小話 緑鬼族は語りたい

『正しい行為が正しい結果を生むとは限らない』




 ノーヴァンとの最悪な邂逅の後、私とオボロは緑鬼族オークに、砦内にある仮部屋へと案内されている。


「……」


 オボロの口元に苛立ちの噤みが見える。耐え難き怒りに美しい顔は苦虫を噛み潰したようになっており、主の不機嫌さに素直な尻尾は激しく揺れる。  

 馬鹿にするようなノーヴァンの態度もそうだが、彼が勝手に私の事を触ったのが我慢ならないのだ。別に触るぐらい、どうと言う事は無いのだろうに。

 それだけ、オボロが私の事を大事に思っていることか。独占欲の激しさは、外見相応と言ったところ。

 大事にされるのは嬉しいが、束縛が強いのは勘弁だ。

 私は自由且つ自分勝手な気質。元の世界であの仕事を選んだのも、比較的自由に出来るからなのだ。

 

 ただ、今は大人しくしよう。オボロには溜飲を下げてもらいたい。彼女を『魔王』と知る私には尚更だ。

 幸いな事に私達を案内する緑鬼族も、オボロの不機嫌に気づき無駄な会話を控えていた。段差等への注意をする時に口を開く程度だ。

 階段を上がり、恐らくは砦の最上部に到着した時。不意にオボロが口を開いた。 


「緑鬼族らしくないな、貴様や砦にいる連中も」

 

 唐突なオボロの言葉から、私は彼女が緑鬼族を知っている身だと判断する。

 らしくない、と言う事は緑鬼族は本来このように温和な種族ではないのか。

 それを私が確かめる術は無い。だが、当の緑鬼族である彼なら、何か理由を知っている筈だろう。


「ええ、モルゲンラッグさんや他の転生者の方々の教育の賜物です」緑鬼族は微笑んで言う。

「粗暴にして凶暴、本能のままに生きる緑鬼族を教育するとはな……」


 大分キツイ物言いである。緑鬼族本人を前にして、こうもズケズケと言えるとは驚きだ。

 容赦がないと言うか、思いやりがないと言うか、人間ですらもう少し気を使うぞ。  

 オボロの言葉に私は眉を顰めるが、当の緑鬼族は嫌な顔一つせず、気持ち良い程に豪快に笑う。

 

「その通りだな。現に俺らみたいな、緑鬼族はほんの僅かだ。大多数はやりたい放題なままだ。そんな教育は緑鬼族の在り方ではないと言ってよぉ」


 緑鬼族の口調は少し砕けていた。僅かながらに残った、彼の中にある『緑鬼族』という象徴が出たのだろう。

  

 在り方、か。

 それはつまり存在証明なのだろう。  

 或いは緑鬼族がこの異世界の時の流れの中で確立した、種としての特徴なのだろう。

 言い方はキツいが、言わばモルゲンラッグ達の行った教育は彼らを否定するようなものだ。それこそ、先進的な人間特有の傲慢さ。

 

「だけどな、少なくともここに居る連中は教育を受けて悪くない、と思ったさ。自分の中に宿した凶暴性を抑えるのには苦労したが、お陰で色々な楽しみを知ったさ」

 緑鬼族は更に続ける。

「何より俺らの事を嫌ったり怖がったりしていた奴らとも、それなりに話が出来るようになった。自分達以外を獲物としか認識していなかった俺らの瞳が、初めて親愛や友愛を宿してくれたのさ」

「……そうか、それは良かった」オボロは言葉を返す。

 僅かだが、彼女の顔は嬉しそうであった。


 緑鬼族の顔は嬉しさに満ちていた。彼の言葉が何か強制されたモノでないことは確かだ。

 それを彼らが喜べているのは、彼らにその適性があっからだ。環境の変化への対応適性だ。

 人の中で生まれた価値観や思想は、簡単に変わらない。それが今までの自己を形成し、在り方を定めるのだ。

 言わば、第二の親。

 ソレの否定は自己の否定。

 大抵の場合は妥協点を見つけて、上手く折り合う。だが、彼らの場合は最早変革に近い。

 それを彼らは成せたのだ。

 ある意味、適者生存サバイバルオブザフィッテストとでも言うのか。今まで通りの生き方では、遅かれ早かれ人間による放逐――いや駆逐の憂き目にあうだろう。

 

「部屋はここを使ってください」緑鬼族の口調は先程の調子に戻っていた。


 案内された部屋は、ひと一人が寝るのに精一杯な広さ。飾り気の無い無機質な石壁は牢獄の様だが、大きな窓や質の良さそうな寝台、椅子に丸机とそれなりの品は揃っている。

 オボロと共に部屋に入ると、より狭さを感じる。長く住むには不便だが、数日泊まる分には問題なさそうだ。

 何より、この部屋の狭さが私を安心させる。広い部屋はソワソワしてしまうのだ。


 オボロは緑鬼族との会話で機嫌は少し良くなったが、やはりノーヴァンの事が気に障り、相貌は仏頂面。

 ただ部屋への不満は無いようだ。煎餅の様に薄い毛布を尻尾で持ち上げて遊ぶオボロ。

 明日の朝(そう言えば、この世界に時計はあるのか?)に起こしに来る事を伝え緑鬼族は扉を閉める。

 

 今日はもうする事は無い。ゆっくりと休むとしよう。

 こちらの意を察したのか、オボロは私を抱いたまま寝台へ飛び乗る。弾みはせず、木が軋む音が響く。


 壊すなよ? 

 私の心配を余所にオボロは既に寝息をたて始めた。惚れ惚れしてしまう、眠りの速さである。

 私も少し寝るか、と思った所でふと気づく。 

 瞼も閉じないし――そもそも眠くない。


 ぬいぐるみには睡眠は不要なようだ。


 ……長い夜になりそうだ。

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