時計の病心編 第5話



「ヴルちゃん、見てよ。」

 ササラギ小隊の厨房。

 二人の隊員が食事の準備を行っていた。

 ただし、食事の準備と言ってもマッキンリーが予め料理をした後に保存用の入れ物に入れたものを出すだけなので、彼らが何かを作っているわけではないのだが。

 その隊員の片方───ザッツ=ハンディアが、その入れ物の中身をもう一人の隊員───ヴル=テナー=サックスに見せるように前に出した。

「グラタンがしっかりと冷凍されてる。ジーニアスもたまにはいいもの作るよね。」

 入れ物の中には、凍らせたようになっているグラタンが入っていた。

 これは食材が痛んだりするのを防ぐために行われた一種の加工で、料理などはほとんど作りたてのままの状態で保存をすることができる。

 そのようなことをできる機械をササラギ小隊の技師でもあるジーニアスが作り出したのだが、二人は真面目な態度でいることをほとんど見たことがないジーニアスの顔を思い浮かべると苦笑した。

 先程発された、凡そ褒め言葉に聞こえないザッツの言葉にヴルは大きく頷いて見せる。

「ああ、全く以てその通りだ。いつもこれならばよいのだがな。」

「そして、これをレンジってやつに入れれば……」

「いつでもマッキンリーの料理が食べられるということだ。」

 ザッツは近くにあった四角い機械───『レンジ』と呼ばれているそれの戸のようになっているところを開けて、冷凍されたグラタンの入った入れ物をそこに入れる。

 その戸を閉め、レンジに備え付けられたでっぱりを押すと、低い機械音と共に箱の中がオレンジ色の光で満たされた。

 ジーニアス曰く、この状態になると『料理が温められている』状態になるようで、冷凍されたものもこれで元に戻すことが可能らしい。

 ザッツはそれを思い出すと、感心したように頷いた。

「ホント画期的だよねぇ。特許取れるんじゃない? コレ」

「ただ、これだけの機械を作るにはコストがな……」

「あー、そっかー。めちゃくちゃお金ないと無理かー。」

 呑気な声でザッツが返事をした時、ヴルのポケットから何かの機械音が聞こえてきた。

 ヴルがポケットを探りその機械音の元を取り出すと、『通信機』の端末が音を立てて震えていた。

 ヴルはそれを見ると、それまで浮かべていた笑みを消し、その通信機をじっと見つめる。

 ややあって、彼はザッツの顔を見た。

「……すまないな、ザッツよ」

 ザッツは「あー。」とやはり呑気そうに反応すると、笑顔を見せた。

「その着信音、いつものでしょ? 気にしないで行ってきなよ」

 慣れた様子で手を振るザッツに、ヴルは微笑む。

「ああ。有り難くその言葉に従わせて貰おう。」

 ヴルはザッツに手を振ってから厨房を出た。

 少し進んだ先の廊下で、通信機を起動する。

 若干の雑音が聞こえた後、ヴルは通信機の音声認識部分に声を入れた。

「……俺様だ。」

「お忙しい中、私のようなものの通信に出てくださり、感謝いたします。我が主」

 耳に当てた通信機から、落ち着いた男の声が聞こえてきた。

「それは構わん。お前が連絡をしてくるということは、火急の用だろう? 何があったのだ?」

「お気遣いをして頂き、有難うございます。要件なのですが、…………『例のアレ』が動きました。いえ、動かされた……が、正しい表現でしょうか。」

 ヴルは顔を強張らせた。

「……ラスタよ、それは確かか?」

「はい。間違いありません。何しろ、この情報はセブンスが裏を取っています。」

 音の悪い通信機越しではあったが、通信機の相手───ラスタの声は沈んでいるようにヴルは感じ取った。

 ───無理もない。

 ヴルからしてもその報告の内容は『良くない』と判断する物だったからだ。

 しかももう一人の報告者であるセブンス=シャルネスが裏を取ってきた、ということは、ラスタの言う通り何よりも確実な情報であることを物語っていた。

 ヴルは一度目を瞑り、溜め息に聞こえないように息をゆっくりと吐く。

「………そうか。二人共、よくやってくれた。」

「勿体ないお言葉です。」

 少し声の調子が戻ったラスタに、ヴルは見えないとわかっていても口元を綻ばせたが、すぐにそれは元に戻った。

 ───目下の問題は、自分たちがこうしている間にも進んでいることだろう。

 頭の中であらゆる事態を想定しつつ、ヴルは口を開く。

「しかし、些か厄介なことになったな。」

「全くです。………『ヤツ』も命は惜しかったのでしょう。予想外なことではありません。……それと……気になることがあります」

「うん?」

「実は───」





「あったよ。」

「本当!?」

 マクスの発した声に、クリスたちは一斉にマクスの方を見た。

 手近な机や、自分が座っていたイスから離れ、マクスのいるベッドの近くに寄る。

 マクスは開いたファイルをクリスたちに見えるように広げてみせると、ページのある部分を指差した。

「この人が時計を買っていったんだ。サドマン=スニキット……という方だ。」

 マクスの言葉に、クリス、マフィー、マッキンリーはそれぞれ目を見開いて、お互いの顔を見合わせた。

「そ、それって……」

 クリスが呆然と呟くと、マッキンリーが頷いた。

「三ヶ月前の行方不明者……、……その一人だ」

 苦々し気に顔を歪ませたマッキンリーを見て、マクスは悲しそうな顔になった。

 あの事件の後、クリスたちはマフィーがわざと残していた行方不明者たちのファイルを時間があるときに片っ端から読み漁っていたことがあった。

 ササラギ小隊が管轄している地域では三ヶ月前に十数名ほどが居なくなっており、そのうちの何名かは別件でその場を離れていたり、或いは家族の勘違いであったりもしたが、最終的には全くの痕跡も見当たらず、目撃情報もなく、規定された捜索期間の期限である三ヶ月を過ぎてしまった人物たちも数名いた。

