17話

 近くで見るその姿は、肩に掛かっている漆黒の学ランも重なって、強い威圧感を感じさせる。


 そんな彼らは俺の怪しげな登場の仕方然り、手に持つ不審物から俺を完全にマークしているようで、まるで全身を嘗め回すかのように俺を眺めている。


 そんな俺の予想はすぐに的中した。


「おい、番号を確認しろ」


「はいはい、お! また、外部生だ‼ 今日は豊作だなぁ……」


 先ほどの外部生同様に、顔写真からキャンパスに登録された俺の個人情報が次々と暴露されていく。


「八神英路、文学部の一年生、これといって部活にもサークルにも所属してない、ただの外部生ってとこですねー」


「他のことはどうでもいい。外部生であることさえ、分かればな」


 まるで外部生という事実にしか興味がなさそうに、そうつぶやく。


「で? こいつは何なんだ?」


 そうして、俺が腕に抱えていたマスクと計画書を無造作に取り上げてきた。


「ちょ、返せよ‼」


 取り返そうと手を伸ばすも、いつの間にか背後に来ていたもう一人の龍気体員に後ろを取り押さえられる。抵抗しようにも身動きができない。


 その間に、目の前の龍気員によって俺の計画書が暴かれていく。後ろで俺を拘束している龍気体員にも分かるように、そのあらましが明らかにされていった。


「こいつは、龍法も馬鹿にされたもんだ! この外部生、大学生の癖に特撮ヒーロー作ろうとするなんて正気か⁉ まだ卒業できてないとか、子どもかよ⁉」


「うわぁ……ここまで凝ってるってことは、完全にオタク確定でしょ。とっとと摘発しちゃいましょうよ」


「てめえら、馬鹿にしやがってぇ……‼」


 自分よりも、特撮が馬鹿にされたことに怒りがこみあげてくる。それなのに何もできない自分への苛立ちが一向に止まらない。


 そんな俺を嘲笑うかのように、彼らは言った。


「良いなぁ、その表情。もっと手間取らせたいところなんだが、あいにく人探しの要件があってな。悪いが、すぐにでも摘発させてもらうぞ?」


「そうそう、伝統と気品の維持のために、ね?」


 そう言って、身動きできない俺にスマホをかざしてきたそのとき、どこからともなく彼女が言葉を発した。


「やめなさい」


 いつの間にテーブルの下から出ていたのか、瀬名は龍気体の二人に向かって、そう言い放つ。


 そんな彼女を目にした彼らは、それまでの横柄な態度を一変させ、突如として動揺の色を見せた。


「報告通りだ……間違いない、瀬名小英ですよ……」


「マジか……本当にいやがった……」


 流石は首席の地位を我が物にしている外部生の星だ。内部生にもこうしてつてがあるのか、危機を見越して俺を助けてくれたらしい。


 途端に力が緩んだ隙をついて、俺は拘束から逃げ出せた。


「助かった。あと少しで最悪の事態になるとこだったかもしれなかったからな……」


「最悪なのは、むしろこれからかも……その前に、私は君に言わなくちゃいけないことが……」


 深刻な顔をしながら、瀬名はそんな不可解な言葉を告げる。 


 しかし、そのすべてを言い終える前に 龍気体がすぐに行動を再開した。


「自治会へ、こちら食堂。瀬名小英を見つけました‼ 至急、学生代表に連絡を‼」


 誰かに電話をつなげているようだ。しかし、その通話は龍気体の動揺をさらに加速させてしまったらしい。


「え⁉ こっちに向かってる⁉ 代表ご自身が⁉」


 しどろもどろな口調でそう驚嘆の声が上がると、その直後、奥で勢いよくドアが開く音が聞こえた。


 それは先ほど龍気体二人が登場したときに感じた雰囲気とはまるで違う、それとは決して比較にならないほどの圧を感じさせる。


 軽快な足取りでこちらに向かってくる一方で、その一歩一歩が近づくにつれてどんどん空気が重くなる。


 そうして、顔をはっきり確認するまでもなく、俺はそのプレッシャーの正体を理解した。


 学ランとはまた違った、バンカラ風の袴の上に、漆黒の外套を羽織っているその姿は、いかにも龍法の校風である伝統と気品の体現と言っても過言では無い。


 これが龍気体の元締めにして、龍法大学学生代表の姿。その名を、


「神代慶賀……」


 睨むような目つきで瀬名はそう言った。だが、学生代表は俺達ではなく、目の前の龍気体二人の方へと真っ先に向かう。


「君たちの報告があんまりにも遅いから、俺自らが来ちゃったよ~」


 ニコニコと笑いながらそう告白した。一方の龍気体の二人はその笑顔の裏にあるものを知っているのか、終始浮かない表情を貫いている。


「も、申し訳ありません……」


「摘発の対象者が二人もいて、それに手こずってしまって……」


「言い訳?」


 途端に発された代表の強い言葉に、彼らの言い分は止まる。


 されど、それで代表の追及が終わることはなかった。


「やっぱり、君にはまだ幹部は早かったかな。とりあえず、それは没収だね」


「え……? でも、まだ……」


 片方しか着ていなかったことも然り、どうやら学ランを着用できるのは選ばれた精鋭のみのようだ。それも、その権利を手に入れるのは中々大変なようで、手放すのが惜しいと見える。


