20話
「……」
先生の問いかけに、俺の表情は曇る。
追いかけなかった、いや、瀬名は追いかけられなかった理由は確かにあるものの、先生の圧に押された俺はとっさに言葉を出すことができなかった。
「言っとくけど、その首席の子が女だからってわけじゃないぞ。今更、女の子は丁重に扱えなんて言うつもり、更々無いからな」
そんな前置きをつけて、先生は続けた。
「あたしが言いたいのは、お前が中途半端にその子に介入しておいて、そのままにしてるってことだ。話聞いた限り、首席の子が積極的に龍気体に付いていったわけでもなさそうだしな」
そう言うと、先生は自分の頭をかきながら、何かを思い出すようにして俺に問いかける。
「忘れちゃったかな~。あたし、お前に何度か言ったことあるだろ? 何かに口を挟むんなら、最後まで面倒見ろ、ってさ」
その言葉で、いつぞやの記憶がハッと呼び起こされた。
確かそれは、俺が脚本の甘さや俳優の演技等で特撮作品を批判する際に、常々先生が俺にかけていた言葉だ。
その時、先生は俺の言ったことに肯定する訳でも、否定するわけでもなく、いつも決まってこう言っていた。
『じゃあ、お前ならどうする?』
自分ではそれ以上のものを作る確証もないのに、むやみやたらに批判をするな。
干渉するなら最後までその責任を取れ、それが先生の口癖だった。
その言葉を思い出した俺は、先生の言いたいことを何となく理解していく。
しかし、それを飲み込むことは、今の俺にはあまりにも難しかった。
「助けに行ったけど断られたから帰りました、なんてヒーローがいるわけないだろ。もしいたとして、誰が憧れる? あんなにヒーローになりたいって言ってたのに、こうもおせっかいが欠けてちゃあ、お前は一生ヒーローになんてなれないよ」
呆れたようにそう突き放す先生の正論は、確かに否定しようもない事実で、俺もそれを認めざるを得なかった。
今の俺は憧れていたヒーローとはまるで正反対の位置に立っている。何も成し遂げられず、何をするにも中途半端なこの姿を、誰がヒーローと呼べようか。
だが、たとえ理解できたとしても、それを認めるしかないとしても、俺はそれに納得することはついぞできなかった。
「分かってる、分かってるんだよ、そんなの‼」
これでもかと言うほどに正論を振りかざす先生にたまらなくなった俺は、思いのままにこぼれ出た反論を先生にぶちかます。
「勝手にその気になって、勝手に終わらせた‼」
耐え切れずあふれ出た思いの丈は、盛大に先生へとぶつかる。
「瀬名の事情なんかろくに気にもかけないで、ヒーローの本質すら分かってないのに、ただ憧れたからってヒーローになろうとした。そんなこと、嫌って言うほど分かってんだよ‼」
ヒーローはなろうとした時点で失格。そんな特撮ヒーローの名言さえ忘れるほどに、俺は盲目だった。
相手のことを気に欠けず、いや敢えて見ないふりをしていた。自分の都合しか気にかけないで、自分の見たいとこしか見ていなかった。
あふれ出た感情は、瞳からも漏れ出し、傍から見た俺の姿は泣きじゃくってる子どもそのものだろう。
「けど、だからこそ、もう俺のわがままに彼女を付き合わせるわけにはいかない……‼ 自分のことしか考えられない馬鹿が、その身を犠牲にしてまで俺を助けようとしてくれた瀬名に会う資格なんて、俺にはもう……」
「違うな」
「……え?」
不意に言葉を遮られたことに驚く俺を差し置いて、先生はそのまま核心を突く一言を放った。
「違う、違うよ、英路。お前は逃げてるだけだ。もう一度、夢が潰えることの恐怖から」
「っ……‼」
反論しようと口を動かすも、俺の口からは一切の言葉が出てこない。
だが、それもそのはずだった。数秒の後、俺はその言葉が完全なる図星であることに気付いてしまったのだから。
「正直言って、お前の気持ちは痛いほど分かるよ。虎徹大にも落ちて、入学した龍法には元より特撮サークルは無くて、挙句ようやく見つけた唯一の特オタとも袂を分けたんだ。三度も挫折が続いて、辛くないはずがない」
そう同情の意をくむ先生の顔は、まさに苦悶というべき表情そのものだった。見ているだけの俺さえも共感してしまうほどに。