 たった数名だ。

 だからこそ三人はその名を覚えていた。

 三人の様子が明らかに変わったことを察したマクスは悲しそうな表情を浮かべた。

「………犠牲者に?」

「……残念ですが」

 マッキンリーが頭を振る。

「そうか……。」

 マクスはファイルの、サドマンの名前が載った部分を指で撫でた。

「今度来るときは、妻の時計も……と言っていたな……」

 そう呟きながら、マクスはもう片方の手で持っていた時計を見つめていた。

 黙祷を捧げるように静かに目を瞑るマクス。

 クリスは、そのマクスを見ていた。

 正確には、彼の心臓部から漏れているらしい、『あの光』を。


 どう考えても、彼は普通の人だ。

 知人の死を悲しみ、悼むことのできるような性格の───ただの人。

 二人がマクスの話をほとんど隊ですることがなかったのは………。


 クリスがそんな思考に囚われかけていたその時、病室の扉が叩かれる音がした。

 少しだけ扉が開き、そこに看護師の女性が立っているのが見えた。

 看護師は軽くクリスたちに向かって会釈をすると、口を開く。

「面会中に失礼します。マクスさんとご家族様に新しい先生を紹介したいのですが、今、大丈夫でしょうか?」

「あ…ああ、はい。どうぞ。」

 マクスがそう応えると、看護師は扉を大きく開ける。

 その様子を見ながら、マフィーが首を傾げた。

「………新しい先生?」

 マフィーの疑問の声が聞こえる中、看護師と、その後ろをついてきていたらしい白衣の女性がマクスの病室に入ってきた。

「……失礼します。……マクス=アップリーさんと、ご家族の方……ですね?」

 白衣の女性がマクスとマフィー、マッキンリーとクリスを交互に見ながらそう聞いてくる。

「あ……はい。娘のマフィー=アップリーです。」

「義弟のマッキンリー=コゴットです」

 マフィーとマッキンリーはそれぞれ自己紹介をしながら白衣の女性に頭を下げた。

 白衣の女性はそれを見て頷くと、言葉を続ける。

「私は今後、マクスさんの……」

 白衣の女性は、なぜかそこで言葉を詰まらせた。

 二、三度口がわずかに閉じたり開いたりを繰り返した後、大きく息を吸う。

「……ケアに協力させていただきます、レンカ=ベルドリッチです。」

 一気に吐き出すようにそう言い、白衣の女性───レンカは礼をした。

「それで、ええと……そちらの方は?」

 レンカは一人だけ名乗らなかったクリスの存在を疑問に思ったのだろう。

 クリスの方を見て不思議そうな表情をしていた。

 クリスは慌てて、レンカに挨拶をしようと頭を下げた。

「あ、僕は…」

「僕のお店のお客さんです」

 クリスは驚いて、マクスの方を向いた。

 マフィーとマッキンリーもマクスが何故クリスのことを『娘と義弟の仕事仲間』だという言葉を選ばなかったのかを疑問に思い、思わずマクスの方を向いていた。

 しかし、マクスはそんなクリスたちの様子を意にも介さず、先ほどとほとんど変わらない穏やかな表情のままだった。

「ちょうど娘が彼と友達だったみたいで、わざわざここのことを娘から聞いて訪ねてくれたんです」

「……そうでしたか。」

 マクスはレンカをまっすぐと見る。


 レンカはその穏やかな表情から想像ができないほどの射抜くような視線を向けられ、足を半歩ほど下げかけた。

 ───そうよね。……『あなたは、私をそう見る』わよね。

 『ベルドリッチ』……その名を『知っている』はずだもの。

 レンカは彼の視線を受け止め、下がりそうになった足をゆっくりと戻す。


「……その、こちらのオリエンテーションが終わり次第、また主治医の先生と伺います」

「分かりました。待っていますね」

 マクスがそう応えると、レンカと看護師は会釈をして、病室を出ていった。

