第31話 狩人の歌 後編

『飛び込むのは虎の巣穴か、獅子の狩り場か』

『はたまた邪神の膝元か』




「つまらない幕引じゃねぇか……酷いなぁ、フルベ……」


 狩りへの余韻を残したまま、現世の夢から醒めさせられたウィリアムは最期まで軽薄な笑みを浮かべたまま斃れる。動かなくなった彼の身体、長年使い古した服を鮮血が真っ赤に染め上げる。

 ウィリアムの死によって、クラムネルの操作も解かれ彼は力なく重い音立てて地面へと崩れ落ちる。真っ黒焦げになった彼の死に顔は酷いものだ。


 あまりにもあっけない幕引き。

 そして死の直前にウィリアムが呟いた名前は聞き覚えがある。


「邪魔をして悪いっスね。でも、さっさと戻ってこないと困るっスよ、オボロちゃん」

 背後からフルベが現れる。銃を肩に担ぐ彼はいつも通りの口調。

「無断外出とは喜ばしくないな」

 茂みの揺れる音と共に頭上からベルモンドが降りてくる。

 二人とも砦の外で襲撃に備えてたはずだが、一体どうやって嗅ぎつけたのか。何せオボロは砦の頂上から飛び降りて森に――まさか、見られていたのか。

「偶々夜空を見ていたらオボロちゃんが急にどっか行っちゃうから、驚いたっスよ。何とか追い駆けてみたら大乱戦、何があったんスか?」

「私が話そう」


 状況を理解しきれてないフルベとベルモンドに、大人びた長耳族エルフが率先して訳を話してくれる。 

 己の愚行によって自分を含めた仲間を帝国とクラムネル、そしてウィリアムによって捕縛された事。隙をついて何とか逃げ出した所でオボロと出会い、彼女の意思で助け出して貰いそのままの流れでクラムネルとウィリアムとの戦闘に突入した事。

 そして、あと一人がまだ帝国に捕まっている事。


 それらを包み隠さずに説明してくれた。正直長耳族を信用していない私は何処かで事実を捻じ曲げるのではないかと邪推したが、根が真面目なのか彼女の言葉に噓偽りは無い。

 念押しにオボロに同意を求めてオボロがゆっくりと頷くと、フルベとベルモンドは正直に納得をしたが、最後の一人を助け出す事に神妙な面持ちで尋ねる。


「その長耳族を助けに帝国の陣地まで行くつもりかオボロ」ベルモンドが静かに訊く。低く響く声なだけに怒っている様にも聞こえる。

「一応な。首を突っ込んだ以上は最後までやる」

「ハインツさんを相手にする気っスか? あの時は上手くいったスけど、ウィリアムやクラムネルなんて相手に成らない程強いっスよ」フルベは止めとけと言いたげだ。

「強いのは奴だけなのだろう?」

「それがな、帝国側にもう一人……少々特殊な奴がいる」

 ベルモンドの言葉にオボロは興味を示す。

「帝国特任指揮官グモウ、転生者である奴は強さの評判こそ聞かぬが……巷では幾多の戦場で死傷者を一人も出さずに帰還する名腕の指揮官と聞いている」


 え、結構やばくないか、そのグモウと言う転生者。

 死傷者を一人も出さずに戦場から戻るなど並大抵――いや正に奇蹟だ。如何に緻密な策を打ちだそうとも、最終的には神の振るう賽子で戦の経過など目まぐるしく変わる。

 そこに加えて様々な不測要素が入ってくるのだ。死者を出さないなら現実味があるが負傷者すら出さない等、最早戦場で起こる全ての事を予め知っていても達成は難しい。

 いや、それが可能なのが転生者なのか。

 どんなスキルを持っているのか分からないが、話を聞くだけでもとんでもないスキルを持っていそうだ。そんなグモウとハインツが一緒、ウィリアム以上の脅威だ。

 しかしオボロはむしろ愉快そうだ。

 何だかもう分からない、何だこの戦闘狂。

 

