メイドと俺の同棲日記 ~難題ミッションに立ち向かう~

夢色ガラス

第1話 俺とメイドが出会った理由

「ジュース買ってきて」

「かしこまりました」

俺、津嶋つしま優羽ゆうはゲーム機から目を離さずに言った。大企業の社長であり、美人の妻を持った人生勝ち組の俺は、今日も暗い部屋で黙々と趣味に走る…ーだなんて、世界はそんなに甘くない。

パチッ!

俺の妻…じゃなくて、美人メイドが電気を点けた。明るくなった部屋には食べかけのポテチの袋が転がっていて、綺麗に畳まれた服は薄汚れた床の真ん中に放置されている。理想とはかけはなれた汚さだ。

「ジュースは買ってまいりますけれど、電気はつけてポテトチップスは片付けて窓は開けて服はクローゼットの中にしまいこんで部屋には掃除機をかけておいてください。私が帰ってくるまでに終わらせてくださいね」

家事が俺より上手いからって早口でベラベラしゃべられるとすごく困る。もう少し分かりやすく丁寧に話してくれないだろうか…。

「それでは行ってきますね。しっかり片付けておくように!!!」


…今の口うるさかった女は、俺のメイド。名前は美空みそら優愛ゆり

ん?普通はメイドが家事をするものだって?えーと、それはまぁ…俺の父ちゃんのせいなんだ。あれは2年前のことだった…。


~2年前~

「優羽、そろそろ働いたらどうなの?」

22歳になった途端、大学を卒業したせいで外出しなくなった俺を見て母ちゃんが声をかける。母ちゃんと父ちゃんが仕事をがんばってくれるおかげで俺は働かなくても大丈夫だと思っていた俺は、そんな母ちゃんの心配なんて気にしなかった。

「だいじょーぶだって。家の手伝いするから、それ宿泊代ってことにしたら俺だって働いてることになるじゃん?」

その一言にいつもだったらため息ひとつで許してくれた母ちゃん。父ちゃんだって新聞を読みながら呆れたように笑うだけだったのに。

「いいかげんにしなさい!」

父ちゃんがいきなりキレた。いつもは優しい眼差しも今は眉がキュッと上がっていて、なんだか鬼みたいだ。…こんな父ちゃんはじめて見た。父ちゃんが怒ることはめったにない。俺は驚いてゲームから目を離して父ちゃんを凝視した。…ホントにこの人、父ちゃんか???

「父ちゃんたちに負担がかかっていることを考えなさい!もう大人なんだからな!?」

そう言った父ちゃんは、ドタドタ足音を響かせながら家を出ていった。母さんは洗濯物を畳む手を止めておろおろしだした。…でもまぁ、どうせ帰ってくるだろうし、心配することも不安になることもないだろう。


~2時間後~

「おい優羽!」

俺はしょうがなくゲームを中断させて父ちゃんを見た。家に戻ってきた父ちゃんはいつも通り優しくて、なんならさっきよりも機嫌が良いくらいだった。母さんが皿洗いをはじめたところだったから、手伝えと言われるのかなと思った。でも、違った。

「明日からここが優羽の家だ」

飼うことになった犬に家を紹介するかのように。俺の前で不動産のチラシを広げはじめた父ちゃんは、大きな声で宣言した。俺が身を乗り出してチラシを見ると、父ちゃんはニヤリと笑った。そして俺の真っ青に染まる顔を見ながら、デカイ笑い声を上げて俺の背中をバシバシ叩いた。で、俺はショックでその後の話を何も覚えていないわけだが。

「優羽にいきなり独り暮らしは危険だ。まずは人を雇って、最低限のことが出来るように教えてもらうことにする。だから心配はいらん」

心配しかないし頭がついていかなかったけれど、父ちゃんの瞳は真剣だったし分厚い資料を持ってきやがったから、ガチなヤツやんってはじめて気付いた。


~次の日~

ピンポーン!

