小話 モルゲンラッグは知りたい
『理解できない人は必ず居るのです』
「彼女の神経をあそこまで逆撫でして、何のつもりだノーヴァン」
オボロが退出した後の室内で、モルゲンラッグは尋ねる。
先の一連の会話が如何に異常であったかは、モルゲンラッグも当然察知していた。それでも制止をしなかったのは、モルゲンラッグと彼が率いている仲間達がノーヴァンの管理下にある為。
同時にノーヴァンと言う人間は何かしら思惑を持って行動をしている、と言うモルゲンラッグによる考えがあった為。
笑顔を決して絶やさず、柔らかい物腰を決して崩さず、沈着冷静に物事に取り組むのがノーヴァンと言う人間だと自認していた。それでも先のオボロとの会話にはあからさまな揶揄いがあった。
「逆撫で?
ノーヴァンはあっけらかんと言う。その返答は予測していた。
モルゲンラッグはノーヴァンの能力を高く評価してはいるが、彼の考え方や価値観に関してはいまいち掴めていない。
この手の人間は大抵二つに区分される。
水や油のように己の思惑を掴ませない、或いは鉄や氷のように強固に己の思考の内を悟らせない。
だが、ノーヴァンの場合は――何と言うか、その二つに当てはまらないのだ。
何と言えば良いのだろうか、敢えて言うなら無線か。正しい周波数を合わせなければ、明瞭に聞こえずに雑音が混じる。ノーヴァンはそんな感じの人間だ。
それでいて、未だに彼の周波数は掴めていない。
その事が、モルゲンラッグとしても歯がゆい事なのは確か。
では、彼の周波数を掴めるのか、と聞かれれば否だ。
ノーヴァンのソレは並みの人間には理解できないモノだからだ。
「所でモルゲンラッグさん。貴方はオボロさんをどう視ていますか?」
逆撫での一件は終わりだ、と言わんばかりにノーヴァンは唐突に尋ねる。
話は終わっていない、と返してもノーヴァンが答えないことは理解している。
「ふむ……」
返答の前に喉の渇きを感じ、茶を欲したモルゲンラッグ。するとこちらの心を読んだように、自分の前にティーカップが置かれた。
置いたのはモルゲンラッグの護衛役として常に傍らに仕えるヴァルガ。ヴァルガは慣れた手つきで茶を注ぎ、最後に藁製の
ヴァルガに礼を告げ、覆面の下部をずらしてストローを口に含む。程よく冷えた茶の味が口内を伝って、全身に染み渡る。
「どう視ている、とは何かな?」
「医学的見地から視て、と言う事です。オボロさんの裸体を見て、不自然だとおっしゃっていたではありませんか」
「私はまともな医者では無いのだがな」モルゲンラッグは自嘲気味に言う。
「医療関係の一族出身な上にモルゲンラッグさんはこの異世界に転生して長いでしょう? 少なくとも私よりは分かる事は多いと思いますけれど?」
元の世界での自分の愚かしさは、あまり触れて欲しく無いのがモルゲンラッグだ。
あまり気分は良くないが、ノーヴァンを無視するわけにもいかない。
「彼女の身体には乳頭が無かった。加えて間近で視た訳でも無いので確証は持てないが、排泄器官や生殖器も見当たらない」
「ふむ。つまりはある可能性もある、と?」
「解らんが――直感的に無い、と私は思った」
「と言いますと?」
「彼女の身体は――いわば、仮の姿なのではないか、と言う事だ」
モルゲンラッグはそこで茶で舌を湿らす。
「彼女の身体は人間を知らぬ者が、見よう見まねで造ったようなのだ。例えば、人間を知らぬ存在が服を纏った人を見て真似た、とでも言えば良いか。ただ、そうなると臍があるのは不可解だが……」
「つまり、少なくともオボロさんは普通の生物では無い。それ以外は不明と言う事ですか」
モルゲンラッグは頷く。
異世界に転生して長い彼だが、それでも未だに不明な事が多いのがこの世界だ。
正直に言えば、オボロの身体の隅から隅まで探ってみたい気はある。だが、彼女の反応を見るにそれを素直にはさせてくれないだろう。
「成程、少なくともオボロさんは特殊な存在。それを
「……あの娘を飼う気か? 手を噛まれるどころか、引き千切られるぞ」
「それを踏まえても彼女には価値があります。奇貨居くべし、オボロさんの存在は必ずや魔族……いや世界に大きな影響を与える筈です」
ノーヴァンの考えはやはり読めない。
彼が何を考えているのか、何を目的にしているのか、何を以て転生をしたのか、不明だ。
「――まずは小手調べ。彼女の力量の程、もう少し詳しく見るべきでしょう。何せこの森にはそれを測るに充分な連中がいますからね」
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