22話
お互いの父親の関係で幼少期から知り合った私たちは二歳の歳の差を感じさせないほどに仲が良く、しばしばお互いの家に遊びに行くほどの親密さだったのを覚えている。
しかし、慶賀の身に異変が起きたのは彼が内部進学を経て龍法大に入学してからだった。
内部生だという理由で、それまで出会ったことない外部生から理不尽なまでの差別、もはやいじめに近いものを受けていた彼の心身が日に日に廃れていったのを私はこの目で目にしている。
だが、彼はそんな状況を決して良しとはしなかった。
「けど、あなたはそれに立ち向かおうとした。キャンパスを開発し、内部生にして初の学生代表にも就任して、さらには龍気体をも組織して内部生と外部生の融和を図ろうとしていたじゃない‼」
そう、慶賀はそんな状況を甘んじて受け入れるのではなく、自ら率先してその構造を変えようと行動を起こした。
その姿は、何も知らない当時の私にとって、自分の愛する特撮ヒーローに共通するものがあり、私はそんな慶賀にヒーローの面影を感じるとともに、彼を応援したいと思っていたのだ。
「だから私はあなたに協力したの。あなたの助けになろうとして、言われた通り一般受験を選んだし、龍気体にも入った。けど……」
あの時の慶賀の情熱は、差別に苦しんでいた内部の学生たちに希望をもたらしたようで、その影響は系列校の高校に在籍していた当時の私の耳にも届いていた。
長らく続いた外部生からの差別が無くなり、外部生との融和が図られる、誰もがそう思っていたはずだった。
けど、それは私の単なる思い込みにしか過ぎなかったのだ。
「実際は違った。私の入学前、内部生に対する外部生の差別がどれほど酷かったのかはよくわからないけれど、今の龍法じゃまるでその逆。私には内部生が外部生に対して、一方的な弾圧を行っているようにしか見えないわ」
いざ龍気体に入ってみると、私が思い描いていたヒーローの姿はそこにはなかった。
代わりにあったのは外部生に理不尽な圧政を強いる龍気体の姿。果たして、どちらが悪なのかわからないほど、そこに私の憧れたヒーローはなく、慶賀の言い分を鵜呑みにし、その片棒を担いでしまった自分を呪った。
そうして、半ば逃げるようにして、私は龍気体から袂を分けた。
しかし、そんな私の必死の力説もむなしく、代表はその行いをさも当然の権利のように主張する。
「当然さ。外部の連中に、これ以上俺たちの大切な龍法を汚させるわけにはいかないからね。俺が起こしたんだよ、革命を」
外部生に対する自分たちの横暴を、革命と称して正当化する代表の言葉に、私の苛立ちはより加速した。力んだ拳は小刻みに震え、ついその語気が強まる。
「革命? 違う、あなたのやっていることは自分勝手な復讐よ。伝統、気品って名目で濁してるように見えるけど、結局は自分をいじめた外部生をすべての外部生と同一視しているだけ」
「違わないよ、小英。散々な目にあってきた俺たち内部生には当然、その権利がある。ただの因果応報ってやつさ」
「それでも、やられたからってやり返してたら、外部生と内部生の軋轢はいつまでたっても変わらないってのがどうしてわからないの⁉ そもそも、新しく入学してきた外部生が先輩達の罪を負う責任は無いはず。なのに、この状態が続くのならいつか、外部生の方があなたと同じことを繰り返すだけよ‼」
近くに誰もいないのを好機として、私は声を張り上げながら龍気体の誤りを指摘した。
龍法にて唯一、学生代表とタメを張れる私ならこの現状を幾ばくか変えられるかもしれない。
その一心で、私は代表に力強いまでの熱弁を振るったのだが、そんな私の主張に代表は、
「なんだ、そんなことか」
と、私の熱意とはまるで正反対に呆気らかんな返事をこぼす。
そうして沈着を保ったまま、淡々とその恐ろしいまでの考えを明らかにしていった。
「それなら心配いらない。残りの学生団体の吸収を終えて、龍気体が公認団体として登録されれば、ある計画を発動できる。そうすれば逆襲そのものがなくなるし、君の悩みの種も同時に消える。もっとも、君が戻ってくれさえすれば、そう手間取らないで済むんだけどね」
その言葉に含まれた恐ろしいまでの意味と裏腹に、あくまで冷静なその姿勢に私は唖然とするしかなかった。
「あなた、本当に外部生を……」
代表の言葉の真意には表も裏もない。あるのは、ただ一つの確固たる意志のみだ。