「面白ではないか……しかし、昼間に出会った帝国兵共は脅威で無かったぞ」

「グモウが特殊なのは戦闘部隊の指揮よりも、殿役の部隊の指揮を専門にしているのだ」

「殿役? 何故、本隊に使ってやらぬのだ」

「帝国は転生者嫌いっス。少し前から転生者を迎え入れてるっスけど、帝国軍人は気難しいっスから、重用は出来て無いっス」


 帝国側の考えも分かる。

 確かにグモウが居れば、大抵の戦場は彼一人で事足りてしまう。そうなれば、現地の帝国人が怒り心頭になるのも無理はない。やはり転生者とこの世界生まれの人間との確執はあった。

 しかし、何と言うかくだらない自尊心だ。

 確かに部外者に軍を委ねる事の屈辱は理解できるが、それは人命に代わるものではない。

 嫌だなぁ、この上層部の感じ。

 現場で働く人間の事を考えぬ方針――私の住んでいた世界では山ほど前例がある。


「そうか……だが、我が決めた以上は譲れぬ。今夜中に決着をつける故、貴様らはモルゲンラッグに伝えて先に戻っていろ」

 オボロはやはり自分一人で行くつもりだ。

 そんな彼女にフルベとベルモンドは顔を見合わせて頷くと、決心した顔で告げる。

「分かったスよ。なら俺達も同行するっス」

「流石にハインツの相手は長耳族達には敵わないからな」

 ベルモンドが顔を向けると、長耳族は悔しそうにそっぽを向いた。

「ニアリは居ないぞ、それに我も面倒は見切れん」

「問題無しっス! 前衛はオボロちゃんに任せるっスよ」


 あくまでもオボロ主導な事に変わりないが、二人は転生者だ。そこに長耳族達も居るのだから、現状用意できる中では最高の組み合わせだろう。


「どうせなら、ケレブさん達にも協力してほしいっスね」

「そ、それだけは駄目だ! ケレブ様に今回の事が知られれば、我らの面目が立たない!」

「中立派の癖にオボロに協力をしてもらっている時点で、面目など無いだろう」

「ぐうっ⁉ だが、頼む、内密に頼むッ!」


 ケレブに事が知られるのが相当よろしく無いのか、まるで命乞いをする様に長耳族達はフルベに縋り付く。

 本当によく分からん種族だ。自尊心が高く面子を重んじる性質なのだろうが、今の彼女達の姿こそ情けないモノだと思っていないのか。

 

「分かったスよ、それとあまり俺の服に触らないで欲しいッス。他の長耳族の匂いがつくとニアリ様、五月蝿いんスから……」

 

 フルベは自分の服を掴む長耳族達を優しく引き剥がす。あの程度では匂い等殆ど付かないだろうが、フルベが自慢の服を叩いている所を見るに、ニアリも嫉妬深いのか。

 本当、この世界に来てから物騒な女ばかりだ。

 別に女性を神聖視している訳では無いが、もう少しモルゲンラッグやベルモンドの様な落ち着いた女性とも出合いたいのだ。

 まあ出合ったとて、私は別に何もしないし、何もできないが。


「そろそろ行かぬか? 今夜中にケリをつける必要があるのだからな」ベルモンドが催促してくる。

「ウッス! でも、帝国が何処に陣を置いてるンスかね」

「それをウィリアムに聞こうとしていたんだがな」


 長耳族の言葉にフルベはポカンと口を開く。そう、我々は帝国が何処に居るのかは知らないのだ。突き刺す様な長耳族の視線にフルベは冷や汗をかき始める。

 だが彼は悪くない。むしろ不可抗力だ。あの場で発砲しなければ、長耳族に被害が出ていた。彼女達長耳族もそれは理解しているので責め立てはしないが、フルベは気まずそうである。


 今から、広大な森での捜索か。時間が幾らあっても足らない様な気がする。今夜中に終わるかどうかも怪しい。

 一先ず出発しようとした時だ、突然聞き覚えの無い声が私達の耳に入った。


「――おい、おーいクラムネル! 聞こえてないのか。さっさと戻って来い」


 粗野且つやや煙草で喉を枯らした声の発信源はクラムネルから。

 何事かと思ったオボロが躊躇い無く近づくと、クラムネルの服の中に何か光る物。取り出してみると、それは美しい青の宝石で、全体が仄かな水色に発光している。

 形状は違うが、フルベの持っている結び石に酷似している。その瞬間、長耳族やフルベ、ベルモンドが同時にその石を離せと鋭く叫んだが僅かに遅かった。

 

