聖なる光は真実を照らした
真っ白な光に包まれるとともに、周囲から人が消えた。そんなバカなことがあるはずがない。どうせ光度の違いによって、見えにくくっているだけだろう。それにしては警備員や灰谷だけではなく、ほぼ同時に飛び込んだはずのあまねや日向の姿もなかった。
光には熱があった。じんわりとした、焚き火のような柔らかな温かさ。それに包まれていると、どこかホッとする。光を見て、そのような気持ちになったのははじめてだった。これを神からの贈り物というのならば、頷いてしまいそうになるほどに心地よい光だった。
真っ白な光の中に、何かが見えてきたのは突然だった。
浮かびあがってきたのは映像だった。
見慣れた街の光景、雨後の筍のように天へ向かい伸びる灰色のビル群。それらの間を縫うように伸びるアスファルトの道路と、その上を走るカラフルな車。その映像は、人間の営みを上空から撮影したものらしい。
映像が、ごみごみとした人々の群れへと近づいていく。ズームしていく。
人々かと思われたそれは――ヒトとは似ても似つかないバケモノであった。二足歩行ではなく、四足歩行でもない。樽のような体を引きずるようにして歩いている。車のドライバーもまた歩行しているバケモノと同じ格好をしており、体から伸びる糸のような触手を器用に動かしハンドルを動かしていた。
あるバケモノは、他のバケモノと向かい合い、手を振るように触手をゆらゆら動かしている。また別のは、仲睦まじそうに抱きつき合っていた。
その行動はどこかヒトを連想させる。――いや、なぜかヒトだという直感があった。どう見てもヒトには見えないというのに!
声は出なかった。だけど、体がふらついた。脳が理解を拒んでいるかのように、視界が明滅を繰り返す。こんなところで倒れるわけにはいかない。わたしは意識を、地上を埋め尽くすバケモノから、空へと向けた。
どこまでも広がる青空。わたしの意識は大気圏をやすやす突き抜け、宇宙へまで広がった。どこまでも広がる宇宙空間、比較的近い場所に月があり、向こうには太陽、ほかの惑星は見えないけどもあるに違いない。いや、見つけられるだろう。今のわたしなら。
一分もせずに太陽系を飛び出し、銀河系さえも飛び出した。宇宙に銀河は無数にあり、光と同化したわたしは数多の銀河を突き抜けていった。
ある惑星をよぎったときに、わたしはとある生命体を見た。
これが、夢か幻の類なんだろうということはすぐに理解できた。じゃないと、困る。
そこにいたのは、またバケモノだった。だけどそのバケモノは先ほどのものとはまた違った。それは、植木鉢とそこからローズマリーが伸びているような姿かたちをしていた。植木鉢っぽい方が体で、ローズマリーが首とか腕で――。
「なんで、わかるんだ?」
どう考えても、はじめて見る生き物にもかかわらず、わたしはその生き物がどのような形をしていて、何と呼ばれているのか理解できた。
「光のおかげか」
神さまが生み出しているという、真実を知ることができる光の効果。それによって、わたしは宇宙を旅し、見たこともない奇怪な生物がイ=ス人であることを知った。
また再び、わたしは加速している。わたしは何者かの意志に導かれ銀河系から外宇宙へ――膨らみ続ける空間の端へ進んでいく。
いくつもの惑星を通り過ぎ、恒星が発する熱に焦がされようになりながら、わたしは宇宙の端へたどり着いた。
いや、違う。宇宙の端には、また別の宇宙――世界が存在していた。そこにも宇宙があり、また別の世界がある。世界は、闇に浮かぶシャボン玉のように無数に生まれては、はじけていた。わたしは、その中の一つに入っていく。
そこは、わたしたちの知る世界とは全く違う。ルールそのものが違う世界。
世界そのものが歪んでいた。マーブル状に何もかもが溶けたかとおもえば、あるいはゲルニカを連想させるようなキュビズムみたいなように見える。次の瞬間には世界は数式で記述され、まぶたを閉じれば、世界はワイヤーフレームになってしまった。
たぶん、と光が前置きした。わたしの世界と光を生み出す主の世界が違いすぎて、わたしが認識できないのだそう。
光?