 少しの間、病室は静かになる。

 マクス以外の全員が今の状況に戸惑っていた。

 マクスの吐いた『嘘』の意図が分からず、クリスたちはマクスを凝視したまま固まってしまっていた。

「……、話が途中になってしまったね。」

「……………」

 マクスが三人の様子を見て、困ったように笑う。

「不安そうな顔をしないでおくれ、マフィー。僕が少しでも元気でいるために尽力してくれる人が増えるんだから。」

「………うん………、そう、だよね。」

 マフィーが心配しているのはそちらのことではないのだが、マクスの真っ直ぐな視線に誰も何も言うことができなかった。

 ───それは、聞かないでくれ、という意味なのだろう。

 三人とも納得の行かない顔をしていたが、それ以上は何も言うことができなかった。

「それで、君たちはこれからどうするんだい?」

「………さっき、スニキット氏には奥さんがいるって言ってましたね。奥さんがどこにいるかは……?」

 マッキンリーがそう答えると、マクスは首を横に振る。

「さすがにそこまでは……。街の人に聞いてみたらどうかな。僕の店は街の外れにあったけど、そう遠くないところに住んでいると……彼は言っていたよ。今、奥さんが街に住んでいらっしゃるかまでは、分からないけどね……」

「…………でも、行ってみないことには始まらないし、いないならまた考えます。体、辛いでしょうに押しかけて、頼み事までしちゃって……すみませんでした」

 クリスはマクスに向かって頭を下げてみせた。

「良いんだよ」

 マクスはクリスに微笑みかける。

「僕は君が来てくれてよかったと思っている。もしそれでも僕に申し訳ないと思う気持ちがあるなら……そうだな……僕と約束をしてくれるかな」

「約束、ですか?」

 マクスはクリスの目を見ながら、ゆっくりと言った。

「『もしこれから迷うことがあったら、その時は躊躇わないでほしい』……ってことをこの二人に守らせてほしいんだ」

「「!?」」

 クリスはその言葉に驚いて、体を震わせた。

 マフィーとマッキンリーが目を見開き、それぞれが顔を歪めた。

 クリスは先程のことといい、マクスの意図が全くわからず、その顔に浮かべる困惑の色をより濃くした。

「それは、どういう……?」

「その時、っていうのは、きっと僕自身が決めた後の話だから………今、それがどういう意味かは理解しなくても大丈夫。」

 マクスは、己の家族たる二人の顔を見る。

「君がその約束を守ってくれればそれでいいんだ。……二人も、分かったね?」

 マフィーとマッキンリーは呆然として、すぐにはその言葉に反応をすることがなかった。

 マフィーは目を逸らし、マッキンリーは少しだけ肩を落としている。

 マッキンリーは目を瞑り、口を引き結んだが──意を決したように、

「………はい、義兄さん……」

 と、口にした。

 マクスはマッキンリーに微笑みかける。

 しかし、マフィーは俯いたままだった。

 父と顔を合わせようとしないまま、少しだけ体を震わせている。

「……ごめん、お父さん」

 マフィーの声は震えていた。

「私はもう少し、考えさせて……」

「……うん、良いよ。好きなだけ考えてきなさい。」

 マクスは落ち着いた口調で、諭すようにマフィーに言う。

「僕は待ってるから」

 マクスの言葉に、マフィーは小さく頷き、すぐに背を向けて逃げるように病室から出ていった。

 クリスとマッキンリーはそれを見送る。

 クリスには、マフィーの気持ちが分かるようで分からなかった。


 自分も父を『事故』で亡くしたからこそ、失うかもしれないという恐怖こそ想像はできたが、マフィーとマクスの親子の関係性までは垣間見ることは出来ない。

 どんな言葉も彼女には稚拙になってしまうだろう。

 

