会社の先輩からの伝言。それは『一人で帰ってはいけない』というモノでした。
武 頼庵(藤谷 K介)
乗ってはいけないタクシー
入った会社の中で、七不思議とは言わないまでも、まことしやかに囁かれている噂の一つはあるかと思う。
それが確証のある物か無いモノかは別として。信じている人もいるし、
今の会社へ入って3年が経とうとしている俺、
かといって完全に信じているかというと――。
大学生時代に自分に何ができるのかを考え始め、子供の頃からモノ作りに関心が有ったし、時間があればプラモデルを作ったり、大きな建物、古式ゆかしい神社などを見て、その作り方建て方を聞きまわったりすることが好きという、一風変わった時代を過ごしてきた甲斐が有ったというべきか、自分で物を作る仕事というわけでは無いけど、加工したりする機械を納入・初期設定する部署へと配属された。
その部署は会社に専門の部屋はあるものの、所属する人員は事務的な作業を進める数人以外、十数人いる社員は基本的に外回り。
それも会社の中に居る方が間違いなく少ない。営業職の人達ですら毎日の様に会社に出社したりするのに、俺達はというと、納入が決まりその納入先の会社へと赴けば、初期設定と共に行う簡易講習の為、最低でも一週間はその会社に行く事になる。
講習の進行具合や、会社での講習受講者の人数いかんによっては更に日数は増えていく。その講習などが一通り終わり、自分の会社へと戻っても、また次の納入先へと数日の期間を開けたら赴くことになるのだ。
――慣れたからとはいえ、体に堪えないわけじゃないんだよな……。
久しぶりに戻ってきた会社の中、自分のデスクに座って大きなため息をついた。
「おう我妻久しぶりだな!!」
「あ、武藤先輩お久しぶりです!!」
さて仕事をするかとパソコンを立ち上げて、次に向かう会社の資料が載っているファイルを手に取ると、部署の入り口から近寄ってきた人に声を掛けられ、振り向くとそこには新人時代の俺を始動してくれた先輩が、両手に缶コーヒーを持ちながらニコッと笑って歩いてくる姿が見えた。
「ほれ」
「え? 俺にですか?」
「二本も一気に飲むわけないだろうが!! がははは」
「あ、ど、どうも……」
ほらよと言いつつ手に持った缶コーヒーを俺に手渡しつつ、先輩の代名詞となっている笑い声が部署内に響いた。
「珍しいですね、先輩が会社の中にいるなんて……」
「ん? あぁ……ちょっとな……」
いっしょに飲み始めた缶コーヒーから、口を外し気まずそうに答える先輩。
「何かあったんですか?」
「……間宮が会社を辞めたそうだ……。それで呼び戻されてな……」
「間宮さんが?」
ここで出てくる間宮さんとは、武藤先輩と同期入社で、俺の教育をしていた武藤先輩とも仲が良く、新人時代には色々と教えてもらったし、金欠の時は夕飯などをごちそうしてくれたりと、かなりお世話になった。
「また急ですね」
「……我妻は知ってるか?」
「はい?」
「あの噂だよ……」
「あの……噂?」
先輩が言う噂とは――。
以前より、会社で噂になっているというよりも、会社の有る地域で噂になっている事が有る。
なんでもそこへ行って帰ってくると人が病むというのだ。
しかし、そんな噂を信用してその地域に行かないという選択肢はない。その地域にもor世話になっている会社があるし、新規導入してくださる会社もあり、更にはメンテナンスや講習を請け負う事も有るから。
「これで何人目ですか?」
「……俺がこの会社に入って既に6人目……だな」
「もう6人も……」
飲み半端にしていた缶コーヒーをグイっと喉の奥へと流し込む。
「あれ? 先輩が会社に戻ってきたのって……」
「あぁ。我妻の予想通り。間宮の代わりに俺が
「そうなんですか……」
「あぁ……。だから我妻……俺に何かあったら後は頼んだぞ」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ!!」
「がはははははっ!! まぁそれは冗談としてもな。……頼んだぞ」
「精一杯やります」
こくんと頷いて、先輩は背中越しに手をひらひらと振って俺の席から離れて行った。
それから二月後――。
武藤先輩の名前が会社から削除された。