父ちゃんも母ちゃんも、独り暮らしがはじめてな俺を心配することもなく、俺は新しい家に放り込まれた。埃でむせ返りそうな小さな部屋にどうしていこうかと問いかけようとした時、チャイムがなった。慌てて外に出る。

「津嶋優羽様でしょうか?私は22歳のメイド、美空優愛と申します。お父様からお話は伺っていると思いますが、今日から一緒に住ませていただきますことよろしく願います!」


俺のメイドと名乗った優愛さんは綺麗な顔立ちをしていて、長い黒髪からはほのかなシャンプーの香りがした。学校だったらクラスの女王様っていうような感じのオーラを持ち合わせていて、何となく神秘さが感じられる美女。異様なくらいに白い肌もほんのり赤い唇も、低い鼻も一重の目蓋もすべてが魅力的。そんな女性だった。少し言葉遣いが変なところも何だか可愛らしくて、一瞬見惚れてしまう。



父ちゃんが言っていた話を整理してみる。

・今日から新しい家で自立できるように過ごす

・分からない家事があると思うので、メイドを雇う

・そのメイドは家事をするためではなく、俺に家事を教えるために来る

・メイドには一緒に住んでもらう


…と聞いていたけれど、ベテランのおばさんか口うるさいおじさんを想像していたから拍子抜けだ。普通に嬉しいし、もはや手を出してしまわないか心配なくらいだ。ただ、次に放った言葉で地獄を感じたわけだが。

「はーい優羽様、汚いお部屋では家事もはかどらないだろうと思いますので、いきなりですが掃除の時間です。10分以内に埃が取りきれなかった場合、今日はゲーム禁止とさせていただきまーす☆」



~今~

掃除なんて中学生ぶりだったから、結局あの日はゲーム出来なかったんだよなぁ。懐かしい…。何だかんだ言って、色々気にかけてくれる父ちゃんと母ちゃんにも感謝しなくちゃな。

ちなみに、仕事ができる(厳しすぎる)俺のためを思ってくれる(ケチ)メイドのおかげで今は掃除が出来るようになった。

「優羽様、ただいま戻りました…って!」

華奢な体にフィットするメイド服には似合わないスーパーのレジ袋を手に、優愛さんが鬼のような形相で睨んでくる。(メイドってこういうもの?誰か助けて)

「ちょっとどういうことです!?あれほどやれと言ったはずなのに!」

昔を思い出していたら、片付けをすることを忘れていた。優愛さんが出掛ける前と何も変わらない部屋…。

「いやー…これには事情がー…」

ヘラヘラ笑いながら言い訳をすると、優愛さんがため息をついた。あれ?いつもみたいに怒らないんだ?呑気にホッとしていたら。

「優羽様をどういたしましょうか?」

優愛さんはスマホを取り出していきなり電話をかけはじめた。ご主人様の前でこんなことするヤツ、いるか?俺はぎょっとしながら優愛さんを見る。まぁ、何となく相手の予想はできているけれど…。

「はい!?それなら私は平気です。優羽様だけでお願いします。…え?い、嫌ですよ」

『優羽のためだ』

案の定、父ちゃんだった。優愛さんは最近、俺は本当に何もできないと気付くと、父ちゃんに電話をするようになった。ん?でも、優愛さんが嫌がっているけど、何かあったのか…?

「優羽様は良いお洋服を持っていないようですけれどどうしましょう。」

は?何の話をしているんだ。洋服?は?父ちゃんの声も聞き取りづらくて、何が起きているのか理解できない。

「承知しました」

優愛さんは怒ったようにぶちっと電話を切って、それから大きく息をはいた。優愛さんは大きい目を細めて、猫みたいな瞳でじっと俺を睨んできた。

「え、な、なに?父ちゃん何て言ってた?」

「優羽様、私あの人嫌いです」

優愛さんは拗ねたようにスマホを指差した。あの人っていうのは父ちゃんのことらしい。俺は本当に何があったんだ、と混乱しながら優愛さんを見る。すると優愛さんは、苦虫を噛み潰したような顔でこう告げた。

「優羽様と私で、美男美女コンテストに出ることが決定いたしました」

              

                   【 続く 】

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