 そんな事を考えているクリスの隣で、マッキンリーがマクスの方にもう一度向いた。

「……じゃあ、俺たちは先に街へ戻りますね。」

「え、マフィーさんは?」

「後でジーニアスにでも迎えにこさせる。どうせ暇だろうしな」

 マッキンリーは僅かに下を向く。

「……今は一人にしてやりたいんだ。あいつだって、育ってきたんだからさ……」

 呟くように言うマッキンリーは、何かを噛み締めているようだった。

 マクスがこのような状態になっているのはいつ頃からなのかはわからないが、少なくともかなり長い期間であることはクリスにも想像ができた。

 更に言えば、マフィーの母親は既にこの世にいないこともクリスは彼らから聞いており、その観点からマフィーのことをマッキンリーが見ることになったのだろうことも想像に難くない。

 ───ずっとマッキンリーは見ていたのだ。彼女のことを。

 そんな事を考えて何も言えなくなっているクリスを慮ってか、マッキンリーは苦笑してみせた。

「それに、働かにゃ、義兄さんの治療代が払えねえからな」

「……そうですね。」

 明るく行って見せるマッキンリーに、クリスもぎこちないながら笑みを浮かべてそう返した。

 マッキンリーはそのままマクスを見る。

「じゃあ、帰ります。」

「ああ。気をつけて帰るんだよ」

 そう返してきたマクスに、クリスは頭を下げた。

「あの、ありがとうございました! また、お見舞いに来ます!」

「ありがとう。楽しみにしているよ。」

 マッキンリーとクリスはその言葉を聞くと、マクスに背を向けて病室から出た。

 マクスは二人が扉を閉めるときに会釈をしたり手を振ってきたのを見て、手を振り返す。

 病室は一気に静かなものとなった。

 マクスは一人きりになり───遠くを見つめる。

 彼は静かな動作で自らの胸に手を当てた。


 ──ああ、ようやくだ。

 ついに、僕にも『償い』の時が来た。

 これですべての時間が動き出す。

 ………いや、動かさなくてはならない。

 例えそれが、僕の全てを壊すことになっても。


 …………ノエ。僕も眠る時が来たよ。


 マクスは目を瞑る。

 その時、扉の叩く音がする。

 今日は来客が多いようだ。

「どうも、ハタフクです。入室しても?」

「……はい、どうぞ。」

 マクスは、扉が酷くゆっくりと開いたように思った。

 扉の向こうから恰幅のいい白衣の男───カツミ=ハタフクが、先程看護師と共に病室を訪れたレンカを伴って入室してくる。

 ハタフクはマクスのいるベッドに近づきながら、口を開く。

「先程、ご家族がいらっしゃっていたみたいですな。たくさんお話はできましたかな?」

「はい、ハタフク先生のお陰で」

 ハタフクはマクスの言葉に両手を小さく上げ、首を横に振る。

 その顔には、色濃い謝罪の意が見えた。

「いやいや、私はあなたのご病気に、未だ医者として何もできていません。医者でありながら、恥ずかしい限りで……」

「お気になさらないでください。一時は衰弱し、話すことも辛かった僕を救ってくださったのは先生ですから。」

「そう言ってもらえれば些か……。しかし、今日こそは……いや、今日から……」

 ハタフクは苦笑しながら、自らの頭を撫で──今度は真剣な表情をマクスに向けた。

「あなたの治療についてさらに追求をできるようにですな……」

 ハタフクは後ろを向いた。

 二人の視線が、レンカに注がれる。

「このレンカ=ベルドリッチ先生に来ていただいたのだよ。」

 ハタフクの言葉に、レンカは僅かに背を伸ばした。

 本当に、分からない程度に。

 しかし、マクスにはそれが見えていた。

 レンカが複雑極まりない視線で自分を見ていることも、マクスは分かっていた。

 気が付かないのは、ハタフク医師だけである。

「レンカ先生、彼に新しい治療法の説明をお願いできますかな?」

 レンカは、ハタフクの言葉に、一瞬だけ口を引き結んだ。

 ハタフクにはそれが、緊張にしか見えていないのだろう。

 レンカの言葉をゆっくりと待っているようだった。


 ───いっそのこと、完膚なきまでに『悪者』になれたほうが……お互い楽だったでしょうにね。


 レンカは心の中で、そんなことを思った。

「……では、説明致します……。」

 レンカは、己の口から出る言葉を慎重に選びながら、すべての覚悟を彼らにぶつけることにした。





 森の中。

 

