第30話 狩人の歌 中篇・下

『酔いの醒めに一発の銃弾』

『心臓を射抜く衝撃で脳天から爪先まで一飛び』




 口から吐く炎を封じられ、純粋な怪力と剛力の激しいぶつかり合いが繰り広げられる。断頭刃ギロチンが如く振り下ろされる太刀の連撃を、オボロは疾走する鼠の様に逃げ回る。

 素早くクラムネルの背後へ回り、巨熊の皮膚を貫く尻尾の一撃を突き出すが、ウィリアムの矢が阻む。

 矢を防ぐ為に尻尾を引き戻せば、先程と同じ様にクラムネルの太刀の連撃が始まる。

 先程から、ずっとこの調子だ。

 攻撃役のクラムネルと、彼の隙を補うウィリアム。興奮毒を用いて戦闘を強制させているが、この一糸乱れぬ連携には感服するしかない。


 この布陣、どう崩すべきか。

 オボロの腕の中で、ちょこんと大人しく抱かれている事以外にすることの無い私は考えを巡らす。

 頭の回転は鈍いと自称する私だが、今のオボロに必要なのは届かない声援よりも、状況を打破すべき策略。

 ただ素人目でも分かるが、明らかにオボロ側は力不足が顕著だ。無論オボロや長耳族エルフの膂力自体は普通の人間を凌駕しているが、クラムネルはそれ以上だ。

 現在野盗達を処理する長耳族が加わった所で、力の均衡は変化しないだろう。だが純粋に数が増えれば、クラムネル一人では対処出来ないか。

 いや、それを補うウィリアムがいる。クラムネルのさらした隙を迂闊に攻めれば、ウィリアムの矢を額に味わう羽目になる。

 それに樹上から戦闘を見下ろしているウィリアムの観察眼は、非常に優秀。オボロを妨害しつつ、適宜長耳族の邪魔をする事で彼女達の野盗処理を遅延させている。

 

 待てよ――私はハッと気づいた。

 興奮毒を撃つ前にウィリアムは等と言っていた筈。

 単純に考えれば、今の彼には決め手が無い。

 ウィリアムの武装はパッと見て連弩のみ。

 まだ武器を隠し持っている可能性、或いはスキルや『役職・狩人』の特徴が分からないので断言は難しいのは確か。

 しかし仮にウィリアムの手の内が尽きていれば、戦闘を長引かせてオボロ達が疲弊するのを狙っている可能性は充分にあるだろう。

 それが意味する事は一つ。

 先の長耳族の発言から、ウィリアム達は帝国に通じている。

 ならば――時間稼ぎ帝国兵やハインツの参戦を企んでいる事も考慮せねばならない。帝国の兵隊程度なら未だしも、ハインツが再び襲撃してくれば一溜まりもない。あの時はニアリも居た上にオボロの切り札である灼熱の炎を吐く事で彼を退けた。


 ――今はどうだ。

 ニアリは居ない、頼りにできるのは四人の長耳族のみ。相手はクラムネル、ウィリアム、そしてハインツと役職持ちの三人。幾らオボロが強くとも無傷での勝利とはいかないだろう。

 例えこの場でクラムネルとウィリアムを倒したとて、連れ去られた長耳族は帝国の人間達の元に居るとなれば、結局は帝国側との衝突は避けられない。此度の戦いにおいて、最大の障壁となるのはハインツだ。

『役職・急襲者』のハインツを相手にするなら、可能な限り単独ないし帝国の一般兵が数名な状態が好ましい。この森に展開している帝国側の人員等は不明であるなら、少なくともこの場でのハインツの参戦は避けるべきだ。


 つまり――オボロには早急に二人を仕留めて貰わねばならない。

 さて、では無力な私はどうすべきか。

 まあ、無力な以上は見物客に徹するしか無いのだが、頑張れ頑張れと届かない声援を投げることに何の意味があるのか。この可愛らしい(自分で言って虫唾が走る)ぬいぐるみによる、全身全霊の大仰な仕草で応援をするか。

 いや、止めよう。私の柄ではないし、オボロの傍を離れるのは避けたい。

 よし――と考えに考え抜いた私はオボロの腕を自由にさせる事を導き出す。

 現状オボロは私を抱いたまま戦闘を行っている。言わば両手を封じた状態で飛んだり跳ねたりしている訳で、抜群の運動感覚ではあるが不便な筈だ。むしろオボロは動きすぎるぐらいだ。

