第34話 君子危うくも近うよれ 中篇

『博打には博打を』

『無鉄砲な大博打こそ、状況を打破するに易い』




「聞こえてんだろ、そこの二人。さっさと出てこいよ」


 グモウは声を張り上げると、握っている拳銃の銃口を長耳族のこめかみをぐりぐりと押し付ける。

 オボロとフルベは再度互いの顔を見合わせ頷くと、グモウを下手に刺激せぬように茂みから出る。彼にこちらの存在がバレていた以上、オボロを主軸にした戦闘は望めなさそうだ。

 早速作戦が瓦解した事に私は先行きの不安を感じつつ、今私が出来る唯一の策、グモウの役職を盗み見るスキルを発動させる。


役職クラス指揮官コマンダー』の文字がグモウの顔の横に浮かぶ。

 コマンダーか、確かコマンドが指示や命令を意味する単語と記憶している。ならばコマンダーはさしずめ、指揮官だろうか。

 グモウの姿を見直しても、とても騎士や戦士の様には見えない。長身痩躯な身体つきから、戦闘で無類の強さを誇れる程の筋肉も無さそうだ。

 スキルや魔術の概念がある手前、外見で判断するのは些か危険ではあるが、油断は出来ないが『指揮官』という役職から推測するに本人が戦える役職でも無い筈だ。

 

「オボロとフルベ、だな?」グモウが確認する。

「そう言う貴様がグモウか。どうした随分と顔が怖いぞ」

 オボロは早速挑発する。拳銃を構えて長耳族を人質にするグモウ相手に恐ろしい事をする。

 今彼の機嫌を少しでも損ねるのは、非常に危険だと思わないのか。


「ハッ、この顔は生まれつきだ。お陰で押し売りや詐欺の連中が寄り付かなくて助かったな」

 だが、以外にもグモウは鼻で笑うと冗談を飛ばす。

 確かに彼の顔は凶相だが、目や鼻等の顔を形成する各部は非常に整っている。金髪に金眼と異国人溢れる様相に長い手足も含めて、グモウの外見は非常に良い。

 指揮官というより、俳優みたいだ。帝国の軍服も似合ってはいるが、何処となく浮いた印象を受ける。

 グモウの姿をまじまじと見ていた私はそこで気づく。

 彼の左肩が赤く染まっている。一瞬そういう模様と思ったが、やけに生々しい赤黒さと僅かに見える丸い穴。誰かに攻撃を受けて出血したに違いない。

 

 もしかして、先行していたベルモンド達と既に一戦交えた後なのか。それならば、私達の奇襲を彼が知っている事に説明がつく。

 そしてグモウが生きており、彼が長耳族を未だに人質としている――つまり、ベルモンドと長耳族達は既に殺されたか人質となっているのか。

 最悪な状況を頭に浮かばせる私であったが、しかしソレは杞憂に終わる。

「木の上に隠れている連中も出てこいよ」


 グモウは枝葉で茂る樹上の一点を見つめて勧告する。数秒経っても返事が無いと、心底面倒くさい顔の彼は荒々しい声音で再度告げる。

 流石に誤魔化せないと判断したのか、樹上から音がするもベルモンドと渋々とした顔の長耳族達が降りてくる。しかしよく見ると長耳族の人数は三人、一名足りない。

 

「姑息な真似をすんな。もう一人居んだろ」グモウの呆れ声。

 ベルモンドと大人びた長耳族は互いに顔を合わせ、木の上に最後まで潜んでいた長耳族に降りてくるよう声をかける。

「よぉーし、これで全員だな」グモウはご満悦だ。

「私と長耳族の潜伏を見破るか……ずば抜けた感覚か或いはスキルか?」ベルモンドが尋ねる。

「教えると思うか?」


 グモウはそう言うと、僅かに陣地の方を向いて何か声をかける。

 すると十数人程の帝国兵士達がノロノロと銃を構えて出てくる。彼等の姿を目にした瞬間、オボロを除いた私達は思わず目を疑い衝撃の声を漏らす。

 兵たちは酷い有様だ。殆どが汚れた包帯を巻き、腕や脚を骨折して固定する者が半数を占める。中には片腕や片目を失った者も散見される。

 立っているだけで精一杯な状態の彼らは銃を構えているが、力が入らないのか銃口の多くは地面を向いている。

 とても戦闘の継続が可能な状態では無い。

 何より確かグモウは、幾多の戦場から死傷者を出さずに帰還した指揮官と聞いている。それがこの様なのか。

 私は彼らを目にして、得も言われぬ感覚を覚えた。

 そして、その疑問は当然オボロも同じ。

 

