超古代より来たりしもの

「あなたは」


 わたしの言葉は無視して、降矢さんは動かなくなったバケモノへと近づいていく。弛緩した体を転がし、仰向けにする。ぷすぷすと焦げ臭い煙が上がっていた。目は白くなっている。


 最後に一発、電撃をお見舞いする。閃光に目がくらむ。


「死んでいる」電撃を発生させた装置の一部を落としながら、降矢さんが言った。


 皮手袋をした手に握られたその装置は、水鉄砲みたいな形をしていた。床に転がったオレンジ色の物体なんか、水を入れておくタンクみたいだ。タンクとの接合部の先にはケーブルが幾重もあり、銃身とつながっている。銃身は長くはなく、その先端は避雷針のように細い。


 降矢さんは懐からタンクを取り出すと装置へ装填した。それから、くるりと背を向けて、外へ出ていこうとする。


 わたしやあまねには一瞥もくれず、季節的な足音を響かせ、その場を後にしようとしている。


「クリスタルキューブが、青柳さんを豹変させたの?」


 あまねがピンと伸びた背中へ質問を投げかけると、その足が止まった。


「だとしたら?」


「あなたは犠牲者を減らすために、時を越えて暗躍しているヒーローってところかな」


 降矢さんが振り返る。彼女の澄み渡った目が、あまねへと向けられる。


 銃を向けられるのではないかと思って、わたしはあまねに近づくけど、大丈夫とばかりにあまねは手を振った。


「撃つならいつでも撃てただろうから、殺す気はないと思うよ」


「でも」


「心配性だなあ」


 納得できなかったけど、あまねがそう言うならどうしようもない。わたしが止めたって聞いちゃくれないんだから。


 とにかく、何かあった際にはすぐ動けるようにはしておこう。……そんなわたしを見て、あまねがクスリと笑った。


「たぶん、あなたはクリスタルキューブが何かを知っていて、奪った。いやそもそも教え子となったのも、青柳教授に近づくためだったのかも」


 降矢さんがどこか遠くを見つめる。


「あれは、あってはならないものだ」


「どうして? ただの出土品でしょう」


 わたしの問いかけに、降矢さんが首を振った。「君たちは知らないだろうが、あれには力がある」


「精神を彼らの母星へ転送するのだ」


「母星へ……転送……」


「はあ? 何を言っているんですか」


「あれがやつらの戦術。意識を交換し、体を乗っ取る。同時にやつらの本星では尋問が行われ、情報収集を行う」


「信じられないけれど、教授が豹変したのはそのせいって考えるなら辻褄はあうね」


「知的生命体を乗っ取ったやつらが、ずっと乗っ取れるわけではない。意識転送装置は私たちのものと比べたらまだ未熟」


「その口ぶりだと、降矢さんは意識を転送できるみたいな口ぶりだが」


「可能だ」


「そんなことができるわけがない」


 わたしの言葉に、降矢さんの眉がわずかに上がった。


「試してみてもいい。――君」


 声をかけられたのは、あまねだった。


「私?」


「ああ。君の知性なら、わたしたちも有意義に利用できるだろう」


「あの、わたしは?」


 言ってみたけど無視された。まるで、わたしがバカみたいじゃないか。


「探偵という職業にも興味がある。私たちにその力を貸してもらえないだろうか?」


「――そうしたら、私は特別になってしまうかな?」


 特別、という部分を強調してあまねは言った。


 その言葉の意味を思案するかのように、降矢さんは腕を組む。


 長い沈黙があったのちに、


「私たちの母星へやってきた人間は、この降矢紫乃という人間を含めても数少ない。そういう意味では特別といえるかもしれないな」


「じゃあ、遠慮しておこうかな」


「それはどうして?」


「その電気銃といい意識転送装置とやらといい、あなたたちの科学技術はわたしたちのそれを凌駕しているみたいだから、興味はあるのだけど」


「それなら」


「だけどねえ、特別ってのはどうも苦手だから」


 苦笑いを浮かべて、あまねが言う。いつものへらへらした笑みだけど、どこか違う。諦めとか後悔にも似た感情。それを確かめようとする前に、霧散してしまった。


 ここ数か月一緒にいて、はじめて見た表情。いつも、ネカフェの奥に引きこもってる根暗なやつだと思ってたけど、実際は何か事情があるのかも。


 そのことに、降矢さんも気がついたのかもしれない。目を閉じ腕を組んで何やら考え込む。


 目がぱちりと開く。「それならばしょうがないな」


「ごめんなさいね」


「いや、別にいい。私は無理強いしないタイプなのだ。もっとも、同胞は無理やりにでも乗っ取るかもしれないがね」


「あはは……それならもう金輪際出会いたくないものです」


