第19話 異世界ルール
『配られた手札のみで戦う』
『それが弱くとも、戦い方はある筈なのです』
フルベの案内の下で、私とオボロは薄暗い森の中を進んで行く。この世界に転生した際は夜の雨という私にとっては喜び辛い天候であったが、現在は雲間から陽光を注がせる曇り空。
緑に彩られる風景を虫の音と鳥の囀りが、より豊かにさせる。茂みの先を小動物が駆ける音がして、この森に住まう命の息遣いを確かに感じる。
普段から灰色の道と毒毒しい
しかし今の私には快適な移動手段がある上に、この身体なら虫が怖がる理由も無い。難点を言えば、彼女を自由に操作ができないことか。
さて、そんなオボロは非常に上機嫌。
尻尾をゆったりと振り、調子はずれの鼻歌はごきげん。
緋色の瞳に鮮やかな緑を映し、素足で土を踏む感覚に相貌は心地良さそうだ。足が窮屈なのが嫌なのか、オボロは服は着ていても素足のままだ。
本当に山の天気のような性格の女だ。フルベ相手に苛立ちと呆れを見せていたのは、どこへ行ったのやら。ある種、外見に相応しい性格とも言えるのだろうが、付き合う側の気苦労は大変。
私としては森の中に入る前の調子を忘れてくれた、と思えば気は楽なのだが、逆にこの気分の激しい転がり様は必ず苦労する。オボロが動かない以上は私も下手に出歩けないだろうし、そもそも私が勝手に動くことすら彼女は許さないだろう。
組織に居つつも本質的には自由が欲しい我が儘な私だ。
オボロの拘束に嫌気がさすことだけは避けたい。
「所でフルベよ。我は転生者をあまり知らぬが、スキルなる魔術とは全く別の力を有していると記憶している」オボロは振り向いて尋ねる。フルベに見せた苛立ちは一先ず抑えている様だ。
「そうっすね。転生者はこの世界で成長することで、新たなスキルを習得したりするって転生した時に聞きましたっす」
やはりそうなのか。どうやらあの男が言っていたことは間違いで無い。
そうなると私がそれを聞いていないのが増々不可解だ。聞き忘れたなんてことは無いだろうから――説明するのを忘れられたのか。
確かに私は影が薄い。音も無く歩く癖があるようで、よく家族や職場の人間を驚かせたことはしっかりと記憶している。だが、いくら影が薄いとはいえ説明を忘れられる程なのか。
知識も乏しく、頭も悪い癖に達者な学者を気取って私は考えてみるが、答えは出ない。
いや、この際転生の説明の有無等どうでもよい。私はフルベの言葉を一字一句完璧に聞き取っている。彼が言うには、転生者は成長をすることで新たなスキルを獲得できるそうではないか。
しかし成長――とは少々抽象的な表現だ。何をどうすれば成長するのだろうか。
そう言えば、確か男は転生時に経験値云々の話をしていなかったか。正直もう覚えていないのだが、経験値で成長するという仕組みの
私は子供の頃の記憶を頼りに経験値を稼ぐ方法を思い出す。
確か、あの遊戯では魔物や強敵を倒すことで経験値を獲得し成長していた。
……ん、ちょっと待てよ。
私はそこで重大な事に気づいた。
この身体でどうやって敵を倒すのか。
殴るか、蹴るか?
――いやいや、中身が綿の身体では大した力も出ない。
魔術を使うのか?
――いやいや、魔術ってどう使うのさ。
スキルを使おうか?
