普通の部屋

ニッケルとリチウム

普通の部屋

大学3年の夏休みに友人二人と私の家で夜中まで駄弁っていた所、話の流れで肝試しをすることになりました。

といっても近くに心霊スポットなどがあるわけではなかったので、何かそれらしい所に行って雰囲気だけでも楽しもうといったそんな軽いノリで。


すると友人の一人(A)が「丁度いい所知ってるよ」と話し始めました。

Aは大学から二駅ほど離れた所で一人暮らしをしていましたが、交通費節約の為に自転車通学でした。

なんでもその通学路の途中、住宅街から外れた路地を抜けた所に今にも崩れそうな廃墟が一軒ポツンと建っている、と。


「立入禁止の看板が置いてあるだけだったからどっかから入れねえかな」

との話に自分ともう一人の友人(B)も

「よし行くだけ行ってみよう。」と少しだけワクワクしながら私の運転でその廃墟へ向かいました。


車を20分ほど走らせると、ライトで照らされている範囲だけでも「ああこれのことだな」と分かる程の、ボロボロの2階建ての家が見えてきました。

「この時間に見ると雰囲気あるな」などと言い合いながら適当に車を停め、歩いて近くまで行って見てみるとそれはもう酷い状態でした。

外壁はひび割れが多く、中の木材が剥き出しになっているか、ヤンチャな輩が描いたような落書き塗れ。

見える窓も大体割れており、庭らしきスペースは雑草が生い茂っているなど、もう後は倒壊するだけのような状態で、話の通りに敷地前に置いてあった立入禁止の看板の方がまだ綺麗な程でした。


「何か曰くとかないの?前の住人が死んでるとか」

「いやあどうだろう、聞いたことねえけど。」

「てか築何年よ。朽ち果て過ぎだろ。」


口々に言いながら敷地内を一通り見て周り、入口前でさてどうしようかといった空気が流れたのも一瞬、Bが徐ろに家のドアに手を掛けました。

私達二人が何か言う前にBが扉をそのまま手前に引くと


ガチャッ


と、何事もなくドアが開きました。


「…俺開かないと思ってたんだけど。」


「…おいおいホームレスとかいねえよな。」


3人で中を覗きましたが真っ暗で何も見えません。

Aが恐る恐るスマホのライトで中を照らすと、見える場所だけでも相当荒れているのが確認でき、

流石にこんな状態ではホームレスも住まないだろうと慎重に家の中へ入っていきました


埃は至る所に目に見える程積もっており、所々床板が腐っているのか穴が空いている等、外観と同じくらい内装も酷い有様でした。


「ここリビングか。何か広い気がする。」

「これ多分キッチンだな、シンクみたいなのあるわ。」

「じゃあこっちは…これ畳か。和室だわ。」


そんな会話をする位、もうどこがどの部屋か分からない程にボロボロの状態。

テーブル等の辛うじて残っているものも、自分達以外に中に入った者の悪戯なのか、どれもこれも壊れていたり、傷だらけでした。


「もうここまで来たんだから2階も見るか」と、踏み抜かないように階段を登っていくと2階には扉が3つ。

手前から順番に見て回りましたが、それぞれ大きいベッドがあるから恐らく寝室だった部屋、大量のダンボールで溢れ返ってる納戸のような部屋等、荒れ具合は1階と然程変わりません。


階段を上って真正面から見える部屋が最後に残りました。もう飽きてきたしここを見たら帰ろうかと話をしながら扉を開けると、





そこは子供部屋でした。





他の部屋、というか家の中全部どこがどこだか分からないような状態なのに。

漫画が並んだ本棚、ランドセルの置いてある勉強机、星柄のカーテン。

そこだけは、はっきりと『子供部屋』でした。




普通の部屋の筈なのに、この家の中に埃の匂いもしない『普通の部屋』があることが無性に怖くなりました。

その場にいる3人共咄嗟には声が出ず、ようやく私が「…とりあえず車戻るか。」と絞り出した言葉に他の二人も「そうだな。」「うん。」と短く返し、3人で1階に降りようとすると




「いつ帰ってきても良いようにしてるんです」




後ろからなんの抑揚もない女の声が聴こえて。




3人共転がり落ちるように玄関まで駆け下りました。

そのまま走って車に乗り込みその場を後にし、その夜は近所のコンビニの駐車場で男3人、震えながら朝を待ちました。




それから夏休みが明けて、

3人の中でなんとなくあの日の話はしないという空気が流れていましたが、ある時Aが大学で突然


「前に行ったあの家さ。」


という語り口で話し始めました。

何でも通学途中によく挨拶をする、あの家の近くに住むお婆さんに何となく、あの家の元の住人について尋ねたそうです。




「ああ、あの家ねぇ。」




「ずっと夫婦2人で暮らしてたのに、いきなりいなくなっちゃってねえ。どうしちゃったのかしらねえ。」


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