「私もそう願いたいよ」ちらりと青柳さんへ目線を向けて。「彼らは、君たち人間には余る存在だから」


「ほかにはいないですよね」


「おそらくは。もっとも、クリスタルキューブは確保した。彼らはじきに自滅する。意識を制御できるのは限られた時間だけなのだから」


「なるほど、だから血眼になって探していたというわけか」


 降矢さんは頷いた。それから、ほかに質問はないか、とわたしたちの方を見た。聞きたいことはなかった。


 いや、一つだけあった。


「あなたは一体……」


「今の私は降矢紫乃でしかない。それで十分ではないだろうか」


「そんな答えで――」


「助手くん」


 あまねが首を振った。聞くな、ということらしい。わたしは口を閉じることにした。


「それでは私はこれで」


 そう言って、降矢さんが部屋を出ていく。


 その直前で、立ち止まる。


「少し質問をいいか?」


「どうぞ」


「君の名前を教えてくれ」


「探偵の佐藤あまね、隣は助手の――」


「あまねはどうしてセーラー服を着てるのだ?」


「……へ?」


「君の肉体は二十を超えている。セーラー服というのはティーンエージャーが身にまとうものだと記憶しているのだが」


 ぴゅーっと乾燥した風が吹いたような気がした。沈黙が重くのしかかってくるような錯覚に囚われる。


「え!? あまねって大人なのっ!?」


「ななななっ」その声はひどく震えている。「そんなバカなことがあるわけ」


「いや、私の目はごまかせないぞ。もしかして私の知らないことがあるのだろうか。ならばぜひ教えてほしい――」


「もう知らない!」


 あまねの声が部屋に響いた。




 翌日、わたしはあまねに呼びつけられた。


 個室の中に入ると、待ってましたとばかりにあまねが出迎える。


「アイスクリーム持ってきてくれた?」


「…………」


「バニラじゃないとアイスとは認められないよ」


「昨日のこと教えてください」


 わたしは机にアイスクリームの乗った皿とスプーンを置いて、あまねの隣に座る。


「別に昨日言ったことがすべてだよ」


「どっちの話かわかってますか」


 スプーンでアイスをすくおうとしていたあまねの手が止まる。パチパチと長いまつげが動く。わかっていないみたいだ。


「別に、あまねさんがセーラー服を着ててもどうでもいいっていうか」


「あーあー聞こえない聞こえない」


「……降矢さんが言ってたことって本当なんですか」


「どうだろうね。嘘つく理由は思いつかないが」


「だけど、信じられないです」


「私もだよ」あまねが肩をすくめた。「だが、青柳教授が豹変したのは事実で、助手くんは襲われた」


 頭の中に昨日の一連のことがよぎる。理性を失った一匹の獣の眼光を思い出すだけで、体が震えてくる。


「助手くんがいなかったらと考えると、恐ろしいね」


 ありがとう。


 そう言って、あまねが頭を下げた。


「どういう風の吹き回しですか」


「いやあ、命を助けてもらったら、私だって感謝しますとも」


「なにせ大人ですもんね?」


「ばばばばっバカいえっ私が大人に見える?」


「正直大人がそんな恰好してたら痛々しくて見てられませんから、大人ではないことを祈るばかりです」


「……辛辣だあ」


「でも、宇宙人がどこかにいるってことですよね」


 モニターには宇宙の壁紙が表示されている。横から見た天の川銀河らしい。このどこかに、宇宙人がいるのだろうか。


 意識を交換し、意のままにわたしたちになり替わろうとする存在が……。


「まあ宇宙なんてすごく広いから、宇宙人なんてごまんといるだろうさ」


「あの人が言ってたように、二度と会わなければいいのですけども」


「同感。あんな電撃銃の標的になんてなりたくないしね」


 うんうんと頷きながら、あまねがアイスを食べる。その姿はやっぱり大人のようには見えない。


 ――どうして紫乃さんは、あまねを気に入ったのだろう。


 わたしではないのはどうしてなのか。


 もやもやとしたものが胸の中でわだかまっているものが何かを考えていたら、扉が、ノックもなしに勢いよく開いた。


 わたしとあまねは揃って扉の方を見た。そこにいる人物を見て、あまねの手からスプーンが滑り落ちた。


 カーンと甲高い音が鳴り響いたが、意に介することなく、紫乃さんが入ってくる。


「あまねに相談したいことがある」


 あまねはぽかんと口を開いていたが、すぐに表情を引き締めて、


「今日はどのような相談でしょうか」


 探偵らしくそう言った。

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