――いやいや、知る限り私が持っているスキルは一つだけだ。
ふむ――脳内で喧々囂々の議論をかわしてくれた結果、今の私には成長することが無いとの無慈悲な判断が脳より下された。何故なら、今の私では敵を倒す事は不可能だからだ。
だが、絶望に浸るにはまだ早い。
経験値を得るなら自分が敵を倒さずとも、誰かが倒せれば良いのでないか。昔遊んだ遊戯でも、敵を倒して得た経験値は自分以外の連中にも配分されていた筈だ。
もっとも、仮にその説を信じたとすれば、昨日オボロがあの巨熊を倒した時、私にも経験値は入ったのか不明瞭である。経験値の増加が視覚的に分かるのか、それとも何か案内をしてくれる声があるのか、私には解らない。
加えて、私の考えが実際に存在したとして――どうやって経験値を同じ纏まりの連中に配分させるのか、そこが不明ではないか。強敵を倒したと思ったら、近くに居た全く関係の無い人間にまで経験値が入ってしまったらどうするのか。
いや、待てよ。
経験値云々はもしかすれば、転生者(或いは役職持ち)だけの特権なのかもしれない。この世界にもし『神』や『管理者』が居るのなら、転生者だけにその仕組みの効果が発揮できるように調整した方が楽な筈だ。
それでも、経験値が関係の無い転生者に入ってしまう事になる。経験値泥棒みたいな奴が溢れてしまいそうだが、その辺はどのようになっているのか。
経験値の件から逸脱して、私がこの世界の仕組みがどうなっているのか考えていた時だ。
「――ま、経験値を得て成長するには王国での儀式が必要ッス。加えて俺みたいに転生してから二十四時間以内に儀式をしないと経験値の概念は消失するらしいッス」
なるほど……私が転生したのが昨晩。今から何処にあるかも分からぬ王国に行って儀式など、到底不可能。
なんてこった。衝撃の事実に私は頭を抱える。誇張表現をすれば私の背後に雷が落ち、白目をむいていただろう。少女漫画的なアレだ。
この世界に転生した私は、現状解っている唯一のスキルである『相手の役職を確認する』事以外は何も出来ないのだ。そんな落とし穴があるとは思わなんだ。
いや、それ以前にちょっとその仕組みは卑怯すぎやしないか。第一にその王国での儀式とは何なのだ。
しかし、恨みつらみを吐いた所でもう過ぎたこと。
ここは現実をしっかりと受け入れることだ。私も大人、我が儘で駄々をこねる子供でも青臭い若者でも無いのだから。
それに今の私にはオボロがいる。『魔王』と言う役職を持ち、その実力も現状申し分ない。まあ彼女が儀式を終えているとは考え辛いが。
成長も出来ない役立たずな私を差し引いたとしても、お釣りは多い。むしろ荒事や肉体労働は好まないのだから、楽が出来たと思っておこう。
「つまり、貴様は既に成長は出来ないと言う訳か」オボロの言葉は少し悲しそうだ。フルベに同情をしているのだろう。
「ん? まあ、俺とベルモンドさんは転生した時点でニアリ様に味方しちゃいましたからね。所有スキルも一個だけですし、そりゃあ大変でしたけどねー」
己の不運もフルベはあっけらかんとした態度。
彼も私と同じ境遇のようだ。唯一のスキルが強かったのか、或いはオボロのような強い力をニアリが持っていたので結果的に何とかなっていたのか。どちらにせよ、彼が持つ楽観的な側面も大いに作用したのだろう。
「……貴様はそれで良かったのか?」
オボロが尋ねる。
転生者になったのは異世界で何かをやろうとした事の証左。それが夢でも希望でも悪意でも、何でも転生者は何か抱えてこの世界へ転生をした。
それなのに、あまりにも酷い状況で異世界での生活を余儀なくさせられる。
フルベはどう思っているのか。
確かに聞きたい。彼の思いを聞いてみたい。
オボロの質問にフルベは少し考え込むと――その瞬間に見せた顔に狩人の色が混ざる――すぐにニッと歯を出して笑いながら告げた。
「結果的に良かったっすね!」
短い言葉だが、そこに彼の思いの全てが詰まっている気がした。
フルベの言葉にオボロも「そうか」と微笑む。
そんな長閑な時間は――フルベの顔つきが一瞬にして緊張したモノに変わったことで唐突な終わりを告げたのであった。
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