第14話 毒草で会話が弾む「新婚夫婦」


「んぐっ、んぐっ、むぐぐ……んっ」


 ごくん! と盛大な音を立てて、食物が小さな口の中へ吸い込まれて行く。


「っっぷは、――っくん」


 最後にグラス3杯分の水が流し込まれたところで、衝撃怒涛の光景は幕を閉じた。


「夕食もおいしかったです! ありがとうございました! おやすみなさい!」


 すっと立ち上がって、使用人らに向けて優雅にカーテシーを決める姿と、直前までの食物を丸呑みしていた姿が結びつかず、正面に座っていたバレントは呆然と正面を見詰めたままカトラリーを持つ手を止めていた。


「待て待て待て待て!!!」


 そのまま部屋を後にしようとするエリーゼに、慌てて声を掛ける。


「はい。何でしょう」

「―――今のは……わざとでは無いのだな」

「わざと?」

「わざとなのか!?」


「いやいや、ちょっと待ってください団長!」


 微妙にこじれる気配を見せた夫婦の会話に堪らず口を挟んだのは、いつも通りのミルマだ。執事や部屋の隅に居る騎士は、今のやり取りを肩を震わせるか、あるいは生暖かい目で見守っているが、これはそんな風にのんびり見守ると碌なことにならない――と、夫婦と共に居る時間が一番長いミルマは確信している。


「奥様も、せっかくの団長との記念すべき、第1回の、次があるか分からない、2人きりの食事なんですから、もっとゆっくりと召し上がってくださいよ!」


「――ミルマ、それはちょっと言い過ぎではないか」

「ゆっくりって言われても、いつもこうだし」


 勝手にダメージを受けているバレントと、心底困惑顔のエリーゼに、ミルマは大きくため息を吐く。


「奥様は、一口は手の平の半分の大きさよりも小さく。一口10回は噛む。団長は何か会話を! 奥様の次の一口の一手を阻止するつもりで! 先手必勝。相手のペースを崩した方が勝ちです」


 どこかの幼児と、試合中の選手に告げる言葉が食卓を円満にするためのアドバイスだなどと誰が信じようか――。


「あ、あぁ。そうだな、先程の毒草の件だが」


(((会話の内容!!!)))


 バレントの選んだ話題に、その場に居たエリーゼ以外が揃って心の中で突っ込みを入れるが、水を向けられたエリーゼはおっとりと「あの毒草に興味をお持ちなのですね」と声を弾ませている。


「あれは何も知らなければただのえぐみの強い草なんです! 色が奇麗なので、観賞用として少量が出回ったりもするんですけど、この国では僅かの期間葉をつけて枯れてしまいますし、普通はもっと南国で育つんです。ですが、わたしの長年の研究と工夫でこの国の風土でも育てることに成功したんですよ! ある程度以上大きく茂った葉は、特殊な条件下でエキスを抽出すると、無色無臭の毒になるんですが、それを知っているのは相当なマニアだけですね」


 どや顔で毒草栽培自慢をするエリーゼに対し、居合わせた面々は想像以上に希少で物騒な物が持ち込まれていた事実に、顔色を失う。そんな中、バレントがハッとした様子で立ち上がり、エリーゼの肩を掴んで引き寄せる。


「待て! さっき君はその葉を食べなかったか!?」

「はい。けど問題ないんです。工程が特殊すぎて、逆に毒にする方が難しいモノなんですから。そんな稀な製薬さえしなければ、とっても栄養価の高い優秀な食物なんですよ! あれがわたしの馴染んだ料理ソウルフードに欠かせないものなんです。癖があって慣れないと飲み辛いですが、疲労回復と筋力増強に効果があって、臓腑の調子も整う素敵な逸品になるんです! うちの家族の1食は必ずアレで、毎日飲んでいたんですよ。ミシェル様にもお作りしますね」


 にこり、と屈託のない笑みに何故か気圧されるのは、猛毒にもなるモノを毎日飲んでいることへの驚愕か、あるいは自分に勧められようとしていることに対する恐怖か……。彼女を信じないわけではないが、危険物には違いない。それに、気になることも出来た――。


「あの場所は――君の大切な馴染んだ料理ソウルフードに欠かせないものを育てる場だから――鍵付きの温室を建てて厳重に管理させよう」

「良いんですか! 嬉しい!!」


 本当なら、そんな物騒な物を側に置きたくは無いが、エリーゼの説明によれば、同じ葉で、有能な解毒薬を生成することも出来るとのことだったので、バレントは引っ掛かりを覚えた或る事への対策のためにも、その畑を残すことに決めた。


 新婚夫婦揃っての食卓はこんな風に幕を開けたのだった。





 エリーゼが先に部屋に戻ると、バレントは側近の騎士を呼び、昼間別室に連れて行かせた『毒草栽培を訴えた使用人』について、命じていた調査内容の報告をさせた。


「どうだ?」

「団長の読み通り、マイセルの商会に繋がりのある者でした。半年前に雇ったこの男の紹介状は、こちらの国のガディリウス公爵家のもので、元々の身分は豪商の4男と云うことになっていますが、同名の男は別に居た……ようですね」

「ふん、公爵家からの推薦を断ることも出来んし、一応は信頼していたのだがな。向こうも、叔父上と父上の動きに焦って雑な間者の送り込みをして来たものだ」

「毒草と騒いだのは、ただ奥様への悪評を立てて、団長との溝を深めようとしたのかもしれませんが。まさかその毒草がお二人の仲を近付ける物になるなんて、思ってもみなかったでしょうね」

「お前まで揶揄うな。――くれぐれも、彼女には使用人の男のことは黙っておいてくれ。余計な心配を掛けたくない」

「勿論です。いつもお世話になっている奥様をお守りするのは、我々団員の総意ですから」


 力強く答えた騎士は、ようやく近付いた団長とエリーゼとの距離を、他所からの茶々で決して邪魔させはしない――と強く誓う。そして、照れくさそうに口元を歪めたバレントに微笑まし気な視線を送ると、クルリと踵を返して退出した。


「全く、あいつらの方が余程素直な良い男たちだ」


自虐的になりながらも、妻を良く思われるのは良いものだ――と、微かな微笑を浮かべるバレントだった。

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