 すでに日が傾きかけ、暗くなりつつあるその場所に、一人の男がゆっくりと歩いていた。

 男は何かを探すように辺りを見回しながら、森の中を進んでいく。

 ふと、男の視界におかしなものが見えた。

 消されてはいるが、消しきれていない『それ』を、男はじっと見つめる。


 ───なるほど、判りやすい目印ですね。


 男は口角を上げると、迷わずその『目印』が示す方に進んでいく。

 そして、おおよそ道とは言えない木々の立ち並ぶ場所をさらに進んでいき───男はようやく、とある木の根本に探していたものを見つけて、その場にしゃがみこんだ。

 彼の目の前には、少年と言えてしまえる背格好の男が、木に身体を預けて目を瞑っていた。


「───トポリさん。こんなところで寝ていたら、風邪を引いてしまいますよ。」


 トポリがゆっくりと目を開く。

 眼の前に、自分を覗き込む褐色肌の男───ルッツがいるのを見て、力なく笑った。

 トポリの額や頬にわずかに汗が残っているのを、ルッツは見逃さなかった。

「……あはは。ちょっとは褒めてよ。これでも怪我しないで帰ってきたんだからさぁ。」

「………と、言うと?」

 ルッツさんのことだから、分かってるだろうに───と、トポリは思ったが、敢えて口には出さずに、事実だけを心に残した。

「………どこから漏れたんだろうね。見つかっちゃってたみたい。」

「………………そうでしたか。」

 調子を変えずにそう返すルッツに、トポリは肩をすくめた。

「やっぱり驚かないね」

「ええ、まあ。予測はしていましたから。……そのルートを掴めていないのが残念でなりませんよ。」

 ───ルッツさんでも手こずるんだ。厄介だなぁ。

 トポリはぼんやりとそんな事を考えた。

「東の国ではソース、っていうんだっけ?」

「俗語や隠語の類いですよ、それは。」

「あ、そうなの。」

「しかし、それなら私達のこともハッキリしていないということです。目はつけられているでしょうが、それならそれで問題はありません。」

 トポリは、そこで今日何度目になるかわからない溜め息を吐いた。

「………損な役回りだよねぇ、ホント。」

「損をしない立ち回りをすればいいのですよ。……例えば……」

 ルッツはトポリに微笑んでみせ───目線だけを横に反らした。

「そこで立ち聞きをしていらっしゃる方々に交渉を持ちかけてみる、とか。」

 ルッツは立ち上がると少しだけ体を後ろに向け、トポリは少しだけ体を傾けて、ある方向を見た。

 二人の視線はその一点に集中する。

 しばらくの静寂の後、一切動く気配のない二人に観念してか、二つの影が木々の間から現れた。

 一人は、金髪の男。もう一人は、黒髪の男。

 どちらも年齢にして四十は超えているだろうといえる顔立ちをしていた。

 金髪の男が呆れと嘲笑を入れ混ぜたような顔で、ルッツたちを睨みつける。

「我々に交渉、とは大きく出たものだな。平民風情が、という言い方はやめておいてやろう。」

「ほぼ言うとるやないですか。やめなさいよ」

 金髪の男の言い分を、黒髪の男が嗜める。

 トポリはそんな二人の様子を見て、なんとも言えない視線を送りながら首を傾げた。

「………漫才師の人?」

「あらぬ誤解はやめていただきたい、そう言われてもおかしくはないですがな。」

 黒髪の男は心外だというのを全く隠さないままに応える。

「こら。私を巻き込むんじゃない」

「いや漫才の元凶あんたでしょうが」

「そんなことよりだ。我々の存在について、お前たちはおおよその予想がついているという解釈で良いんだな?」

 金髪の男の一言で、一瞬にして空気が張り詰めた。

 金髪の男と黒髪の男は、その空気を作り出したのがトポリとルッツの二人であることを悟る。

 ルッツがゆっくりと身体を二人の男に向けていき、トポリは不敵な笑みを浮かべて、その場から立ち上がった。

 トポリが多少見せていた疲労の色は跡形もなく消え失せており、それを見た金髪の男は内心舌を巻いていた。


 ルッツもトポリも、無言で何も話さなかった。

 ルッツは微笑み、トポリも二人の襲撃者に対して表情を変えない。

 金髪の男は「やれやれ……」といった後、肩をすくめて、長い息を吐いた。

 黒髪の男も、半ば諦めたように二人を見る。

 

「何も話さない、か。」

「やましいことがあるからだろうな。如何にも平民らしい手だ」

「平民かどうかって関係あるんか?」

「……まぁ、どちらにせよ、」

「………これ以上の問答は不要、………でしょうな。」

 黒髪の男と金髪の男は、それぞれ自分の得物を手にする。

 全く動かない眼の前の敵に、言いようのない『畏怖』を抱きながら───得物を構えた。

 


(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る