個人的な荷物も全てロッカーに入れたまま、使用していたデスクの上も作業の途中と思われるファイルなどがそのまま置かれていたけど、それもまた綺麗に片付けられてしまい、今ではそこに武藤先輩の存在が有った痕跡を探す方が難しい。
先輩は誰にも何も言わず、担当地域の会社へと赴いたその日に、忽然と姿を消したのだった。
ただし、会社へと赴いたその日に、その会社へと訪れ仕事をしたことは確認がとれている。つまりはその会社から宿泊先へと向かう帰路で何かが有ったのだと考えられる。予約された宿泊施設には、先輩が訪れた形跡がなかったから。
会社の中では噓か真か分からない噂が有った事を思い出す。
――あの地域に行くときは、必ず二人一組で移動する事。そして帰路では絶対に一人にならないようにする事。そうじゃないと二度と戻って来られなくなるらしい――
――まさかそんな噂が……。まさか……な。
俺の中に小さな不安の芽が芽吹いてしまった気がした。
先輩の行方が分からなくなって既に四か月が経過し、そんな噂も聞かなくなってきた十二月の初旬。
「我妻君」
「はい?」
二日前に山陰地方から戻ってきたばかりの俺は、会社へと報告書を提出する為、自分のデスクで必死にパソコンと向き合っていた。
そんな俺の肩をポンと一叩きして名前が呼ばれ、振り向くと俺の真後ろに磯貝課長が立っていた。
「課長でしたか。どうしました?」
「ふむ……。ちょっと会議室へ来てくれないかね」
「は? え? 私が何かしてしまったのでしょうか?」
呼び出される事をした覚えが無いので、ドキドキしながら訊ねる。
「いやいや。そういう事では無いから安心しなさい」
「ではなんでしょう?」
「まぁ……良いから会議室で話をしよう」
「はぁ……分かりました」
課長に促されて席を立ち、そのまま後を追って移動する。
「まぁ座りたまえ」
「は、はい!! し、失礼いたします!!」
連れていかれた会議室。そこには上司である課長だけではなく、社長をはじめとした受役職付きの、所謂重役という面々が揃って座っていた。
ただその中で、二人ほど――面識のない男女が一組――いるのだけど、何かの関係者なのだろう。
俺は促されるままに会議室の中へと入り、社長などと対面になるような形で席へと腰を下ろした。
「早速主題に入りたいと思うが――」
席に座るとすぐに社長の隣に座っていた男性秘書の方が立ちあがり、かけていた眼鏡をくいっと手で押し上げてから事の詳細を話し始めた。
「――というわけで、武藤智也さんは発見されたわけですが――」
そうなんと武藤先輩が発見されたのだ。それも今月に入る少し前に、先輩が担当していた地域から80㎞も離れた公園のベンチで。
荷物も何も持っておらず、身元が分かる物といえば財布とスマホだけ。ただスマホは電池が亡くなっていて使えない状態だったという。出勤していた時に身に着けていたスーツはぼろぼろになっており、革靴も片方だけを吐いた状態でしかも靴底がはがれてしまっていたらしい。
「そ、それで先輩は?」
見つかった事に安堵した俺は、今どこに居るのかを訪ねてみる。
「いや……」
秘書の男性は、部屋の隅の方へと座っていた一組の男女の方へと視線を移すと、告りと一つ頷いた。
「彼は……武藤智也さんは既に亡くなっていたようです」
「は? 亡くな……て?」
「はい。近所に住む方が早朝のランニングに出かけていた時に、公園のベンチに座っている武藤さんを発見したのですけど、その時すでに……」
「そ、そんな……」
俺は発見されたという喜びから一転、すでに亡くなっているという報をききがっくりと力が抜けてしまった。
「ここからはお越しになっている刑事さんにお話をしていただきます」
「刑事?」
「えぇ……。その……こういっては武藤さんに悪いのですが、不審な……その……」
「あぁ……なるほど……」
言いたいことはよくわかる。確かにいきなり行方不明になって、離れた場所でぼろぼろの状態で亡くなっているのが見つかったのだから、確かにそれは不審死扱いになるだろう。
「よろしいでしょうか?」
スッと立ち上がった男性と女性は、俺の方へ一礼すると男性は紀藤、女性は須田と名乗り警察手帳を見せてくれた。
