19話

「そりゃまあ、こっぴどく振られたなぁ、くく……!」


「笑うとこじゃないよ、先生……」


 そう苦言を呈するも、肝心の先生はそんな俺の指摘などどこ吹く風と言うように、その笑い声はとどまるところを知らない。


 日曜日に宣言していた通り、先生は一週間ぶっ通しで最終面接を受け続けているようで、午前中にそれが終了した今日は、昼飯がてらにたまたま大学に立ち寄ったそうだ。


 そこで見るからに不自然な状況の俺を不思議に思い、声をかけてくれたというのが事のいきさつらしい。


 だが、一方の俺はそれは好都合とばかりに、これに至るまでのあらましを先生に話した。瀬名との出会い、そして別れに加え、その原因となった自らの不甲斐なさ、身勝手さも余すことなく、その全てを俺は先生に伝えた。


 そこには、一人ふさぎ込んでいるこの状況で誰かに話を聞いてもらいたいという本音ももちろんあったが、一番は自らの犯した過ちを、たとえ瀬名本人でなくとも、せめて他の誰かに裁いてもらいたかったというのが大きかった。


 だが、俺の話が終わるとすぐ、先生はそんな傷心の俺のことなどお構いなしに、その間抑え込んでいた笑いを一斉に口の中から吐き出した。


 その笑いは今なお止まることはなく、食堂には愉快な笑い声が響き渡っている。


「いやぁ、あまりにも面白くて……にしても、龍気体がそこまで影響力を増してるとはねぇ……四年生になると授業がほとんど無いからさ、あたし初耳だよ」


「それを日曜日に言ってくれたら、早々に諦められてたんだけどね……」


「まさか英路がここまでやるとは思ってなかったからさ。前は見るも無残な計画書だったのに、こんなに新調してるとは……まさに恋は盲目みたいなもんか?」


「やっぱり、だからあの時何も言わなかったんだ……」


 そんな言葉を受けて、俺はようやく、あの日の先生の態度に合点が行った。


 いつもは口酸っぱくあれやこれやと指示を出す先生が、ことさら計画書に限って何も言ってこなかったことに少々の疑問を感じていたのだが、まさか批判しようもないほどの出来(悪い意味)だったとは。


 それとなくやめるよう促していたのも妙に納得だ。どうせなら、そこで息の根を止めてもらっていれば、現在の惨状にはつながらなかったのではと後悔の念さえ抱く。


 ただ、俺の説明を受けて一連の出来事を理解したのだろうか、先生は件の内容について自分なりの見解を述べ始めた。


「ま、お前の自分勝手なんて別に今に始まったもんでもないだろ? 大学受験の時だって、いくら言っても虎徹大しか受けないって駄々こねてたんだからさ。まったく、何度八神ママに泣きつかれたことか……」


「そうだったんだ……だから先生……」


「そう、あたしと八神ママで勝手に出願届を書いて、練習と称してお前に受験させた。それが果たして良かったのか、悪かったのかは別としてな」


 初めて知るその事実に、俺は多少の驚きを感じるものの、そこには決して悪い感情は生まれなかった。


 二人とも、俺を思っての行動だ。たとえそれが俺の許可なしで行ったとしても、善意から生まれた結果なら、そこに不満は全くない。


 ただ、先生はそんな過去のことを持ち出して、俺の自分勝手について分析を始める。


「でも、それを肯定するわけじゃないけど、あたしは別に自分勝手でも良いと思うんだよ。身勝手ってのは確かに悪いことかもしれないけど、一生懸命って言うお前の長所でもあるんだからさ」


「俺の、長所……?」


「だって、あたし達の好きな特撮ヒーローだって、極論言えば、皆自分勝手だろ?」


 俺の紛れもない欠点をむしろ長所だと判断する先生は、まるで常識を話すかのように言う。


「助けたくもないのに助けるならまだしも、ヒーローってのは基本、自分が助けたいから助けてるわけだろ? そこには決まって、助けたいって欲望、つまり身勝手さがあるもんだからな」


「確かに、否定はしないけど……」


 先生のそんな論理に、俺も思わず頷きを見せる。


「所詮、ヒーローなんてものはどこまで行っても偽善からは逃れられないよ。自分の正義を絶対だと妄信している独善的な連中。けど、それが悪いことじゃないってのはお前が一番よく分かってるはずだ。だから……」


 そう言うと、先生は一呼吸の間に、話を本題へと移しに行った。


「だから、問題は別。あたしがお前に言いたいのは、もっと別のところだ」


 そう発した言葉は、それまで先生の論調とは異なる、強い語気だった。


 そう、それは、今までの語りすべてがあたかも、これからのための前提に過ぎないとまで感じさせるほどに。


「お前、なんでその子を追いかけなかった?」

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