4.オルゴールを作る人
「今日も騒がしいなあ」
職人の男は、自らの店の一角でつぶやいた。たまたまそれを聞いた少女が、ふと顔をあげて周囲を見渡す。
自分の他に、客はいない。このオルゴール店は喧騒とは程遠い通りに建てられているので、外がうるさい、というわけでもない。
一体何を言ってるのか――そう思ったら、たまたま職人と目が会った。
三十代にも見えるが、両の目尻のしわが深いので五十代だ、と言われても納得がいく。つまり、年齢のよめない顔つきだった。
「いや失礼、お嬢ちゃん。こっちのハナシだよ」
快活に笑い、手を挙げて謝罪する職人は、悪い人には全く見えない。
少女はしばし、先日見つけたばかりの秘密基地のようなオルゴール店を見て回り、物珍しさに感心し、なじみのない世界を堪能した。
「また来てもいいですか?」
「ああ、好きにしな。よかったら、友達も連れてきていいぞ」
「ありがとうございます」
少女はぺこり、とお辞儀をすると、店を後にした。ちょうど入り口のところで、少し年上の少年とすれ違う。
少年は少女のことを、ひどく凝視した。まるで初めて宇宙人を見た、地球人のような反応だ。
不思議に思いながらも、少女はそのまま家へ帰るべく、小走りに去っていった。
少年はため息をつきながら、店に入った。
火のついてないシガレットを口にくわえたまま、にやりと笑みを寄越す職人を、非難するような目で見る。
「あの子、どうしたの?」
「自力でこの店にたどり着いたんだよ。今日で来たのは二回目だ。おいおい、そう怒るなよ」
「不用心だよ! あの子まで星を見るハメになったら、あまりに気の毒だ」
「それはそうと、買ってきてくれたか?」
少年は一つため息をつくと、職人の前に紙袋をひとつ、放り投げた。
「ずいぶん乱暴だな。食べ物は大事に扱え」
「ちゃんとチョコレート、買ってきたよ。あと、金平糖も試しに」
「なるほど、金平糖をヤツが食べるかどうか、確認したことないな……しかしこれは、共食いのような気もするが」
ブツブツ独り言を続ける職人を放っておいて、少年は商品のひとつを手に取った。
新作のオルゴールだ。地球儀を模した、まあるい青の球。どこぞの大陸に、真っ白で巨大な雲がかかっているが――その雲が、金粉をまぶしたようにキラキラと光ってる。
「今度は塗料に混ぜてみたんだ?」
「おう、何度か失敗したが、けっこううまく出来ただろ?」
「でもこの輝き、見ることのできる人間は限られてるじゃん」
「そう言ってくれるな。俺の趣味みたいなもんだから」
チョコの数をたしかめる職人へ、今日こそはと少年はたずねた。
「オジさん、今何歳なの?」
「それを聞いて、どうするんだ?」
「俺のじいちゃんの弟、なんでしょ?」
「おう。でも、ニ十歳近く年が離れてるから、意外と若いぜ?」
「じいちゃん、もし生きてたら九十歳くらいなんだけど……」
職人は顔をあげ、首をかしげた。
「嘘はいけねえなあ、俺の親戚とあろうものが」
「そういうオジさんこそこの間、年の差は十二歳だって言ってたぞ!」
「そうだったっけか?」
シガレットをふかすフリをする職人に、少年は呆れた。
こんなつかみどころのない、適当なことを言ってこっちを振り回してくる大叔父に、付き合う義務など本来はないはずなのだ。
しかしあの時、大叔父の持つ星を見てしまったからこそ、不可思議なモノを見てしまう同士として付き合わなければいけない。少年は、そんな妙ちくりんな義務感にかられている。
「俺意外に、星を見せるなよ?」
「独り占めしようってのか、この輝きを?」
「困惑しちゃうことの方が多いんだよ。ハシゴとかさ。あれ、誰がやってるの?」
「うーん、最後に会ったのが随分昔だから、あいつのこと、いろいろ忘れているんだよなあ」
少年は、本日何度目かのため息をついた。
「とにかく、被害者が増えないように、気をつけようよ」
「被害者とは、また大げさな言い回しだな。ま、一番可哀想なのは、天へ戻れないあいつだろよ」
この時少年は、知る由もなかった。
ここから一年以内に、自分の親友もうっかり星を見てしまうことを。
そして自分のあずかり知らぬ間に、先ほどすれ違った少女も、星を見てしまうことを。
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