それから紀藤さんが手に持った荷物の中から、袋に入った物を俺の目の前に来て静かに置いていく。
「これは?」
「武藤氏が発見された当時に所持していたモノになります」
そういうと俺に確認して欲しいという様なしぐさをする。
「中を見ても?」
「えぇ……。と言いますか、我々は我妻さんにお話を伺いに来たのです」
「私にですか?」
「はい。まずは中を確認してくださいますか?」
「……分かりました」
俺は袋の中身を取り出すべく、手を伸ばして袋を引き寄せると、荷物手前に置かれると同時に渡された手袋を手にはめる。
「これは……スケジュール帳ですかね? 確かに先輩が持っていたモノのようです」
「そうですか……。では最後のページを見て頂けますか?」
「最後の……え!?」
言われた通りに最後のページへと目を移すと、そこには凄く慌てて書いたような字でメッセージのようなものが書かれていた。
『帰り道の――に付けろ!! 決して一人で――には――なよ!!』
『我妻!! もしもお前が――なら、一人に――しろ!!』
『だめだ 俺はもう駄目だ』
『あいつが俺を――てくる』
読み終わり、刑事さんの方へと視線を移す。
「何か心当たりがありますか?」
「いえ……全くありません。あの日、先輩から私に連絡が来る事はありませんでしたから」
「そうでしょうね。その事に関しては一緒に所持していたスマホからも確認できました」
「では、どうして先輩のスマホがここに?」
「実はですね……その中を見て欲しいのです。特に録画されている動画を……」
「動画ですか? 先輩が撮ったのでしょうか?」
「それは分かりませんが、2本だけその当時の物と思われるものが存在していました」
そういうとスマホをスッと俺の手元へと持ってくる須田さん。それを先輩のスマホだと確認して、俺は動画が残されているファイルを開き、撮影日が最新のものを探してそれの再生を始める。
ざざざざ ざざざざ
『来るな!! 来るなよ!! 誰だお前!?』
『くそ!! 逃げても逃げてもついてきやがる!!』
キキッ!! キュッ!!
一つ目の動画は何かにおわれて逃げている様子が撮られていた。続いて二本目を再生し始める。
『最後の願いになるかもしれないが、これを見てくれる人どうか俺の願いをかなえてくれ。もし俺の会社の人が見ててくれるなら社長とかにお願いして欲しい』
『この地域に来るのは良いが、絶対に一人きりにさせない様に!! 特に遅くなる時間帯とかには気を付けろ!! そしてこれは絶対だ!!』
『絶対に!! 絶対に!! 一人きりで赤いタクシーには乗るな!!』
『頼むぞ我妻……会社を……社員を、後輩を護ってやってくれ……』
『あぁ……来ちまったのか……ちっくしょううううう!!!』
最後は先輩の絶叫で動画は終わっていた。
「………」
「……いかがでしょう……とお聞きするのもなんですが……」
「質問してもよろしいでしょうか?」
「お答えできる範囲でなら……」
俺は動画の中で気になる点を数点聞いた。どれも明確な答えはしずらいといった感じで、二人共丁寧に返答を返してくれる。
「最後に……この、赤いタクシーには事情聴取できたのですか?」
「それは……」
二人が顔を見合わせる。
「出来ていないのでしょうか?」
「それがですね、この地域一帯には『赤い色の車を使用してタクシー営業をしている会社が一軒もないのです』
「は? 一軒も?」
「はい。一軒も。有るのは隣県まで行かないと」
隣接しているとはいえ、隣りの県から境をまたいでまでわざわざ営業に来るタクシーもないだろう。いや頼まれたりすれば必ずしも全くないという事は言い切れないかもしれないが、そんな可能性の方が低い事は皆が語らずとも理解してしまった。
「念のためにですが、我々も隣県のタクシー会社には確認を取りましたけど、武藤さんが亡くなったとされる日の前後に、この地域に来た赤い色の車を使用したタクシーは運航した記録はないとのことでした。
「それじゃぁ……」
「はい。武藤さんが乗った……もしくは遭遇したタクシーとは何なのか。今はまだ捜索と捜査をしているところです」
「そうですか……」
会議室の中に沈黙の重い空気がこもり始める。
「それでだね我妻君」
「はい」
「申し訳ないのだけど……」
「……まさか……」