この光は神様が生み出したもので、わたしは光の効果を、そして光を生み出している神様の存在を、平然と受け入れていた。
この先に、神様がいる。
わたしを突き動かしていた力が徐々に弱まっていく。旅の終わりを告げている。
そして、止まった先には、確かに神様がいた。
だけど。
その神様は、わたしが知っているそれとは違った。人間らしくはない、だけど、先ほど目撃した二体のバケモノとも違う。
それは図形の集合体だった。さまざまな図形が重なり合いひしめき合い、うごめいている。一度だって同じ形をしておらず、どう考えてもありえない形をしていることもある。たまに発光する図形には、灰色の棒が突き刺さっているけども、伸びたり縮んだりを繰り返していた。
アメーバのように再生と崩壊とを繰り返すそれを見ていると、気持ち悪くなってきた。見てはいけないものを見ているような、あるいは強烈な光を浴びてしまった時のような。そんな生理的な吐き気に苦しめられていたわたしの脳内に声が響いた。
――汝、知りたいことはあるか。
「知りたいこと……?」
痛む脳内にぱっと浮かんだのは、なぜかあまねの姿だった。
次の瞬間、縮んでは膨らむ集合体が、ひときわ大きく膨らんだ。その体から光が飛び出していき、わたしは光に包まれた。
光に包まれたのち、わたしは教会にいた。清浄なる光教団のものではない、ああいうビル的なものではなくて、もっと結婚式とかでお世話になる方だ。
教会は真っ赤に燃えていた。外壁の一部は砲弾でも食らったみたいになくなっていて、バージンロードにはがれきがいくつも転がっている。天井もなくなってしまったのか、雨が降ってきている。
わたしの前に、あまねがいた。
バージンロードの先、新婦と新郎が愛を誓うその場所にあまねは倒れていた。
あまねはピクリとも動かない。
いつもとは違う、小さな体にフィットした純白のウェディングドレスには、真っ赤な液体がべったりとこびりついている。
横たえられた体は、ウソみたいに身じろぎ一つ立てない。
眠っている?
ううん違う。
やけに冷静な理性が、否定した。
だって、胸も動いていない。心臓が動いていない。それはつまり――。
「死んでる」
あまねは死んでいた。
何がどうしてそうなったのか、光は何も教えてくれない。
ただ、そうなるという事実を伝えてくるだけ。
それが、あの神様なりの真実の伝え方。
「こんな真実見たくなかった」
光は急速に離れていき、わたしの意識は闇に包まれていく。
そうして、わたしは現実に戻ってきた。
清浄なる光教団の地下五階大広間へ。
神様が照射する光の中へと。
光の外にはやはり、警備員と灰谷の姿があった。だけども、その表情には困惑がありあり浮かんでいる。
瞳はわからないものに対する恐怖に揺れている。
彼らが見つめる先には、日向がいた。
ぽたり。
日向の顔から、液体が落ち、光の中できらめく。
落ちたしずくは、真っ白だったアイマスクに落ちてしみこんでいき、赤いシミをつくりだす。
何度もなんども。
日向を見れば、目があるべきところが黒々としていた。ぽっかりと穴が開いている。真っ赤に染まった手には、何か球体状のものが握り締められている。それを見ていると、目がむずがゆくなってきた。
そのがらんどうの目は、何も見ることができないはずなのに、まっすぐに灰谷のことを見つめていた。
「あなたがやったんですね」
「な、なにを」
「とぼけるな!」血をまき散らしながら、日向が慟哭した。「神様はこう言われた『前教祖様を殺したのはお前だと』」
「か、神が……? なにかの間違いだ。神なんているはずがないのだから」
弁明するかのように、灰谷は何かを呟く。警備員たちが、驚きをもって灰谷のことを見つめる。警備員であると同時に信徒でもある彼らは、神様の言葉というものに、少なからず動揺していた。
だからだろう。灰谷へととびかかった日向を止めることができなかった。
あっという間の出来事だった。灰谷を床へ押し倒した日向は、暴れる体を組み伏せ、華奢な首元をかみついた。
鮮血がシャワーのように飛び出していく。血液を噴き出す灰谷は小さい体を揺らし、拘束から逃れようとしていたけども、やがて動きはゆっくりとなり、止まる。血にまみれた日向はそれでも止まらない。首元に何度も何度も噛みつき、引きちぎる。血は噴き出し、服を濡らし、水たまりとなる。
誰もが起きたことに呆然としていた。目の前で今まさに起きた事件を、受け入れられないかのように。
わたしもまた、そうだった。
目の前で起きたこと、そして光が見せた未来の光景。宇宙の真実。そのどれもが、わたしの理解を超えている。脳が理解を拒んでいた。
そして、わたしは気がついた。
目があるから、いけないんだ。
目があるから、知りたくない真実を知ってしまうんだ。
それなら、目をくりぬいちゃえばそれで――。
視界の端で、日向が警備員に取り押さえられている。でも、そんなことはどうでもよくて、わたしは眼球に指を這わせる。
違和感はなかった。眼球がわたしの体から離れたがっているようにさえ感じた。
少し、ほんの少しだけ力を込めるだけで、眼球は取り出せる。
爪を目に這わせると、脳がざわざわした。
わたしは力を込めて、目障りな眼球をくりぬこうとした。
その直前、隣で直立していたあまねが動き始めるのが見えた。目へ向けられた意識が、そちらへと吸い込まれる。
あまねは動揺もしていない、怯えているようでも、怒っているようでもない。いつものように落ち着き払ったまま、光の源へ――ここではないどこかへと視線を投げかけている。
「私たちにはあなたがたの言う真実は不要です」
――お帰り下さい。
言ったとたんに、光が明滅し、その強さを弱めていく。
そして、光は消えた。
ぷつんとわたしの意識も一緒に消えた。
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