 考えてみて欲しい。

 如何に運動能力に優れた者でも両手を使わないで、いつも通りの能力を発揮するのは難しいのだ。生憎私は水泳以外の運動に馴染みが無いが、大抵の運動において腕を全く使わない種目は無い筈だ。

 善は急げ、私は早速オボロにその旨を告げるが、当然ながら喋れない。

 そこで必死に腕だけを使って、私をオボロの腕の拘束から解くことを伝える。


「構わぬが……ではピョンちゃんはどこに居るつもりなのだ?」


 おっと、それは失念していた。と言うが、やはりだ。

 しかし焦った時こそ人間の脳は犀利さを見せるのもので、私は瞬時にオボロの華装ドレスの胸元を指し示す。華装の下は素肌なので、ふわふわ体型の私をオボロは常に肌のそれも胸の辺りに常時感じる羽目になる。むず痒くなるとは思うが、そんな事を彼女はいちいち気にはしないだろう。

 一方で私は美少女の胸元に収まるという、その手の好事家にはたまらない状態になる。

 ただオボロの肌が絹の様に柔らかくとも私に触覚は無く、少女特有の可憐な香りがしていても私に嗅覚は無い。まあ、元々幼女趣味も無い上に物騒な女の皮を被った怪物に情欲など湧きもしない。

 オボロは私の両腕が出せる所まで、自分の華装の胸元へ入れ込む。するとピョンと伸びた私の兎耳が丁度オボロの口元に触れている。邪魔になりそうなので、私は強引に耳を後ろに折り曲げて頭とオボロの首元辺りに挟み込む。


「ふむ、やはり手が空いていた方が便利か……ピョンちゃんに不便を強いたくは無いのだがな」


 まだ私を気にするか。私の事を第一に思ってくれるのは有り難いが、己の楽の二の次にして欲しいものだ。それにぬいぐるみの時点で百点満点の不便っぷりなのだ、今更ちょっとの不便程度は無いに等しい。

 私の事など気にするなと、オボロの肩を軽く叩いてやる。

 こちらの意図を汲んだのか、オボロはニッと少女らしい笑みを浮かべ――クラムネルに向かって駆けだす。

 オボロは先程よりも、一層荒々しい動きで接近する。強く地面を蹴って、尻尾を突き出し、ウィリアムの矢が飛んでくれば回避の為に強引にクラムネルの身体を尻尾で叩いてとんぼ返り。

 着地の衝撃を脚と手で強引に受け流し、再び駆け出す。クラムネルの太刀の連撃を紙一重に回避して、最後の一振りの瞬間――オボロは太刀の背の僅かな足場を一息に駆けあがる。

 クラムネルの太い腕を踏み台にして、素早く宙で身を捩って尻尾を突き出す。ウィリアムの矢が既に迫っていたが、怯まずオボロは尻尾の一撃をクラムネルの右顔へ一突き。

 

 凄まじい一撃だ。肉や骨を強引に切り離し、クラムネルの右顔が消し飛んだ。生々しい鮮血の大輪を顔に咲かしたクラムネル、その一撃は致命傷となり彼の態勢を大きく崩す。

 ウィリアムが放った矢はオボロの両腕に深く突き刺さっているが、彼女は苦痛に顔を歪める事すらしない。涼し気で、それでいて戦闘の恍惚に酔った狂笑の緋色の瞳は既にウィリアムを狙っている。

 

「……麻痺性の毒か? くだらんな」


 ウィリアムが矢に塗った毒にもオボロは冷めきった顔。肉の深くにまで刺さった矢を躊躇なく引き抜くと、流れ出た血がオボロの雪の様な白い腕を赤く染めるも――数秒で傷口は塞がる。

 毒に強い耐性を持つ彼女だが、それでもウィリアムの麻痺毒は強力なのか、右手の指の動きが若干鈍くなっている。すると、あろうことかオボロは右腕を噛み千切りペッと地面へ吐き出す。

