第5章 『ヒーローの条件』(主人公サイド) 

18話

 三時限目の開始を知らせるチャイムが鳴って、はや数十分。


 それまで盛況だった食堂にはものの数人ほどの学生の姿しかなく、時折その食器を運ぶ音や談笑が聞こえてくるのみだ。


 しかし、食堂の隅で一人縮こまったように座る今の俺には、まるでその音を聞き取ることができなかった。


 俺の頭の中では先ほどの龍気体との抗争が繰り返し再生され続けている。それと同時に自らの行き過ぎた行動とその傲慢さに耐え兼ねてもいた。


「最低だ、俺って……」


 席を立つ。そんな当たり前の動作さえも今の俺にはおこがましいと思えるほどに、俺は先の自分の行動、及び言動をただひたすらに後悔していた。


 時間が経って、頭が冷静さを取り戻して行くうちに、先ほどの瀬名の行動の真意をようやく理解できるようになったのだ。


 彼女は俺を摘発しようとする龍気体から、俺をかばおうとしていたのだろう。


 そうして、彼らの注意を引き付けようと、自らの身を犠牲にしてあの場をおさめてくれたというのが真実に違いない。現に、摘発寸前だった俺はそれを見事回避できている。


 たとえ、瀬名が龍気体であっても、内部生であったとしても、俺をかばおうとしていたという事実に嘘偽りはなかった。


 それなのに、瀬名が己の身を犠牲にしてまで俺を助けてくれたというのに、俺はそんな彼女の奮闘を気にもかけず、ただ自分の夢の実現のことしか考えていなかった。


 むしろ裏切られたとまで錯覚し、瀬名にひどい言葉をかけてしまったのだ。


 いや、裏切られたというより、俺自身が敢えて思考放棄していただけだ。夢の実現の妨げになると思い、それとない根拠をしっかり考えることなかったツケが回ってきただけ。


 だが、思い返せば、今までの行動すべてが俺の自分勝手の産物だったと言えよう。


 一度断られたというのに、しつこく瀬名に勧誘を持ち掛け、挙句には瀬名のことをあくまで自分の夢の実現に必要な一つのパーツとして利用しようとしていたに過ぎなかった。


 最後にはそうやって親身に話を聞いてくれた瀬名に、恩を仇で返すような真似さえしてしまったというのだから。


 何はともあれ、これで俺の夢もついに終焉を迎えてしまった。仏の顔も三度までと言う。成長する中でヒーローの夢をなくし、大学受験で再び叶えられず、三度目にしてようやくその夢は幻想へと堕ちていった。


 古今東西を探しても、三度もやられて復活するヒーローは前代未聞だ。それはあり得ないを通り越して、むしろうっとうしい。


 ただ、心残りが無いと言えば嘘になる。


 できることなら、彼女にもう一度会いたい。これまで俺に付き合ってくれたことへの感謝を伝えるとともに、別れ際、彼女についてしまった悪態をどうしても謝りたかった。


 だが、そう自責の念に苛まれることさえ、俺の単なる自己満足であることに変わりは無かった。このまま別れるのはスッキリしないという俺の欲望。瀬名に対する罪悪感を軽減させたいという自分本位の感情だ。


 そんな俺に、瀬名に会う資格なんてあるはずがない。


 俺にできる唯一のこととしては、これ以上無為な干渉をすることなく、瀬名がかばってくれたこの機会を無駄しないこと。


 そう思って今後は慎ましい大学生活を送ろうと考えていたのだが、うなだれたままの俺の席に向かって、かつかつと足音が聞こえてくる。


 それも、他の席ならいくらでも空いているというのに、わざわざ俺が座っている食堂の隅に歩いてきていた。


 もしや瀬名か、そう思って久方ぶりに顔を上げると、俺の視界には思いもよらない人物の姿が映ってきた。


 その人物はテーブルの上に散らばった紙切れを不思議そうに見つめながら、俺に向かってこう言った。


「一体全体、こんなところで何してんだよ、英路?」


「……先生……!」


 顔を上げた視線の先には、いかにも就活帰りと言うようなスーツを着こんだ、先生こと八宮ちおの姿がそこにはあった。

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