかない。
こんな連中が跋扈する異世界で、果たしてオボロは生き延びていけるのか。
いや――今は信じるしかない。
何も出来ない私が唯一出来るのは、オボロを信頼することだけだ。
今、彼女はブリッツとの戦いを楽しんでいる。気分の高揚度合いはオボロの嗜虐的な笑みから読み取れる。
だが、同時に僅かに憔悴もある。
何故なら、私達は急いでノーヴァンの砦に向かっている途中なのだ。何時までもブリッツ相手に時間を取っていれば、ノーヴァンの身が危ない。
場の拮抗、それを唐突に崩したのは轟音だった。
雨音を掻き消し、思わず耳を塞ぎたくなる程の爆音。一瞬雷鳴かと思ったが違う。摩擦により引き起こされる自然の音でなく、火薬やそれに準ずる何で引き起こす人為的な爆音。
「なんだ!?」
「――ッ! 砦の方からッス!」
フルベの言葉に私は最悪の事態を想像する。
時すでに遅く、アーベントッドにより砦が落とされたのか。
しかし、ブリッツの反応からしてそれは違った。
「何だ? 何が起きた――ッ!?」
彼もまた困惑していた。
そして――その僅かに見せた隙をオボロは逃さない。
身を構え、鋭い尻尾を突き立て――ブリッツの胸をオボロの尻尾が貫く。
白き尻尾の先端部は赤く染まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます