第14話 王国と帝国 前編

『違う世界から来た者達が――』

『現地の規則に従っている事が如何に幸運なことか』

『彼らは理解していない』




 オボロと蔵人達が居る砦から南の方へ数十キロ程の場所。やや開けたその場所に大規模な陣地が設置されている。外と内を仕切るようにして正方形に設置された白い幕。その中央部分に『冠と城』の紋章が金の刺繍をされている。

 誰も彼もが決して知らぬはずがない、その紋章は王国のモノ。この世界における二大国家の一つ、王国の王家の紋章。

 魔族が住まう魔族領域から南東の方角にある大陸に王国はあり、白と青を基調とした優雅な街並みは古くから人々に愛されてきた。魔術大国としての一面も持つ王国は、卓越したと白兵戦に優れたを有し、その大陸に盤石な地位を築いていた。


 しかし、現在陣地がある場所は魔族領域内の森。長い戦いの果てに魔族側とは一先ず中立を保つ彼らが何故、そこに陣地を構えているのか。

 当然理由は、突如として狂乱に陥り侵攻を開始した魔王達への対応だ。如何に精強な衛士や魔術師が居ようと、相手が魔王や魔族、そして転生者となれば長期戦は必定。

 突然の侵攻とは言え、瞬く間に王国内でも一際強力な衛士と魔術師を集合させ、電光石火の如き進軍速度でこの森へ陣地を築き、万全の状態で迎え撃った。

 魔王よりも先行して戦闘を開始した魔人族ダビル緑鬼族オーク小鬼族ゴブリンなどの魔族や、凶暴な魔物に苦戦しつつも、彼らを撃破。負傷者を出しつつも、二大国家のもう一つであるの参戦もあり、戦況は優位に傾いていた。

 緒戦においては完全に王国・帝国に軍配が上がった。彼らに大打撃を与えたことで――帝国の連中は魔族の弱体化を図り、王国をおいて前進。

 一方の王国はあくまでも国防を主とし、陣地にて魔王を迎え撃とうとしていたのだが――

 

 魔王は突如として絶命。莫大な魔力爆発は森の一部を吹き飛ばし、その衝撃は王国の陣地にも届いた程。王国側に死者が出なかったのは幸いであった。

 しかし、当の王国側からすれば不可解極まりない。魔王の侵攻の意図は不明なままで、指導者を失ったにも関わらず魔王軍残党の攻撃は続いていた。

 彼らを適宜撃破しつつ、先行してしまった帝国兵の安否確認に部隊を送る。魔王討伐に昂っていた衛士や魔術師は完全に肩透かしをくらい、一部では帰還の声も出ていた。

 しかし魔王軍や魔族の目的が分からぬ以上、王国からは陣地の維持が命令されている。日は沈み、周囲は夜の帳がおりる。魔術による火を灯した陣地は、束の間の休息を取る者達によって静謐が漂い、周囲を警戒する衛士の足音だけが僅かに響く。


 陣地内に設置された複数の天幕の内、一つだけ灯りが漏れている所がある。他の天幕に比べて、やや豪華な刺繍や装飾の施されたソレは、魔王迎撃の司令部である大天幕。

 本作戦の司令官である『衛士長』は既に休眠をとっており、天幕内は連絡要員の魔術師と数名の衛士が居る程度。

 

 中央に置かれた机の上には、彼らが陣地を置く森の簡易な地図が広げられている。地図が飛ばないよう、置き石代わりに置かれている分厚い本は魔族に関するモノばかり。

 何せこの地図はそこまで精確ではない。この森は魔族領域と王国を結ぶ場所であり、中立を保っているとは言え、わざわざ自分達の場所へ攻め入るの容易くさせる地図を作らせる程、魔族も愚かではない。

 よって王国は、この粗雑な地図と魔族に関する図書を以て戦いに臨んでいる。もっとも、どさくさに紛れてこの機に少しでも精確な地図を作ろうとしているのだが。


「……」


 地図を見下ろす青年が一人。茶色の髪に金色の瞳を有す整った顔つきは、地図との睨めっこで僅かに眉間に皺が寄っている。青と白の綺麗な服の上からは軽装の鎧を身に着け、何重にも付けた腰帯ベルトには一振りの剣を下げている。

 青年の名はアレックス・グレイトウィズ。王国衛士団の一人であり、その類稀な才と努力を積み重ね――史上最年少で特級衛士の位を賜った。彼に憧れ、衛士になった者も多くいる。

 此度の戦いでも幾つかの成果を上げて司令官からは、他の連中に手柄を残しておけ、と言われた程だ。

 年上の部下達からは、これ以上国王から褒美をがめるなよ、と言われてしまった。

 無論、それが彼らなりの冗談だとは理解しているが、アレックスに剣を納める気は無い。

 己が戦う理由は褒美では無く、仲間を守る為。

 自分が先陣を切って戦えば、それだけ仲間達への危険を減らせる。

 アレックスは己が宿した天賦の才は、他人の為にこそ使うべきと既に悟っていた。


「頑張り過ぎは毒だよ、アレックス君」

 こちらう労う声と共に、机の上に湯気をたてた黒い茶を注いだ容器が置かれる。

「アルバート特別衛士……ありがとうございます」アレックスは容器を手に取る。

「アル、で良いよ……まあ、君らしいね」


 茶を持ってきたアルバートはそう言って――左の赤眼を細める。

 彼は王国に身を置く『転生者』の一人。白衣と言う真っ白な上着を羽織る彼の顔は、左目と口元以外を全て包帯で覆っている。

 その異様な見た目は初めてあった者を驚愕させるか恐れさせるが、温和な彼の性を知れば、その警戒はすぐにでも意味が無いと解る。


 転生者対して厳しい姿勢をとる帝国や他国家とは対照的に、王国は積極的に転生者を歓迎している。彼らがこの世界に転生する際に有す『役職クラス』を重要視すると共に、行き場を無くして魔族側に与するのを防ぐためだ。

 手厚い保障を施し、ある程度の我が儘も許容する。望めば特別衛士と言う、本来は長い月日や難しき試練を突破せねばならない上級衛士の階級も簡単に手に入れさせる。

 だが、そうした転生者よりの政策は魔術師には受けが悪い。役職と言う魔術とは異なる特異性もまた、自分達の立場を損なわせるとして魔術師はひどく嫌っている。

 そうした魔術師の嫌がらせは陰で行われており、嫌気がさした転生者が魔族側に逃げてしまう事も少なからず起きている。少し前の国王ならば諫めていたが、最近はやや魔術師側に傾いているきらいがある。


役職クラス薬草師ケミスト』に加え魔術の素質が全く無いアルバートも、魔術師からは非常に毛嫌いされている。

 薬草による治療術は魔術による回復術に劣る為に殆ど活躍の場は無く、独特な薬草の臭いは慣れない者に不快感を与える。

 さらに魔術を使わなくとも知識と経験のみで調合可能。安値で売られる薬草と安価な調合書があれば、誰でも簡単にできる。

 回復魔術では効目が無い病気や、気分転換、健康維持の為の常飲等、王国民は個人でやってしまう。特級衛士の傍らで、薬草を取り扱うアルバートの店は常に閑古鳥が鳴いているのはアレックスも知っている。

 

