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 グラファイトは小高い丘の上に立っていた。眼下には平原が広がっている。何も遮蔽物の無い平原は数を活かしやすい。国境を越え、自国の王都に進軍しようという敵対国家の軍勢が迫っていた。その数は三万。グラファイトを相手にするには些か心もとない兵力であった。

 日差しは暖かく、風も心地よい。

 この軍勢を片付けたのなら、一眠りしてもいいかもしれないとグラファイトは思った。率いるのは僅かな手勢。騎兵が二十騎ばかり。騎兵の従者を合わせても百を超えない軍勢だ。まともに戦うつもりなどグラファイトにはなかった。むしろ一方的な蹂躙で終わるとさえ思っていた。敵国に有力な聖女がいるとグラファイトは聞いていない。

「それにしても私も舐められたものだな」

 グラファイトはかつての戦争において一万の軍勢に等しいと謳われた。それでも過小な評価ではあるが。

「うちの国内がまだごたごたしていると思われているんじゃねえの?」

 契約者であるオズワルドは泥のように濃いコーヒーを飲みながら今回の軍勢が如何なる理由で攻めてきたか、その推測を語る。

「だからなんだというのだ。私は常勝無敗無双無敵だぞ」

 グラファイトはそう嘯き、自身の権能を振るう。

 敵軍を囲むように茨が生い茂る。茨は蠢き、敵軍を蹂躙した。

 グラファイトの権能は任意の場所に棘を持つ植物を生やし、それを操るというものである。植物を生やすことができる限界を彼女自身も知らなかった。かつて魔王軍との戦において、朝と夜なく茨を生やし敵の進軍を阻み続けたことがある。そのときも権能を振るうことができなくなるより先に疲労で倒れた。

 現在この戦場では茨の棘は鉄の鎧を貫き、肉を裂き、骨を砕いている。常人の兵士、騎士どもは逃れることもできずに茨の森に串刺しとなった。

 だが、人並み以上の身体能力、異質なる権能を振る聖女どもはこの茨を生き残り、グラファイトに向かってきた。

「二人?たったの二人しか生き残れなかったのか?」

 グラファイトは腰に差した剣を抜きながら、敵軍の不甲斐なさに呆れる。

 これでは供廻りの者どもの仕事が無いなとグラファイトは思った。

「流石にそんなわけないだろ。勝ち目が無いと思って逃げているよ」

 オズワルドは双眼鏡で戦場を眺めていた。茨の森を切り裂き燃やし、一部の兵は撤退を初めていた。それも僅かな軍勢だ。数百ほどだ。

「逃げるものは追わん。私の権能だと殺し過ぎてしまうからな」

 ここまで大規模な戦場ではグラファイトも大まかな力加減しかできない。力を抜きすぎれば万が一が起こり、力を入れ過ぎれば殺戮になる。

 今は殺戮に近い力加減で権能を振るっていた

「偉いぞ。先のことを考えられるようになったな」

 オズワルドはグラファイトを褒めた。若干子供を褒めるような語調になってはいたが。

 戦争はただ相手を殲滅すれば良いわけではない。本当に皆殺しにするならば何も問題はないが、そんなことはできない。何処かで話し合いに持ち込まなければいけない。そこでグラファイトが話の通じない相手と思われたのならば、話はできず皆殺しにするしかない。グラファイトは自身が無敵でも最強でもないことを知っていた。

 そうこうしていると二人の敵がグラファイトの目の前に迫った。

 全身を甲冑で覆っているため、性別はわからないが十中八九聖女だろう。

 両手剣を片手で振るい、重い甲冑を着て常人の全速力以上の速さで走ってくるのだから間違いない。

 一方は人間を吹き飛ばすほどの暴風を、もう一方は全身から炎を吹き出しながら突っ込んでくる。なかなか権能の強い手合いのようだ。

 グラファイトは左手の籠手を脱いだ。左手は茨の塊であった。魔王との戦いで左手は失われている。それを自身の権能で補っていたのだ。

「私は何処からでも茨を生やせるのだが……自分自身から生やしたものの方が強力でな」

 グラファイトは左手から生えた茨で二人を薙ぎ払った。

 先ほど平原に出現した茨の森よりも強く太い茨の蔓は二人を薙ぎ払った。

 敵軍が全て逃げ切るか、死に絶えるかした後、グラファイトは小高い丘の上に寝そべり、空を眺めた。

 今更生き方は変えられない。邪悪で血にまみれたやり方でこれからの戦国乱世を生きるしかない。だが、今は少しの間、現実を忘れて眠ろうとグラファイトは思った。

「お前の罪は俺の罪でもある。そして俺の罪はお前の罪でもある」

 グラファイトを見下ろし、オズワルドは言った。

「前半は良いとして、後半はダサいぞ。そこは自分だけの罪と言え」

 グラファイトは満更でもなかった。殺戮の罪を共に背負ってくれるというだけで荷が軽くなるというものだ。

「グラファイト王万歳!!王様万歳Long live King!」

 今回の戦において何もしてない騎兵たちやその従者が歓声を上げていた。

 何もしていない分、グラファイトを持ち上げることで仕事を果たそうとしていた。グラファイトはそんなことを気にする王ではないが。

「うるさいぞ、お前たち……」

 それでもグラファイトのやり方についてくる者は居る。

 これから長く続く戦国の時代で、茨の聖女グラファイト・ギラファ・エヴェレットは“邪悪の王”と呼ばれるようになった。それは彼女の敵からの評価であり、彼女の臣下や民草はまた別の異名で呼ぶのだが。

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邪悪の王 筆開紙閉 @zx3dxxx

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