 瞬時に再生。

 何とも強引で、人間離れした解毒方法。

 その光景はウィリアムの余裕に歪を入れたが、同時に彼の中で眠りについていたを目覚めさせる。


「ハッ――ハッハッ! 最高だぁ、まっこと最高じゃねぇかぁ!」


 ウィリアムは樹上から倒れるクラムネルへと飛び移る。

 何をする気なのか。

 想像のつかぬ私にウィリアムは――思いもよらぬ行動をする。彼は右手から青白く仄かに輝く線を生み出すと――それをクラムネルの四肢へ縛り付ける。

 まさか、操り人形ということか。

 私の予想は正解。頭部の片側を失い、既に絶命している筈のクラムネルがウィリアムの手によって再び動き出す。


「魔術で強制的に動かすか――死者を弄ぶとは頂けないな」オボロは嫌悪感を露わにする。

「モノは使い潰す主義でなぁ。それに横たわる事しか出来ない死体の有用な活用法だ。真似をしても良いぞ?」ウィリアムは片手でクラムネルを、もう片方の手で連弩を操る。


 敵ながら、ウィリアムの手練は見事と言わざるを得ない。元々抜群の連携を見せていたが、今やクラムネルですら操る彼は卓越した職人の業の域。クラムネルの大ぶりな技を隙を埋める戦闘方法から、強引にクラムネルを突撃させて避けた所を矢で執拗に射撃する。

 魔術の糸で操られるクラムネルは哀れの一言。四肢の可動範囲を無視した、あまりにも醜悪な操作によってクラムネルの関節や骨は形を成していない。

 既に死んだ身でありながら、不快な音を上げるクラムネルには同情する。

 同時にウィリアムの行為はオボロの逆鱗に触れた。狩りで嗜虐に酔いながらも、巨熊との戦いで見せた様に相手を甚振る事を彼女は好まない。

 死者を弄ぶなど、以ての外。

 

「ピョンちゃんよ、しばし我の服の中に隠れておけ」


 え――服の中?

 疑問を浮かべる間もなく、オボロは私の頭を押すと華装の中へ押し込む。白い衣装なので暗くは無く、やや薄手の生地からぼんやりと周囲を見渡せる。

 何をするつもりか――まさか。

 オボロが大きく跳躍した瞬間、私は察した。

 彼女は炎で決着をつける気だ。しかし、炎による攻撃はウィリアムによって防がれている。

 どう突破をするのか――簡単だ、強引に押し通るのだ。

 

 私の事を華装越しにオボロが両腕で抱きしめる。

 刹那、耳を劈くような爆発。オボロが僅かに呻く――が、微かに炎の唸りが響く。

 そして業火が空気を焼く音。灼熱の息吹がうねる蛇の如く、クラムネルとウィリアムに向かって放たれる。

 やったのか――思わず私は華装から顔を出す。

 眼前に広がるのは真っ赤な炎を全身に受けるクラムネル。ウィリアムの姿は見えない。

 

「――ッ⁉」


 その時だ、炎の中からクラムネルの太刀の鋭い突き。咄嗟にオボロは避けたが、鈍い刃は彼女の左脇腹に突き刺さり、捻りを加えて斬り上げる。

 綺麗に左腕が斬り飛ぶ。

 この一連の事から判明したのは――ウィリアムを仕留められていないことだ。


「強引まっこと強引、まるで窮地に陥った獣だな。生憎だが、獣の相手は俺の専門分野だぜ?」

 ウィリアムはクラムネルの後ろから姿を見せる。彼はオボロの業火を、正しく肉壁としてクラムネルで防いだのだ。

「このデカブツ自体、スキルで〝火炎耐性(中)〟があるからなぁ。流石にこの威力の炎には効き目は無いに等しいが、どっちにしろ既に死んでいるからな」


 炎上を続けるクラムネルをウィリアムは魔術の糸で操り、そのままオボロへと突撃させる。

 恐怖だ、燃える死体が近づいてくる事の恐怖など体験した事も無い。何より今の私の炎は一番まずい。

 ズズズッと迫りくるクラムネル。オボロは尻尾で応戦するが、ウィリアムの意思に操られるクラムネルには怯む事すらない。

 

「良いなぁ、これは狩り甲斐がある。まずは――つまらん方から片付けるか」


 ウィリアムの連弩が長耳族達に向けられる。

 野盗の処理に集中する彼女達は気付かず、咄嗟に駆け出そうとするオボロも燃える壁となったクラムネルが行く手を阻む。

 制止は叶わない。

 無情な狩人の指が引き金に触れたが――動かない。


「――ッ⁉ 何故だ――ッ」

 刹那、一際大きな火薬の爆ぜる音。

 深い森より撃たれた一発の弾丸が、ウィリアムの胸を貫いた。

 

 

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