第12話 仕事はディナーのあとで 前編

『彼女にとって食事は生命維持の為でなく愉しみの一環です』




 あの森の中でモルゲンラッグ達と出会った後、私とオボロは彼に案内されて、彼らが拠点としている砦に来ている。


 道中、彼から異世界の話が聞けるのか期待していたが、如何せんオボロが(ずんずんと)進んでしまうので聞けずじまいだ。何より案内をしてくれているモルゲンラッグを、急がせてしまっているのが申し訳ない。

 声からしてそれなりに年齢の行っている彼だ。あまり急がしてやるな、と私は思ったのだが、意外な事にモルゲンラッグの動作も老いを感じさせない。


 森の中を数分歩いたところで開けた場所に到着すると、件の砦が目に入る。

 造りは石で簡易且つ規模も小さい。堀や塀、拠点防衛の兵器も見当たらず、少なくとも防衛用ではなさそうだ。

 拠点以上の用途を求めていないのか、或いはそれらの防衛など必要では無いのか定かではない。

 

 頑強な扉を開けると、内装もまた非常に簡易且つ質素。装飾品の類が一切無いのは私の部屋と似ているので、恐らくこの砦の持ち主と私は感性が似ているかもしれない。

 砦内には緑鬼族オーク達が居り、物資の運搬や出発の準備など各々が忙しなく動き回っている。だが、モルゲンラッグを目にするや否や彼らは姿勢を正して挨拶をする。

 一方でオボロは砦に然程興味が無いのか、暇そうにしている。私の事を抱いたまま、石造りの壁を遠い目で見つめている。

 そんなオボロの様子に気付いたモルゲンラッグは、とある一室へと案内する。大きな窓硝子が嵌め込まれた広間には円卓があり、それを取り囲むようにして同じ造りの椅子が無数に置かれている。

 部屋の雰囲気からして、恐らくは食事処なのだろう。モルゲンラッグはオボロを椅子に座らせると、料理を持ってくるので待ってくれ、と告げて部屋を出て行ってしまう。


 やがて、ちょこんと行儀よく椅子に座ったオロボの前に料理が次々と運ばれてくる。

 皿に盛られた料理の数々。果物、麺麭パン、焼いただけの肉に干した肉。

 飽食の社会に生きていた私から見ると、あまりにも貧相な料理。異世界の食事事情は不明だし、この世界の水準も見当がつかないが、それでも客をもてなす以上は彼らの出せる最高峰の食事なのかもしれない。

 まあ、この砦の雰囲気からして居住は用途に無さそうなので、食料の多くも保存が利く物ばかりなのだろう。


「この程度の物しか出せなくて悪いな」モルゲンラッグは申し訳なさそうだ。

 しかし、オボロはそんな事など気にせずに果物を口に放りながら一言。

「構わん。我にとって――食事は愉しみにすぎないからな」


 その含みのある言い方にモルゲンラッグは首を傾げた。

 私も同じだ。

 愉しみにすぎない。

 ふむ、確かに食事を取ると言うのは愉しみでもある。

 食にこれっぽちも興味のない私には解らないが、元の世界では料理を目で楽しむ者や、それを踏まえて彩りや盛り付けを増した料理があった。

 だが、本来生物にとって食事とは生命維持の為にある。

 それをオボロは愉しみにと言った。

 つまりは彼女は食事を必要としないのか。

 食に興味が無く、果てには食事を取るのを億劫に思っていた私には夢のような事だが、果たしてそれが生物と言えるかどうか不確かではある。

 やはりオボロは一般的な生物とはかけ離れた存在なのは確かだろう。

 モルゲンラッグもそれについて問うとしたが、オボロは我関せずに料理を食べ出してしまう。愉しい食事の邪魔をする訳にもいかず、モルゲンラッグは何か思案するようにして部屋を再び後にする。


 室内には私とオボロだけが残される。オボロが物凄い速度で料理をかき込んでいく音だけが響く。

 感心してしまう食べっぷり。彼女にとっては、久方ぶりの食事なのだろうが、もう少しゆっくり食べたらどうだ。

 私も昔から早食いを注意されてきたが、オボロのソレはあまりにも早い。

 まるで、丸呑みだ。

 いや、まさしく丸呑みなのだ。

 鋭い歯で果実を容易く両断し、骨に付着した肉を削ぎ落とし、纏めて飲み込む。

 

 不安になる食べ方だが、これはオボロの歯の形状上から致し方が無いのだ。

 彼女の歯は所謂『肉食動物』の持つ牙に近い。あの手の動物の牙は肉を骨から引き千切る事に特化し、咀嚼には向いていない。

 ある程度の咀嚼は出来ているようだが、最後は一飲み。一般的な人の太さしかないオボロの首、決して太くない喉を詰まらせないか心配になる。

 だがオボロは気にせず、本当に美味しそうに、とても愉しそうに食事をしている。年相応に笑顔に綻ぶ彼女の顔は見ていて心温まる。

 私は食事に興味は無いが、誰かが美味しいそうに食事を見るのは好きだ。気持ち良い食べっぷりは、奢ったこちらの気分を良くさせる。

 ふと私は、食事に夢中で口元に果実の汁やパン屑をつけるオボロが気になる。彼女の雰囲気からして、指摘されるまで拭おうとはしないだろう。

 私は机によじ登ると、料理と共に置かれた手巾を取り、オボロに近づく。


「む……すまんな、ピョンちゃん」


 オボロはそう言うと、私の方へ顔を寄せる。

 いや――自分で拭けよな。子供じゃないんだから。

 うんざりとする私の気持ちを知らず、オボロは催促を続ける。

 はぁと私は心の中でため息を吐き、手巾を広げるとオボロの口元を拭いでやる。ついでに指に付けた汁や屑も取ってやる。

 なんだか、親戚の娘の面倒をしてやった事を思い出してきた。今のオボロの装いがそれを一層強める。

 

 あの時モルゲンラッグから服装を指摘されると、オボロは少しは考え込み――唐突に指を鳴らした。

 すると驚いた事に、次の瞬間オボロの身体はいつの間にか服を纏っていたのだ。

 子供用の華装ドレスじみた袖無しの服は、雪のような純白の輝き。凝った意匠は無く、腰元辺りに蝶結びの帯状布リボンがある程度。

 しかしオボロの外見も合わさって、まるで華やかな国のお姫様のようだ。いやはや服の真の価値は着る者に左右されるとは、正にこの事。


 さながら私は王女様の面倒を甲斐甲斐しく見る、使用人か。

 まったく、子守は好かない性分なのだがな。

 だからと言って、滑稽な仕草で笑いを誘う『道化師』などさらに性に合わない。


 まあ、文句を言いつつも私は甘えてくるオボロを拒むことはせず、逐一汚れを拭きとってやる。流石に食べかすを付けて人前に出るのはみっともないからな。

 料理を食べ終え、満足そうな笑みを浮かべるオボロ。彼女の口元や指の汚れを拭き終えた所で、まるで見計らったかのように扉が開かれる。


「料理には満足して頂けたでしょうか?」


 部屋に入ってきたのは三名。

 その内の二人は件の森で出会ったモルゲンラッグ、それと彼の横に常に付き従っている背の高い者。確か名前はヴァルガだったか、彼(或いは彼女)の名をモルゲンラッグが呼んでいたのを私は記憶している。

 そして、その二人の前に居るのは初めて見る男。

 その男の浮かべる笑みに私は薄気味悪さを感じたのだ。

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