「酷い有様だな。死傷者無しの伝説も今宵で打ち切りか」

 またまた挑発紛いの言葉を吐くオボロ。無意識なのか或いは何か策があるのか。

 どちらにせよ、人質がいる状態で口にして良い言葉とは思えない。況してや、グモウがその事を一番に気にしていたら各日に彼の逆鱗に触れる。

「……ん、あ? あぁ、別に記録はどうだっていいさ」


 つまらなそうな声音からして、グモウは本当に死傷者無しの伝説に興味など無いようだ。

 しかし、私はグモウの様子に何か違和感がある。

 オボロの言葉に反応が遅れているのだ。グモウは先程から何か別の事に気が向いている。彼の金色の瞳はしばし人が嘘をつく時の様に斜めを向いている。

 何かスキルを使っているのか。もっとも、それの確かめようは無い。


「おい、何とかできないのか?」

 長耳族の一人が小さな声で急かす。

「何かって言われても……ベルモンドさん、スキルは使えたッスか?」

「駄目だ。グモウの銃を妨害しようとしたが、奴にスキルが通用しない」

「ベルモンドさんのスキルが駄目って事は、魔術かスキルによる抵抗ッスか」

「違う。上手く説明できないが、グモウには何か奇妙な力が作用している」

 ぎこちないベルモンドの言葉。彼自身、件の力の詳細が掴めずに気持ち悪そうにしている。

「貴様はどうなのだ」オボロはフルベに尋ねる。

「俺のスキルはこういう場面では博打になるッス」


 打つ手なし、か。

 八方塞がりとは正にこの事だ。人間よりも遥かに優れた長耳族、そして奇蹟や魔法じみたスキルを有す役職持ち、そして詳細不明ながらも驚異的な火力と再生力を有すオボロ。

 こちらに揃う役者は決して脆弱ではなかった。

 数的有利こそグモウの方へ軍配が上がるが、質に関してはこちらが何倍も上回っている。しかし、如何にこちらが精強でもグモウが人質をとっているだけで無力化されている。

 無論彼にとっては一世一代の大博打であった事だろう。

 人質による効果はあくまでも、人質とした対象に関係する者に基本的には限られる。並びに効果の程はその人質が如何なる人物か。無論、これが私の元居た世界ならば人質の貴賤を考慮することはしない。

 しかし、この世界ではどうだろうか。

 如何に人質であっても、その者が王族や貴族に纏わる者でなく、ただの一般人であれば人命の無視も可能性にあった筈だ。人権など永い人の歴史からすれば赤ん坊程度の年数しか経っていない。

 故にグモウは博打をうち、見事今の所は勝利してみせた。

 そしてグモウの思惑は私もある程度予想がつく。こちらが動けない事で時間を稼ぎ、その間にアーベントッドやブリッツによる奇襲を目論んでいる筈だ。

 

 この硬直、如何にして崩すか。

 時間が経てば、それだけグモウの目論見通りになる。


「――くだらん」


 緊張に静まり返る夜の空気に飽きた声が響く。

 口を開けたのはオボロ。

 そして――彼女はそのままグモウへと近づいて行く。


「おい、おいっ! 勝手に動くな、止まれ……止まれッ!」

 予想打にしない行動に大げさな程に憔悴するグモウ。彼は荒々しく声を張り上げ、必死にオボロへ制止の言葉を吐く。同時に人質の長耳族のこめかみに拳銃を突きつけ、オボロの目にも必死な訴えを行う。

「テメェ、この長耳族がどうなってもいいのかッ⁉」

「構わんさ。撃ちたいなら撃てばよい」

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