 だが、そう言って渡すのを渋る龍気体員に、学生代表の語調はさらに強まった。


「とっとと脱げよ」


 放たれたドスの利いた声はそれだけで威圧感を周囲に撒き散らし、その言葉の裏には、内に秘めたる感情がひしひしと感じられた。


 それを受けてか、先ほどまでの横暴さはどこへやら、言われたとおりに学ランを脱ぎ、やすやすと代表に献上してしまう。


「そうそう、また一から頑張ってねー」


 そう言うと、まるで既に用済みとでも言うように代表は彼から目線を外した。


 そうしてあからさまに態度を変えて、瀬名の方へと視線を送る。


「いやぁ~、ようやく見つけたよ、小英。あれ以来、どこ探しても見つからなかったから…… 本当、心配したんだよ~」


「私がわざと避けてることくらい、分かってるでしょ……! 今更何の用なのよ……」


 調子の良い代表の言葉とは正反対に、瀬名の方はどこか敵意のようなものを感じる。


 二人が何を話してるかはさっぱりだが、それでも瀬名と代表がただならない関係であることは理解できた。


「それは小英自身が、一番わかってるはずだろ?」


「くっ……」


 核心を突かれたのか、瀬名は途端に口詰まる。そうして黙ったままの彼女を代表は見逃さなかった。


「ま、それも含めてしっかりと話し合いたいんだけど…… 立ち話しも何だし、場所を移した方が良さそうかな? とりあえず、自治会室まで……」


 そう言いながら、学生代表は強引に瀬名の手を取ろうとする。


 だが、とっさに反応した俺の手がそれをつかんだ。


「あー……悪いけど、先約があるんだよね……俺との」


 一瞬の気の迷いで起こしてしまったこの行動が、どれほど恐れ多いものかは周りの人間の顔色を見れば、すぐに実感できた。皆そろって青い顔をしている。


 ついさっき、ああまで龍気体の恐ろしさを実感した手前、自分でもどうしてそんな行動に出たのかはわからない。


 瀬名を守ろうとした俺の意思か、それとも今まで俺への無視を続けてきた代表への苛立ちだったのか、今となってはその二択を考えるのは無意味だ。


 だが、その行為でようやく、代表は俺に興味を示したようで、不思議そうに俺を見つめてきた。


「君は……あぁ、外部生か……」


「え、なんで外部生って……」


「見れば分かるよ。なんだって俺がこんな大学に、外部生は決まってそんな顔してるからね」


「否定はしないけど……」


 すべてを見透かされているかのような代表の言葉にどうも気分が狂う俺だったが、一方の代表は俺にズカズカと質問を繰り出してくる。


「で、先約ってことは、君は小英に何か用でもあるの?」


「要件も何も、俺は瀬名に、あっ……」


 それを言い切る前に、俺の口が詰まった。たとえ龍気体と何かのつてがあるとはいえ、瀬名を俺の摘発に巻き込ませるわけにはいかない。


 そう思ってとっさに口を紡いだのだが、そんな俺の考えを見据えたのか、学生代表は近くの龍気体員にその理由を尋ねる。


「ふむ、だんまりか……彼の摘発理由は?」


「ええと……この計画書が気品に合わないかと……」


 そう言って計画書が代表の手に渡ると、それを読みながら代表は、


「特撮ねぇ……なるほど、そういうことか……」


 そんなことを言いながら、妙に納得したような頷きを見せた。そうして、計画書をテーブルに投げ捨てると、一つの結論にたどり着く。


「状況から察するに、君は小英がこの計画に協力してくれると思って、勧誘していたってとこかな?」


「……」


 代表の完璧なまでの推理には感服するほかない。だが、たとえそれが図星であると分かっても、俺はあくまで口を割らない姿勢を貫いた。


 しかし、そんな俺の無言を肯定と判断したのか、代表は突如として、


「ははははは‼」


 と耳を突くような甲高い声を出して笑い始めた。俺にはそれが奇妙に思えて仕方がない。


「何がおかしいんだよ……」


「いやいや、小英が特撮ヒーローを好きなんて冗談、本気で信じてるなんておかしくてさ……」


 理解できないことを口ずさむ代表に俺の苛立ちは加速した。


 しかし、続けて発された俺の言葉が、瀬名に関する衝撃的な事実を明らかにしてしまう。


「は? だから、何言ってんだって……」


「何言ってんのはこっちのセリフだよ‼ 小英は幼稚舎からの純内部生で、さらには龍気体の元副代表なんだぞ⁉ そんな彼女がヒーローを好きなんて、悪い冗談にもほどがある‼」 


