第18話 異世界・スナイパー
『魔術が飛び交う世界で銃を使うのはよほどの変わり者です』
朝食を終え、早速私とオボロは件のフルベに会うべく砦の外に向かう。早朝から騒がしい雰囲気の砦は、朝食後も収まる事は無く――むしろ、更に物々しくなっていた。
ドタドタと大きな足音をさせ、緑鬼族達は砦にある荷物を一箇所に集めている。恐らくだが、この砦から撤退する準備と私は推測する。
ただ仮にそうだとして、モルゲンラッグの鷹揚な態度を見るにそこまで緊急性は無い、のか。この世界における魔族の立ち位置が依然不明なので、何とも言えない。
胸騒ぎを覚えて私の身体は自ずと硬直する。一方でオボロは我関せずと言った様子だが、尻尾の微かに警戒するように揺らめき、時折視線が素早く動く。
一見すると落ち着いているが、オボロも彼女なりに砦内に漂う不穏な空気は感じ取っている。あの森で巨熊を察知した時に見せた、野生の勘が働いているのだろう。
キュッと私の身体が強く抱きしめられた。それはオボロが何か緊張している訳では無く、何があっても私を決して離さない事の表れ。
私の硬直や不安な感情に気づいたのだ。見上げると、こちらに向かって微笑むオボロの顔。彼女の表情に私は両親の顔を重ね合わせる。
まあ――あの夜の一件をチャラにしてやる気は無いがな。茶化す事で、私は心に染みる気持ちを振り払う。
そんな私の心を知ってか知らでか、オボロは満足気に笑って外に出る扉――木製でとても古いソレ――を開く。
外に出た瞬間、心地良い風が流れた。当然触覚の無い私に良い風が当たる感覚は無い。
低く生えた草が揺れ、緑を茂られた木々がざわめき、オボロの美しい銀の髪が靡く。その一連の光景を見た私の記憶と吹く音を捉えた聴覚が、風の感覚を私に感じさせる。
気持ちの良い朝だ。青い空に太陽が昇る。
生憎、雲一つない澄んだ空では無い。心なしか、空全体が霞んでおり、空の隅には嫌な灰雲が見える。
多分だが、今の季節は春辺りだろうか。もっとも、私は天気に詳しい人間では無いので完全に感覚だ。
さて、件のフルベは何処で待っているのか。周囲を見渡すと、それらしき男が切株に座って煙草を吸っていた。
男もこちらに気づくと、吸っていた煙草を革製の袋に入れてもみ消し、スッと立ち上がる。
「どうもー、フルベっす。話はモル爺から聞いてますよ、オボロちゃんとピョンちゃんっすね!」
気さくな口調で名を告げた彼。身長は人間の時の私と同じぐらい(約180cm)だが、体型はかなりガッチリとしており浅黒い肌も合わせて体育会系の匂いがする。
薄汚れた茶色の
フルベは、お気に入りの品は使えなくなるまで使う性質なのかもしれない。私も靴はとことん使い古す主義なので親近感が湧く。
頭巾を深く被っている為に、彼の顔はしっかりと見えない。ただ形の良い鼻と口だけでも、フルベが非常に整った顔立ちの若い男だと推測できる。
頬に生やした雑草のような無精髭、襯衣の首元はだらしなく開けているが、それが彼に大人の男の色気を醸し出させている。
外套がもう少し綺麗なら、周囲に女を侍らして夜の歓楽街を行く大人な遊び人、といった表現がぴったりだ。
だからこそ、フルベが片手に持っている長い棒――長銃が不自然であった。とてもじゃないが、彼の装いは戦いを行う人間の服装には見えない。
そこで私は自分に備わった、相手の役職を見るスキルを発動する。ジックリと彼を見続けること数十秒。
『
視えた――しかも、フルベの横に浮き出た単語に私は心の中でグッと手を握る。
これまで分けのわからぬ英単語ばかりだったが、流石にフルベの役職には聞き覚えがある。
しかし、フルベの長銃は明らかに木製だ。銃に詳しくない私には、そんな銃で遠距離射撃ができるのだろうか疑問に思う。
いや、できるのだろう。何せフルベは転生者。私とは比べ物にならないスキルを持っているに違いない。