思えば、俺の挫折をずっと近くで見ていたのはいつも先生だった。虎徹大に落ちた時も、龍法大では夢を叶えられないと知った時も、そして、今も。
そんな先生だから、責任感の強い先生だから、きっと俺を虎徹に受からせられなかったことに強い悔恨を抱いているのだろう。先ほど、先生が俺に伝えてくれたことは、そんな自分自身への戒めなのかもしれない。
だから先生は自分なりの贖罪の形として、虎徹大に受からせられなかった俺への筋を立てようとしてくれている。
そんな愛情の裏返しともいえる形で、先生は俺に奮起を促す。
「けど、だからって、見たくないものから目を背けるのはもうやめろ。お前が憧れたヒーローは、負けたら最後、もう立ち上がらないのか⁉」
俺がぶつけた感情と同じくらいの勢いで、先生もありったけの思いを俺にぶつけて来る。
そうしてついに、その核心ともいえる部分に切り込んだ。
「思い出せ‼ お前がヒーローに憧れた、その理由は一体何だったんだ‼」
「俺が……憧れた理由……⁉」
その言葉で、俺はようやく自分に欠けていたものが何だったのかをおぼろげながらも理解した。
つまるところ、俺には覚悟が足りなかったのだ。
虎徹大に落ちた時もそうだった。本当にヒーローになりたいと思うのなら、浪人して再受験するなり、ダメ元で俳優を目指すなり、その方法は多様だったはず。
けど、俺はそれらから逃げていた。もう一年受験勉強するのは辛いし、芸能事務所に履歴書を送ったところではじかれるのは目に見えている。
そうやって再び夢が打ち砕かれることを忌避した俺は、それらに蓋をし、現実から、いや夢から逃げていた。
中途半端よりもっとひどい。俺は最初からヒーローに対して、どこか諦観を持っていたのだ。
そんなもの、俺の憧れたヒーローではない。
だって、俺がなりたかったヒーローは、
「俺の憧れたヒーローは……」
たとえ偽善だと罵られようと、助けなど要らないと突き放されようと、
「何度打ちのめされても、その都度立ち上がり……」
一生懸命なほどに独善的で、
「自分勝手でわがままで、けど……」
決して自分を偽ることなく、
「何が何でも自分の正義を諦めない、そんな姿だ……‼」
そう言葉を口にすることで、俺はようやくヒーローに憧れたその理由、当初の憧れの正体をはっきりと理解した。
「そうだよ、先生……‼ 俺はヒーローの貫く、ひたむきな正義感に憧れたんだ‼ カッコいい、面白いだけじゃない、自分勝手に正義を撒き散らす、決して諦めないヒーローに……‼」
「なんだ、ちゃんと覚えてるじゃないか」
気づけば、さっきまで険しかった先生の顔には、いつの間にか安堵の表情が映っていた。
本当に、つくづく先生には心配をかけさせてしまった。俺の心は先生に対する申し訳なさと、その一方であふれ出る感謝で満たされている。
先生が俺を諦めていないのに、俺が自分で諦めてどうする。
もう、諦めることはしない。決して、中途半端で投げ出すことも。
そうして、幼い頃にヒーローに憧れたその理由を思い出した俺は、今一番しなくてはならない、いや俺がしたいことを自ずと理解した。
「ごめん、先生! 俺行かなきゃ‼」
テーブルの上に散らかった計画書を取り急ぎかき集め、荷物を抱えてその場を離れる。
その身はもはや自分の意思ではなく、それよりももっと本能に近いものとして動いていた。
もう一度、瀬名に会う。あらゆる感情を通り越して、俺が今一番やらなくちゃならないもののために。
「英路‼」
急いで席を離れた俺の後ろで、先生が俺を呼び留めた。
振り向いたその先では、満足そうな笑みを浮かべた先生が俺に向かって声援を送っている。
「頑張れよ‼ 成功した暁には、あたしもその計画に乗ってやるから‼」
先生のそんなエールを受け、一段と身に力が入った俺は、
「ありがとう先生‼ 行ってくる‼」
そんな別れを先生に告げると、もう一度瀬名への邂逅を果たすため、彼女を探しに大学構内へと駆け抜けた。
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