言いづらそうに俺の方へと視線を向ける社長以下幹部の方々。
「武藤君の代わりに行ってほしいのだよ。まだ武藤君の仕事が途中なのだ」
「しかし……」
「万全の態勢で安全に配慮する!! 頼む!! わが社の信用にもかかわるし、何より大きな取引先なのだよ。これを落とすわけにはいかないのでな」
「……会社からのご指名と有れば断れません。分かりました……」
――これでもし……先輩に何があったのか分かるかもしれないしな。
俺は決意を新たに、先輩の仕事を引き継ぐことを決めた。
会議室へと集まった人たちが一人また一人と出て行くと、最後に残った社長と啓二さん二人から声を掛けられた。
「お気をつけてくださいね」
「何かあればすぐにご連絡ください」
「我妻君。あまり無茶はしないでくれよ。これ以上君たちの様な人材を失いたくないからな」
俺はお礼の言葉を言い、握手をしてその場を離れた。
先輩の仕事を引き継ぐために、さっそく資料などを集めに入る。
そして年が明け、数年ぶりに催された会社主催の新年会を経て、俺は先輩の担当していた地域にある会社へ赴く日がやって来る。
それが恐怖の入り口に立つことになるとは思っても居なかったけど。
仕事は割と順調に進行していた。
会社かららも万全の態勢でという事で、俺につけられた人員も二人。つまり三人体制で仕事に臨むことが出来るので、一人一人に余裕が出来て、担当できることがそれに集中できるので今までよりも効率がいいくらいである。
しかしそうなると、想定外に時間的な余裕ができる事になる。余裕が生まれてしまったがために出来るのは心の隙間だ。
少人数とはいえ、一人きりでは無いという安心感もまた、それまで身構えていた心にも隙を与え、いつしか先輩の言っていた事を気にする事も無くなっていた。
「我妻さん!!」
「おう!! そっちはどうだ?」
「こっちは今まで通り定時までには終わりそうです」
「そうか……こっちは……ちょっと設置にてこずっていてな、もうしばらくかかりそうだ」
俺と共に仕事についている後輩の大垣と坂田に声を掛けられ、設置している機械を見つめながら話をする。
「手伝いますよ!!」
「いや良いよ。坂田はまだそこまで教えてもらってないだろ?」
大垣は2年目社員で有り、一通りの仕事に関する研修は終わっている為、一人でも同じように会社へと赴いて仕事が出来るのだが、坂田は未だ1年未満という事もあって、一人で仕事をする事が認められていない。
更に機械の設置研修を修了していないので、今手掛けている事は任せるわけにはいかないのだ。
「先に帰ってていいぞ」
「え? いやしかし……」
「そんなに時間はかからないと思うから……。大垣と坂田は先に帰っていいよ」
俺がそういうと二人は顔を見合わせて考える。
「じゃぁ、お酒とか先に買っておきますね!!」
「つまみはなにが良いですか?」
「そうだなぁ――」
などと他愛もない会話をして、会社の定時になり、大垣と坂田は派遣先の会社の社員さん達と共に帰路へと付いた。
――どれ!! もう少しだからがんばろう!!
気合を入れなおして機械の方へと歩み寄っていく。作業的にはそれほど難しくはないので、早めに帰るため気合を入れたのだった。
「やばいな!! 思ったよりも遅くなった!!」
ようやく一段落ついて時計を見ると既に20時を少し回っていて、慌てて変える準備をし、残っている派遣先の社員の方へと声を掛けてから外へと向かう。
「うわぁ……しかも雪かよ……」
玄関を出た瞬間に、もさもさとした大きな塊にも見える雪が、どんよりとした低い雲から次々に降り落ちてくる。
「どうするかな……」
俺の住んでいる地域は、冬になれば雪が降ることは珍しい事じゃない。それだけ雪が降る事に慣れているので、少しばかり強く降っているくらいならば傘をさすことなくそのまま歩く。
逆に傘などをさしている方が危ないのだ。
――しかし困ったな。この降り方は本降りになりそうだし……。
ザクザクッと降り積もった新雪の上を音を立てながら歩きつつ、どんよりとした空を見上げて考える。
しばらく歩くと近くに駅がって、そこのプールにはタクシーが停まっているはず。そこまで降り積もる雪を注意しながら、黙って黙々と歩いた。
――良かった!!