 不意に明かされたそんな事実に、数秒間俺の思考は止まった。


 そうして、まるで再起動するかのように機能を取り戻した頭で俺は現実と対面する。


 だがどう考えても、オタばれを危惧し、龍気体をああまで嫌っている素振りを見せた瀬名が内部生、さらには龍気体である道理が理解できない。


 そんな俺の胸中を代弁するかのように、口が勝手に動く。


「でも、だって瀬名は法学部だし……それに、首席合格だって……」


「あぁ、確かに。そう考えれば、誤解することもあるのか……ま、それは君たち外部生の偏見だよ。外部生は内部生より頭が良い、そんな愚行ともいえる価値観の、ね」


 そう言って、それとなく外部生を煽りながら、代表はその詳細を明らかにしていく。


「簡単な話、小英はエスカレーター式の進学を蹴って、一般入試を受験した上で首席の地位を手に入れただけさ。俺の計画の一環としてね」


「うそ、だろ……」


 自分では想像つかない可能性に驚くとともに、だが同時に妙な納得もあった。


 思い返せば、その節はいくらでもあった。実家が裕福だったり、昔なじみの友達がいたり、やけに龍法の内部事情に精通していたり等々、今思えば瀬名には外部生と言うより、内部生の特徴の方が圧倒的に多かった。


 そんなヒントともいえるそれらを見抜けなかった。いや、敢えて見抜かなかった俺に、代表の追及は止まることはない。


「というか、由緒正しい内部生をたかだか一般家庭の外部生と見間違われていたことに、俺はショックを隠せないよ。馬鹿にするのも大概にしてくれ……と言いたいところだが、ヒーローを本気にするほど、頭が幼少期から成長してないならそれも仕方ないのか……」


 まるで、外部生を目の敵にしているかのように、その批判は続く。


「この年になって、まだヒーロー追い続けてるっていうのも笑わせる。特撮ヒーローはテレビの中の世迷言、そう親に教わらなかったのか? あぁ、外部生なら親も親か……」


「てめぇ、いい加減に……‼」


 代表の遠慮ない物言いに我慢が効かなくなった俺は、立て続けに明かされた様々な事実に混乱していることも相まったのか、怒りに身を任せて代表につかみかかろうとした。


 だが、それを実行する前に、瀬名が沈黙を破る。


「もういいから‼」


 突然の瀬名の叫びに俺たちのやりとりは止まった。その傍らで、瀬名がその口を開いていく。


「私が目的なんだったら、八神君は関係ないでしょ……早く、行くとこ行きましょう」


 一瞬驚いたかのように目を丸くした代表だったが、すぐに瀬名の意見に賛同の意を見せた。


「ま、小英がそう言うなら仕方ない。君の頼みを無下にはできないからね」


 そう言って、他の龍気体員にも引き上げるかのようなサインを出す。それに応じた二人の龍気体員も即座にその場を後にしようと行動を共にした。


 瀬名もそれに応じるかのように、荷物をまとめて代表の後を追う。


「代表、彼の摘発は……?」


「そうだね~ 取りえず放っておいていいよ。今はまだ、ね……」


 途中、代表と龍気体員とのそんな会話が聞こえたものの、それで安堵できるほど俺の心は穏やかではなかった。


 食堂から出ていこうとする彼ら、いや彼女に向かって俺は声を絞り出す。


「待てよ……」


 しかし、俺の口から出たのはまるでつぶやきのようなかすれ声だった。小さすぎて聞こえていないのか、誰もこちらを振り返ろうとしない。


 俺は出せる力すべてを振り絞って、声を荒げた。


「待てよ、瀬名‼」


 流石の俺の怒号に、ようやくこちらを振り向いた瀬名に向かって、俺は吐き捨てるように言った。


「何でだんまりなんだよ……あんなに馬鹿にされてるのに、お前は悔しくないのかよ‼」


 混乱した俺の頭では今の状況において、何が本当で何が嘘か、それさえも判別できていない。


 しかし、その何よりも確かなこととして、瀬名に裏切られたという強い感情が俺の心を深くえぐっていた。


「騙してたのかよ……特撮を、俺をおちょくって、馬鹿にしてたのかよ‼」


 複雑に絡み合う感情の中、形容しがたい思いを口にする。悔しさの余り、俺は瀬名の顔さえ見ることができていない。


 唇を噛みながら終始うつむいたままの俺に、瀬名は答えた。


「どうせ、君には分からないよ……私の、私が抱えてるものの重みなんて……」


 弱弱しい、消え入るような瀬名の言葉を受けて、ふと彼女の顔を見る。


 その顔は俺にも負けるとも劣らない苦渋に満ちた表情で、それを目にした俺はようやく正気を取り戻した。


 しかし、時すでに遅く、再び彼女の方へ目をやった時、そこに瀬名の姿はもうなかった。


 俺は一人取り残されたこの場で、茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

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