第5章 『私の、本当にやりたいこと』(ヒロインサイド) 

21話

 食堂を出て数分。代表らに連れてかれるがままにその後を追っていた私は、その長い道のりを終えて、ようやく自治会室にまでつながる、唯一且つ専用のエレベーターへとたどり着いた。


 共に連れ添った龍気体のうち一人が専用のカードキーをかざすとすぐ、ガタガタとした機械音を発しながらエレベーターが起動し、そのドアが開いていく。


 白熱灯のようなまぶしい光に照らされた内部は茶色や黒といった落ち着いた色合いで彩られ、なんとも言えないノスタルジーを感じさせる様式だ。


 それだけではない。龍気体と袂を分けてからと言うもの、数か月ぶりに乗車することもあってか妙な懐かしさをも同時に感じる。


 その一方あふれる伝統的様式は、校風を重宝する龍気体の片鱗さえも感じさせた。


「小英も覚えているだろうけど、自治会はこのエレベーターでしかたどり着けない。あの男が追ってくることは出来ないから、どうか安心してくれ」


「来るわけないわ……強く、念押ししたんだから……」


 そう強がりを見せる私だったが、その心の奥底ではどこか彼が追いかけて来ることを期待してしまった節もあった。


 何せ、しつこい彼のことだ。一度は丁重にお断りしたというのに、その社交辞令を本当だと思って再び勧誘しに来たのだから。悪く言えば馬鹿、良く言えば純粋ともいえる。


 とは言え、エレベーターが動き出してからは、流石にその期待も消えた。専用のカードキーを使わなければ行くことのできない自治会室までは流石の彼でも物理的に不可能。


 おとなしく、自分一人でこの因縁にけりをつけるしかない。


「展望フロア、自治会室です」


 マニュアルのようなそんな言葉が聞こえると同時に、エレベーターのドアが開く。付き添いの龍気体員二人によって開けられたままのドアを通ると、私にとっては懐かしの自治会室がその目前に広がっていた。


 専用のエレベーターと隣接した自治会室もまた、その内部と似たような艶のある濃い茶色とダークブラウンで彩色されていて、先ほどより多少薄暗い程度の照明に照らされており、情緒あふれる雰囲気が醸し出される、まさに大正モダンとでも言うような部屋だ。


 部屋の至る所に校風たる伝統と気品を漂わせるいかにもと言うべきものが配置されており、若干緊張気味の私さえも落ち着かせてくれる。


 だが、以前私がいた時とは違い、そこには一切の人だかりは見られない。気づけば後ろにいた龍気体員二人もいつの間に席を外していたのか、もうその姿は見られなかった。


「幹部、メンバー諸々には全員席を外させておいた。一対一の方が、話しやすいだろう?」


「お気遣いどうも」


 半ば強制的に連れてこられた不満から、私は空返事でそう答える。そうして代表の許可を得る前に、堂々と近くのソファーに腰を掛けた。


 だが、そんな私の態度など気にもかけていないのか、代表は彼に特別あてがわれた学生代表専用の机で紅茶の選別を行っている。


 どうやら、もてなしの用意をしているようだ。だが、今の私にとってはその一挙一動が妙に鼻に突く感じがしてならなかった。


「種類は何にしようか……確か、小英はアールグレイが好きだったかな? それなら……」


「そんな前置き、どうでもいいわよ。早く本題に入って」


「つれないなぁ……君が幼い時からヒーロー好きであるということを黙っていた俺に対する態度がそれかい?」


 ぶっきらぼうな私の態度が癪に触ったのか、紅茶を入れる手を止めて、それとない、だが確実に嫌味を含めた返事でそう応戦してきた。


 一方の私も先の出来事を思い出して、ついこめかみに力が入る。


「別に、そんなことを頼んだ覚えは無いわ。余計なお世話にもほどがある……‼」 


 一触即発のような空気が自治会室に満ち足りてくる、そんな状況だったが、それを良しとしなかったのだろう代表は、私の真正面の椅子を陣取るとすぐ、本題を切り出した。


「ま、要件と言っても俺の願いはたった一つだけだ。いい加減、龍気体に戻ってきてもらえないかな、小英?」


「何度も言ってるわよね。戻る気なんて更々無いって」


 この部屋に入る前から予想されたそんな要求に、私は即答で拒絶の意を示した。


 ただ、代表もそれに関してはまるで予想済みだったのか、またか、とでも言うような表情で、数か月変わることない私の返答に呆れたような様子を見せる。


「はぁー……つくづく、君は自分の価値を理解できていないよ」


 そうため息を吐くと、何十何百と聞かされたその売り文句を述べていった。


「内部生にして一般受験に合格し、さらには初の首席合格者にまで上り詰めた君は、内部生こそ真の龍法生という事を示すシンボルそのものなんだ。外部生の根底にある、自分たちは内部生よりも賢いという差別意識は君が、いや、君にしか崩せないんだよ?」


 代表がそう言う内部生と外部生の確執は現在の内部生による外部生の差別とは違うもの。


 私自身体験したことが無いため、詳しいことは分からないものの、今ほど外部生への風当たりが厳しくなかった当時において、外部生と内部生の差別構造はまるで反対であったと言われている。


 その根幹にあったのは受験をしたか否か。エレベーター式で進学した内部生にとって、高い倍率と一般受験を乗り越えた外部生の存在は人目置かれる存在だったようで、そこにヒエラルキーが発生したのだと。


 だが、それはもう昔の話。今の龍法大における外部生の状況を最前線で散々と見せつけられていた私にとって、その差別意識は既に過去の遺物、遺恨にしかなりえない。


 だから、これはあくまでも建前だ。その本意は当然別の場所に位置しているはず。


「確かに、それも狙いなんでしょうけど、本当のところは違うでしょ?」


「というと?」


「あなたの狙いは私の血筋。龍法グループ役員のパパを持つ私が龍気体にいれば、学事以外には基本無干渉を貫く学生部も龍気体に忖度せざるを得ないもの」


「……」


 正鵠を射る私の一言に、代表もまるで図星であると言わんばかりにだんまりを決め込む。


「龍法大の経営を担う龍法グループ。その役員の娘たる私がいた時は、さぞ事がうまく進んだでしょうね。けど、これ以上好きにさせるわけにはいかない。あなた達の蛮行に手を貸すわけにはいかないのよ」


 本業である大学経営の他に、あらゆる業種に手を届かせている龍法グループ。その役員の関係者、あるいは血縁者がいるとすれば、龍法大での待遇は言うまでもない。


 現在、ここまでの影響力を持つ龍気体に今更私が復帰したところで、外部生に対する影響力はあってないようなものだ。


 しかし、学生部、さらには龍法大の本部に幅を利かせるとなれば話は別。実質的な治外法権と化している龍法大で、さらには上層部からのお墨付きも手に入るとなれば、団体としての活動範囲はいっそう広くなる。


 いや、実際そうなっていたのだ。


「まぁ、過程と言う点で見れば、そう捉えることもできるだろうね。否定はしないでおくよ」


 半ば認めるような、そんな代表の言葉に案の定と思う傍らで、その反面、落ちるところまで落ちてしまった彼の姿に一種の失望に近いものまで感じてしまう。


「やっぱり……私が龍法に入学する前、あなたは私に外部生からの差別に苦しんでいるって相談してくれていたし、時には涙を流すほど辛そうに見えた」


 そう代表に訴えるさなか、私の脳裏にはいつかの慶賀との記憶が呼び起こされた。

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