教団地下。そして、光へ

 地下五階もやはり、病的なほどに真っ白な通路が伸びていた。だけども、上の階と違い、通路がまっすぐに伸びており、分岐もドアさえも見つからない。


 やがて通路の先にぼんやりと扉が見えた。どうやらあの先が、神様のいるという大広間らしい。


 わたしたちは無言で近づいていく。


 じきに扉までたどり着いた。その扉は、これまでのものとほとんど同一のものだったけれども、その横にはスキャナーらしき装置があった。カードをスラッシュするタイプのやつだ。日向は懐から黒いカードを取り出すと、装置に通した。


 ピーっと音を立てたかと思えば、ガチャリとロックが解除された。


「行きましょう」


 わたしとあまねは首肯する。日向が扉を開ける。


 扉の先は真っ暗な空間が広がっている。完全な闇はどこまでも広がっているようにさえ感じられる。だが、闇は完全ではない。部屋の奥の方、無限の闇の彼方から光が降りそそいでいる。その光は、普通の光ではなかった。見てくれは、ステージの一部分を照らすスポットライト。だけど、どことなく人工的なものではないと感じるのだ。神秘的にキラキラと輝いているかのように。


 わたしたちはその光に見とれてしまっていたと思う。誰も身じろぎ一つせず、静寂の中でわたしたち三人の呼吸だけがかすかに響いていた。


 階段の方から騒々しい足音が聞こえてきたのはその時であった。


「誰かが来ます」


 声を低く、日向が叫ぶ。わたしたちは部屋の中を埋め尽くす暗がりへ飛び込んだ。


 足音が近づいてくる。バタバタという慌ただしくも物々しい足音。遅れて、ゆったりとやってくる足音も聞こえた。


 光の届かない闇の中から、わたしは通路の向こうに目をこらす。足音の正体は濃紺の制服に身を包んだ警備員のようである。彼らは警棒を持ち、何者かを探しているかのように部屋の中へ目をこらしている。だけど、それだけ。誰かに命じられているのか、中に入ってこようとはしてこない。


 闇と同化するように息をひそめていると、余裕にあふれた足音が、警備員の群れをかき分けて出てくる。


「そこにいるのはわかっている」


 通路の方を見れば、先ほど見上げた灰谷という男がこちらを睥睨していた。まるで、ゴミかなにかを見るような目つきだ。


「ここの」灰谷が扉をコンコンノックする。「カードキーを通したら通知が来るようになっている。日向とあと二人不審者がいるだろう。女二人、一人は変態じみたやつだ」


 あ、やば。


 隣にいるあまねの首根っこをわたしは掴もうとした。


 伸ばした腕をあまねはすり抜けていく。


「誰が変態だ!」


 通路と光の間に、あまねが踊り出る。怒りで輝いた目が灰谷を睨みつけていたけども、


「何やっているのですか! バレたじゃないですか!」


「あ」


 怒りは霧散して、てへっと笑みを浮かべるあまね。その姿に、猛烈に腹が立った。頭を叩きたくなってきたけれど、それどころではない。


 バレてしまったからと、日向もまた姿を現す。


「教祖様」


「やあ。まさか君が部外者をここまで連れて来るとはね」


「お、教えを広めることはいいことじゃないですか」


「そりゃあそうだ。だが、ここまで連れてくる必要はないだろうさ。教えを話して、縁起のいいものを売りつけてやればいい」


「それってぼったくり――」


「何を言っているのか私にはわからないね」灰谷が、わたしの言葉を遮った。「効果はあるさ、思いのほか少ない可能性があるだけで」


「それをぼったくりって言うのよ」


 わたしが何を言っても、灰谷は素知らぬ顔をしている。耳を傾ける気はないらしい。こんな奴がリーダーなんて、この教団はやっぱり悪徳宗教団体ということだろう。


「そんなことは今はどうでもいいのだよ。君たちはどうしてここにいる。ここは、教団の最深部にして、聖域なのだぞ」


「この方たちが神様がいるかどうかを知りたいそうで」


「それを真に受けたというのか?」


 灰谷の侮蔑たっぷりの目が、わたしとあまねを舐めていく。ざらざらとした不快な視線に、嫌悪感がこみあげた。


「こいつらは異教徒だ、何をするのかわからないのに? それは少し軽率な行動ではないかな?」


「…………」


 日向がこちらの方を見、それから顔を伏せた。わたしたちの素性がしれないというのはまあわからなくもない。探偵と名乗っている少女は丈のあってないセーラー服を着ているし、もう一人はネカフェの店員である。どこへ出しても恥ずかしくない不審者だった。