 不憫な役職。苦く渋い味の茶を飲みながら、アレックスは思う。

 つくづく転生者とは難儀な人間だ。目的を以て、この世界に転生すれば、待っているのは人間の底知れぬ――嫉妬、羨望や敵愾心、そこから来る悪意。

 ――あんまりではないか。

 この世界のそうした内情に気付いた転生者が見せる――失望、落胆、世の無情さ。世界の様式が違えど差別はある、と呟いた転生者の事をアレックスは今でも鮮明に覚えている。

 ならばこそ――自分は少しでも彼らに寄り添いたい。アレックスは転生者に対して常に歓迎の気持ちで振る舞う。その立ち振る舞いが、例え自分の将来に障ってでも、だ。


「所でアイナさんの調子はどうですか?」アレックスは尋ねる。

 あの森で救助した彼女の面倒をアルバートが看てくれていた。

「問題ないよ、仮儀式も無事に完了。でも、彼女が言う助けてくれたってのは気になるね」


 アイナを助けた時、彼女は頻りにぬいぐるみの事を言っていた。

 一応探させてはいるが、何せこの森の中から小さなぬいぐるみを探すと言うのは、藁山から一つの針を見つけるに等しい。

 それ故に仮儀式が無事に成功してホッとする。二十四時間という制限を迎える前に一時的な簡易儀式を行うのが仮儀式。この技術の確立のお陰で、転生者達は昔に比べて遥かに不便を強いられなくなった。


「――おっと、それでは私は失礼しようかな。可愛いの登場だ」天幕に入ってきた少女を目にするや否や、アルバートは茶を急いで飲み干す。

 アレックスに別れを告げ、アルバートは近づく少女の横を軽い会釈をして通り過ぎる。だが少女は雨が降り出す直前の雲のような、じっとりとした青眼でアルバートをただ見つめる。

 その瞳に少なくとも好意的な色が無いのは確か。

 部屋に入ってきた虫を忌々しく睨む様な瞳は、アルバートが天幕から出るまで続く。


「……アルバート特級衛士をそこまで警戒しなくても、いいんじゃないかな、ネリー?」

「私が彼の事を嫌いなの知ってるでしょ」


 アレックスの言葉にネリー――ネイルーカ・ドゥーロは潔くアルバートへの嫌悪感を表す。

 薄い黒色で統一した鍔の広い三角形の帽子、術衣ローブに肩を覆う程度の肩掛布マントは王国に伝わる魔術師の古風な正装。数百年前は一般的であったが、今日では目にする機会が殆ど無い。

 単純に動きづらいのもあるが、何よりこの衣装は王国最強の魔術師と謳われ、魔女と形容された魔術師が好み着ている服。彼女への畏怖からこの衣装を着る魔術師は無く――唯一、彼女に認められ弟子となった魔術師のみに許されるようになっている。


 ネイルーカはその弟子の中でも、一際師匠である魔女に最も近づく魔術師。天才的な魔術師としての才を持ち、齢十六にして彼女の名前を知らぬ魔術師は居ない。今後数百年は彼女を超える魔術師は生まれない、と豪語される程だ。

 魔術の腕に関してはアレックスですら足元に及ばない。実際、十回行った模擬戦の内、勝利したのは一回のみ。もっとも、その一回ですら勝利とは言いづらいのだが。

 ただ、最強の魔術師の一人と謳われる彼女はやはりと言うか、魔術師らしい性格の持ち主。魔術の素質を持たぬ者を下に見るきらいがある上に、生来つんけんした性格は無用な諍いを起こしがち。

 特級衛士の規則として専属の魔術師を相棒バディに持つ制度があり、ネイルーカと相棒を組むアレックスが彼女の起こした諍いを苦心して治めるのはお約束。


 貧乏くじを引いたと揶揄されるが、ネイルーカの実力を認めるアレックスはどうにか彼女の性格が少しでも緩和されるのを期待している。それだけネイルーカは素晴らしい魔術師であり、未来の魔術師を牽引するであろう彼女の役に立てるのは本望だ。


「ところで、アレックス。どうも外に客が来ているらしいわ」ネイルーカは苦虫を噛み潰したような顔だ。どうやら彼女の不機嫌の原因はアルバートの他に、その客人の存在もあった。

「こんな夜に?」


 アレックスは胸騒ぎを覚える。出歩くのすら危険な夜分に、事前の連絡も全く無く訪問してくる相手を警戒しない方が難しい。

 一体何者なのか、アレックスが問うとネイルーカは嫌悪感を吐くように答える。


「帝国の人間よ」

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