ボタンの目を輝かせる私に対して、オボロは訝しげな視線を向けている。フルベのつま先から頭の天辺までを値踏みするように、緋色の瞳が流れ動く。
「貴様がフルベか」
「そうっすよ。役職は狙撃手、前には出ない主義なんでよろしくぅ!」
まあ、彼の役職を考えれば普通だ。
突撃する狙撃手など聞いた事が無い。
「ニアリの傍を離れているのに、随分と暢気な物言いだな」オボロの言葉は強い。
「大丈夫っすよ、ニアリ様はすっげえ強いんで。それにベルモンドさんも付いてますので」
ベルモンド――フルベと共にニアリの部下である人物か。そっちも転生者なのだろう。
しかし何と言うか、今までの会話を聞いているとフルベは随分と自分の事を卑下している。口調自体は軽く陽気な調子で答えるので、彼にその気は無いのだろう。
あからさまに棘のある言い方をするオボロを相手に、怒りも不機嫌も見せずに出会いの調子を崩していないのは才能であろう。
「まあ、とりあえず行きましょ」
「構わんが……どうやってニアリを探すのだ。貴様、魔術は使えぬ身だろう?」
「――わかるんすかっ! いやぁ、凄いっすね……ですが、こっちにはとっておきの品があるんすよー」
フルベはニタニタと秘策を持ち出す黒幕もかくやの不敵な笑みを見せて、首にかけていた首飾りを取り出す。細い紐に繋がれていたのは、雫型の青い石。
宝石のような輝きは無く、大海を固めたように青青としている。
その手の事に懐疑的な私は半信半疑に石を見つめる。しかしオボロは、その石が何なのか一目で察する。
「結び石か」
「流石に知ってるっすね」
フルベは結び石をピンと弾く。ほんのりと青く光ったが、別段何か起きたように見えない。
何だ何だ何が起きたのだ?
結び石も知らねば、何が起きたかも解らない。オボロの腕の中で私は身を乗り出して、例の石をまじまじと見る。
するとオボロは私を片腕で持ち上げつつ、空いた手で結び石を触り――指を平行方向に滑らす。
「魔術石を緻密な魔術で結び、特定の者が触れた時のみ石同士を結ぶ線を宙に描かせるのだ」
オボロは私に説明をしたが、その線とやらは何処にあるのか。いくら目を凝らしても、何も見えない。
「……特定の人以外には見えないんすけどね……オボロちゃん、見えるんスか?」
フルベは恐る恐る尋ねる。確かに彼の言う通りだろう。
もし、誰でも線が見えてしまえば、第三者に悪用されかねない。
「はっきりとは見えんが、目を凝らせば薄っすら見える。それに空気中にある魔力の動きが分かれば、ある程度の形は想像がつく」
淡々と語るオボロに、フルベは口をあんぐりと開けて唖然としている。彼の反応を見れば、オボロのソレが如何に荒唐無稽な事なのか解る。
正直言って私にはオボロの凄さはいまいちピンと来ていない。まったく知識の無い分野での新発見を聞いている感覚だ。
まあ、私しか知らぬがオボロは『魔王』だ。それぐらい造作も無いのだろう。
「――ま、これなら安心して道案内できるっすね。荒事はお任せするっす!」
「貴様は戦わぬのか?」呆れと苛立ちを混ぜたオボロの声。
「俺が戦うよりも、オボロちゃんが戦った方が効率良いっすよ! 適材適所、役割分担は魔王軍の
「……やれやれ」
フルベに悟られないよう、オボロはそう呟いて額を手で押さえる。その顔つきはさながら、学校内一位の問題児を相手する先生のよう。彼女もこんな表情をするんだなと、初めて目にした彼女の姿に驚かされる。
嫌な男でない事は確かだ。オボロの苦労は計り知れないが、ぬいぐるみの私にはそんなことは関係ない。オボロ自身の記憶を掴む為もあり、不満ながらも彼女は仕事を放棄するつもりも無い。
フルベに先頭を促され、オボロは溜息を一つ吐いて歩き出す。
まあ、良いじゃないか――実際強いんだし、と私はオボロの手を(ポンポン)と叩いてやる。
この程度の苦労、オボロは充分背負える背中をしているのだから。
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