「何をするのかわからないとは失礼なっ」抗議の声をあげたのはあまね。「どこからどう見ても探偵でしょうが!」


「…………その恰好でか?」


 流石の灰谷も、いきなり怒りを爆発させたあまねに困惑しているようであった。


「何か問題でも? そっちの格好の方が変だね。何その意味のわからない服は」


「これは私しか身に着けることのできない特別な服装で、一着百万円もする――」


「お金の話なんてどうでもいいの。その服には何の意味があるの? 見栄を張るためのものなの?」


「う、うぐぐぐ」


「――神様なんて、信じちゃいないんでしょ。あなたはお金のために宗教を利用しようとしている、そうでしょ?」


「金を儲けようとして何が悪い!」


「人をだましていなければ何の問題もなかったがね」

 静かに言ったあまねとは対照的に、灰谷はこぶしを震わせていた。怒りを我慢している。いや、こらえきれずに、握り締めたこぶしを自らのももに叩きつけた。


「黙れ黙れ黙れっ! 何も知らないくせに!」


「いや、そりゃああなたに会ったの今日がはじめてですし」


「お前たち! ここからただで出られると思うなよ!」


 灰谷は手を天井へと突き上げ、わたしたちの方へ振り下ろす。警備員たちがわたしたちへとにじり寄ってくる。


 わたしたちは、部屋の奥へ逃げる。


「ここってほかに出入り口とか」


「大広間といっても、神様と邂逅する場所とされているので、ほかに出入口は……」


「ですよねー」


 今のわたしたちは、袋小路へと追い込まれたネズミ。何をされるのかはわからないけど、ろくでもないことになりそうなのは間違いない。


「捕まったら洗脳されそうだねー」


「……よく平然と言えますね」


「ただの事実だからね」


 事実だからこそ怖いと思うんだけども、あまねはそうじゃないらしい。


 わたしとしては何とかしてこの窮地を乗り切りたいところ。絶対、洗脳なんてされたくないし、その結果として、この教団の一員となるなんて――神様を進行しなきゃいけないなんて、絶対にごめんだ。


 じりじりと近づいてくる警備員たちは、その手に警棒を構えている。こっちには、武器はない。卑怯だと叫びたくなるけども、叫んだって何か状況が変わるわけでもない。いざとなったら、剣道やってた友人の真似して、叫び散らそう。そうしたらビビってくれるかも。


「誰か戦える人います?」


「私無理」


「ぼくも運動音痴で……」


 わたししか戦えないらしい。見た目からわかっていたことだけども、これは大変だ……。


 取り囲んできているのは灰谷も含め、六人。全員が男で、一人を除いてわたしよりも体格がいい。柔道をかじっていたとはいえ、大の男を、それも集団相手に立ち回れるかと問われるとむずかしい。


 わたしたちは降り注ぐ光の方へ追い詰められていく。


「いいのかー神様の光ってやつに、私触れちゃうぞ」


「どうぞどうぞ。私は全然信じていないからな。お前も言ったろう、私はお金のために教祖になったのだから」


「うげっ開き直りやがった」


「どういう意味ですか」そう言ったのは、日向だった。「その口ぶり、教祖様になるために何かしたんですか」


「い、いやあ別に」


 灰谷は、ポケットからハンカチを取り出し、狭い額に浮かぶ汗を拭いている。明らかに動揺していた。


「なんで焦ってるんだろう」


「だって――」


 あまねは言いかけて、口を閉ざす。途中まで口にしたのなら最後まで言ってほしいけれど、警備員が迫ってくる。それどころではない。


 追い詰められたわたしたちは、光の中へ入るしかない。


 だけども。


 この光は神様とやらが生み出している光で、この光にあてられることで真実を知る。――もちろん、一ミリだって信じちゃいない。信じてはいないのだけども、神々しいものを感じているのもまた本当。中に入って、見上げたら、わたしのことを見下ろしているなにかがいるのではないか――そう思ってしまうほどの雰囲気があるのは確かだ。


 あまねは、最後まで灰谷に対して文句をぶつけていた。日向は迷いを振り切るようにアイマスクを地面へと叩きつけたかと思うと、光へと足を踏み入れようとしている。そして、わたしも光の中へ……。

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