小話 現世行きのリムジンに乗ってさらば。


『だから、こう言ってやった』

『異世界転生なんざクソくらえってな』





 扉は閉じられた。

 蔵人あの男は異世界へと無事に旅立った。彼の転生を案内した男は新しい煙草をふかしながら、書類を手早く完成させる。

 ここ数日は死人が多く、忙しい日々が続き男は感じもしない疲労を感じていた。全く、死んでからも仕事をさせられるとは難儀な世界だ。それでも仕事に関してはきっちりと済ませるあたり、自分の勤勉家ハードワーカーぶりには感服させられる。

 

 蔵人の書類を書き終え、最後に表紙に『異世界行き』の真っ赤な判子を捺す。よもや、案内の漏らしがあったとは驚きだ。大方、上司の奴が怠けたのだろう。

 全く、自分でない誰かの不手際を拭うことなど御免だと言うのに。

 まあ、逆に言えばあの蔵人とか言う面倒くさい男は上司のお眼鏡にかなわなかった、と言うことだ。

 ゴチャゴチャと文句ばかり言う男だが、流石にご愁傷様だ。私は両手を胸の前で合わせてから、南無南無と呟く。

 上司のお気に召さなかった連中が粗雑な扱いを受けて、数時間後には再びこの場所を訪れている事はざらにある。そうした手合いの文句を一手に引き受けるのも私のような職を熟す者なのだから、それはもう大変だ。


 話が違うだの、説明がないだの、思い通りにいかないだの、と喚き散らす様は無様の一言。だが、それに関しては私に瑕疵は無い。上司がそんな些事に関心が無いことを盾に、私は今までの人生で得た手練手管を以て相手をするだけだ。

 大抵の連中は納得のいかない態度をするが、そんなこと私の知ったことでは無い。現代のぬるま湯に浸かり切った愚人が楽を出来る程に異世界は甘くない。それを覚悟しなかった貴様の不備だ、と言わんばかりんの態度を示せば文句も言えまい。

 あの蔵人とか言う男も、面倒を詰め込んだような男だろう。もしかすれば、すぐにでもこっちに戻ってくるかもしれない。

 一体、どんな様子で私の前に現れてくれるのか。

 真っ赤な憤怒か、悲哀の青か。

 少し楽しみでもあるが、あのような人間の相手は当分したくない。

 ――それに、あの男が戻ってきても私は、もうここには居ないのだから。


「あの蔵人から奪った1ポイントを足して、これで100万ポイント。そうですよね」


 男は天井を見上げて告げる。その突拍子な行動はあまりにも不可解で、変人じみていたが、当然意味のある行為。

 

「お疲れ」


 突如として響いたのは女にも男にも聞こえる声。中性的、と言うよりはどちらでもない。或いはどちらとも言える声。それでいて生物にも機械にも聞こえるのだから、少なくとも生物の類で無いことは明確だ。

 彼或いは彼女こそ、男が上司と言う存在。

 知っているのはそれだけだ。詳細なことは男ですら解らない。

 所謂『神』と言う奴なのか、絶対神なのかそれとも数多に名を連ねる神の一柱なのか。男は疑問にこそ思うが、問うたことは一度も無い。

 

 知ったところで意味が無いからだ。

 仲良くなったところで実利は無いからだ。

 

「――それで、今度も元の世界で良いな」上司が訊ねる。

 当然だ、男は声を出さずに頷く。

「はいはい、それじゃあ次はどんな素質で生まれ変わる?」

「そうですね、次は辺りでも目指してみますかね」


 男は鉛筆を弄びながら、まるでレストランで頼む物を選ぶように答える。


「そう、じゃあ、そのようにしておく」

 上司は素っ気なく答えた後、珍しく言葉を付け加えてきた。

「今度は下手なことはしないようにな」

「ええ、官僚になって甘い汁吸ってやりましたが、少しやり過ぎましたからね。よもや、騙した相手の娘に殺されるとは……江戸の敵を長崎で討つみたいな展開で驚きでしたよ」


 男は(ケラケラと)笑って答えながら、あの二十歳にも満たない少女に刺された腹部の辺りを摩る。


「……あのアイナ少女から、10万経験値もガメた貴方にも驚きよ」

「騙される方が悪いんですよ。何より、子供が大人に敵う道理などありませんよ」


 男はそう言って立ち上がる。それに呼応して、白い扉が現れた。

 既に何度もを経験している男は、慣れた動きで現れた扉の前に立つ。

 面倒な仕事ともおさらばだ、これからまた元の世界で楽しめる。男は(クックッと)ほくそ笑みつつ、どのように人生を謳歌するか頭の中で算盤を弾く。

 上司が作ったレールを従順に辿ってみるか、それとも脱線してみるか。国のトップという夢を男は浪漫を感じていたが、いざ元の世界に生まれ変わってみると違うこともやりたくなるのが人の性。


 これから始まる何度目かの人生を楽しもうとする男に上司が最後に訊ねた。


「――ところで、次にここに来たのなら、異世界に行ってみれば?」


 数回前からの誘いに男は変わらず、言葉を告げる。


「結構。あんな程度の低い世界なんて御免ですよ」

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