思った通りに駅のプールにはタクシーが停まっているのが見えた。
急いでタクシーへと走っていく。
「すみません!!」
近寄ってすぐにタクシーへと声を掛けると、スッと音もなく後部ドアが開いた。
「〇〇町の▽▲ホテルまでお願いします!!」
「…………」
返事をしたのかどうかも聞き取ることが出来ず、俺はそのまま後部座席へと筒乳するようにして乗り込んだ。すると黙ってそのままバタリとドアが閉まり、タクシーは走り始めた。
――この運転手さん人と話すのが苦手なのかな?
時折そういう方もいるので、普段はあまり気にはしないが、この時は何故か少しだけ運転手さんの事が気になってしまい、チラチラと様子をうかがってしまう。
「……お一人ですか?」
「えぇまぁ……。仕事で遅くなったので先に帰してしまったので……」
「そうですか……大変ですね……」
「仕方ないですよ」
走り始めてすぐには会話は無かったけど、しばらくすると少しずつ話をしてくれるようになった。
――ふぅ……。早く帰ってシャワー浴びたらアイツらと――。
この後の事を考えながら、ふと窓の外へと視線を向ける。
――ッ!?
走っているタクシーの窓辺から見える町の中の風景。しかしその風景は走り出した時から全く変わる事がないままで有った。
しかもその時に初めて気が付いた。駅の外周にある窓に映るそのタクシーの姿に。
――タクシーが……赤い!?
体中から汗が噴き出した。
「あ、あの!!」
「……なんですか?」
「こ、ここでおります!! おろしてください!!」
「いえいえ……しっかりとお送りしますのでご安心ください」
大きな声で運転手へというのだが、俺の言う事を聞いてもその運転手は全く戸惑う事もなく、いたって冷静な声で答える。
「結構です!! ここでおります!! おいくらですか!?」
「目的地に着くまでお代は頂きませんよ……」
「いいから……いいから!! ここで下ろせ!!」
ガチャガチャとレバーを引いてドアを開けようとするも、鍵がかかっているのか全開く気配がない。
「お客さん困りますねぇ……大人しくしていてくださいな……」
「なッ!?」
そう言いつつ俺の方へと振り返った運転手。
にたぁっと笑うその顔は、なんと数か月前に亡くなったはずの武藤先輩の顔をしていた。しかし本人と違う事が有る。それは生きているとは到底思えないほどに土気色をしていて、目は何処までが黒眼なのかもわからない程に、まるで穴でも空いているかのように真っ黒。
「さぁ……お客さんもご一緒に――」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ドカッ!!
ドカッ!! ドカッ!!
耐えられなくなった俺は開きそうもない後部ドアを思いっきり蹴り飛ばして、転がる様にしながら飛び降りた。
飛び降りてすぐにタクシーを確認するため視線を向ける。
しかし、そこには既に乗っていたはずのタクシーの姿は無かった。
しばらくは何があるのか分からないので、その場にとどまっていると、遠くから車のヘッドライトが近づいて来る。
もしかしたら
焦っている間にも近づくヘッドライト。
――くそ!! 追って来たのか!!
俺はもうここまでかと思い諦めてしまった。
「大丈夫ですか?」
「こんなところで……お一人ですか?」
目の前に停まった車から降りて来た男性二人から声を掛けられて、俺は気づかぬうちに閉じていた眼を開ける。見えた二人の姿に安心して、フッと気が抜けた。
「よ、良かった……」
「あ、ちょ、ちょっと!!」
「シッカリしてください!!」
その言葉を聞いてすぐ、俺の意識は途切れた。
それから数年が過ぎた――。
俺は転勤を申し出て、今は元居た地方と正反対に位置する地方へと移り住んでいる。
後々聞いた話だと、昔から地域では『黄泉へのタクシー』として語りつがれているものがあるらしい。
赤いタクシーに乗っている人を見かけたことが有る人はいるのだけど、実際に乗っていた人たちからの話は聞かない。それはその後に乗っていた人たちがどうなったのかを知るすべがないから。乗っていたとされる人達は消息がつかめなくなってしまうのだと、俺に語ってくれた人はため息交じりに言っていた。
あの時、もしも目的地までついてしまっていたとしたら――。
もしもそれがあのタクシーだと気が付かなかったら――。
きっと俺も既にこの世には居なかったかもしれない。
※後書き※
あくまでも創作怪談です。
会社の先輩からの伝言。それは『一人で帰ってはいけない』というモノでした。 武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian
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