「魔術石か」

 オボロはしげしげと魔術石を見ながら呟く。

 するとその声が届いたのか、先の声の主が怪訝な口調で尋ねる。「誰だ?」


 私は思わず驚いた。

 どうやら、これは元の世界で言う所の電話或いは無線機の様だ。成程、確かに電気に代わる利便性の高い魔術があるなら、こうした装置があっても不思議では無い。

 ただ魔王軍側では見なかった事から推測するに、魔術石が貴重なのか。或いは魔術が使えるなら、元々魔術石を無線機として使う理由が無いかだろう。

 私がそんな事を考えていると、一人の長耳族が眉を顰める面持ちでオボロに声を抑えて告げる。


「そいつだ、そいつがグモウだ。貴様、なんて馬鹿な事を……」

 長耳族の声は呆れている。


 おおっと、確かにこれは不味いな。

 噂に聞く名碗の指揮官とここで接触とは、この先の展開に嫌な暗雲を掛ける事になる。

 この時点で無線に出たのがオボロ、つまりグモウの知らぬ相手となれば彼が疑念を抱かない筈が無い。そして彼程の人間なら、この瞬間にクラムネル達に何が起きたかを察しているだろう。

 ならば、今すぐにでも魔術石を捨てて帝国の陣地に行かねばならない。連中が奇襲に備える前に片付ける必要があるのだ。

 しかし、オボロは――


「我はオボロ。クラムネルとウィリアムは既に死んだ、そっちが捕らえている長耳族を奪い返す故、死にたくなければ大人しくするのだな」


 何やってんだお前。私は心の中で盛大に呆れる。

 自己紹介だけに留まらず、宣戦布告までするか。

 相手は死傷者無しで数多の戦場を超えてきた猛者だぞ。

 しかしオボロの挑発はどうやら効果があったようで魔術石越しのグモウが僅かに怯んだ声を出す。

 次いで別の声の主と言い争った直後、椅子をひっくり返す音と共に新たな声の主が登場する。


「初めまして、私はクラウス・アーベントッド。帝国軍人で、この森に展開する第三部隊の指揮官だ」

 紳士的な声だが、どこか自分の才を鼻にかけた感じがある。一言で言えば、いけ好かない奴だ。

「我はグモウと話していたのだが?」

「ああ、彼は椅子から転げ落ちたので私が代わってあげたのさ」


 嘘だな。

 十中八九、こいつがグモウから魔術石を奪い取ったに違いない。

 クラウスからグモウ以上に危険で、嫌な人間性を感じ取る私に構わず彼は話を続ける。


「こちらが捕まえた耳長を奪い返すなら、早くした方が良い――でないと」


 クラウスがそう言いかけた時、魔術石の向こうで耳を塞ぎたくなる火薬の音と共に少女の悲鳴が上がる。


「貴様ッ!」長耳族が叫ぶ。

 何が起きたかは明白。クラウスが撃ったのだ。

「チッ……まあ、早く来た方が良いよ? そっちに耳長が居るだろう、しっかりと聞けよ。こちらは月見の湖近くで布陣をしっかりと整えて待っている、それじゃあね」


 魔術石越しのクラウスは不満気に舌打ちしたが、あっけらかんとした声で言うと強引に話を打ち切る。

 これは早急に行く必要がありそうだ。しかもクラウスは丁寧に自分達が居る場所を告げてきた。

 罠の可能性は高い。わざわざ自分達の居場所を親切丁寧に教える程に彼らも愚かでは無いだろう。

 もっとも、こちらの情報が無い以上は飛び込むしかあるまい。


「罠の匂いがするな、しかし行くのだな?」

 ベルモンドの問いかけにオボロは頷く。

「言っただろ、今夜中にケリをつけるとな」

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