彼は本気で外部生を龍法から排除しようと考えている。
いや、それ以前の話として外部生を龍法の学生とさえ認めていなかった。まるで単なる異物排除のように、彼の言う龍法生という枠組みには、内部生しか存在が許されていない。
それを理解してようやく、私はこれ以上の説得が無駄であることを実感せざるを得なかった。
別段、代表を説得させるのがここに来た目的では無いといえ、説得の余地をわずかにでも感じていた自分が情けない。
私が尊敬していた彼はもう、いや、そもそもいなかったのだ。
「そう……分かりきってたことだけど、これ以上何を言っても無駄みたいね」
そう諦めの言葉を残すと、私はこれ以上続けても意味のないこの話を早々に切り上げようとする。
「とにかく、私が龍気体に賛同できないのは変わらない。そもそも、私がそうやすやすとあなたのお願いを受けると思った? あなたを説得する、ましてやその勧誘を受けようだなんて、ほんの二の次よ」
これまで我慢した腹いせをぶつけるように、少し挑発じみた言葉を続けた。
「あなたの目的が私のパパである以上、私に脅迫するような真似は出来ないはず。そんなことして私がパパに言いつければ、それこそ本末転倒だものね」
私のそんな台詞に、終始冷静を貫いていた代表の眉が眉をぴくっと吊り上がる。
効果があるという確証を得た私は続けざまに、おとなしく代表らについていったその魂胆を明らかにした。
「それに、私は単にあの場を収めたかっただけ。あなた達龍気体ごときにあれ以上特撮を馬鹿にされるなんて、心底たまったもんじゃないわ」
八神君にはついぞ理解してもらえなかったが、私が抵抗もせずに代表らについていったのは何を隠そうそのためだった。
あの圧倒的アウェーな状態で龍気体に立ち向かったところで、結果は目に見えている、いや、私は散々その結果を目にしてきた。
彼はその嘲笑に立ち向かおうとしていたけれど、それはまさに蛮勇ともいえる愚行だ。
結局笑いものにされるくらいなら、こうやって自分が耐えることでその場を乗り越えるのが正しい選択のはず。自分さえ我慢すれば、あえて火種を増やす必要なんて無い。
「うーん……それを引き合いに出されると、俺も狡い手段には手が出せない…… 何せ、君の御父上には色々と便宜を図ってもらった恩があるからなぁ……」
予想通り、代表もうかつには私に強硬手段を取れないようで、眉間にしわを寄せながら難しい表情を作っている。
その姿を見て、私はこの場における勝利を確信してしまった。
「なら、これで話は終わりよ。あなたがその考えを改めない以上、私が龍気体に戻ることは絶対にあり得ないから」
これといった別れ際の言葉もかけずに、すぐさまソファーから腰を上げる。いち早くこの部屋から離れたい、その一心で私はエレベーターの方へと駆け足で向かった。
ただ、そうやって代表に背中を向けた時、ふと彼の独り言が聞こえてくる。
「ただ、それなら正攻法で脅すしかなくなるなぁ……」
さりげなく、しかし威圧感を与えるようなその言葉に、私はとっさに体を振り向かせる。
何か嫌な予感がする。そんな私の悪い予想は、続く言葉で現実と化す。
「さっき食堂にいたあの男。確か八神とでも言ったかな? ずいぶん懇意にしていたようじゃないか」
まるで脅しの常套句のような物言いで、代表がその名を口にした瞬間、私は代表の考えていることを全て理解した。
そうして、正攻法とは言え、その卑劣なまでのやり方を取ろうとすることに対して、抑えきれない憤りが胸の底からこみ上げてくる。
「別に、彼は関係ないでしょ……‼」
「いや、大いに関係あるね。如何せん、彼の行動は龍法の校風にふさわしくない。それなら当然、龍気体の摘発対象さ」
そんな前置きを入れたうえで、代表は私にある取引を持ち掛けた。
「しかし、もし君が龍気体に戻ってきてくれると言うなら、君の愛する特撮ヒーローだ。当然、こちらとしてもそれを伝統、気品に沿う龍法の一文化として認めよう。ただ、その気が無いというのなら、その時は、ね?」
「……っ‼ あなたねぇ……‼」
その悪質すぎるその取引内容に、ついに私の堪忍袋の緒が切れた。
つまるところ、代表は八神英路を人質にして、私を半強制的に龍気体に戻らせようと画策している。
もし私が戻るのなら彼の摘発は見逃すが、そうしないというのなら彼の安否は保証できない、そう言っているわけだ。
そんなことを言われて、おとなしくしていられるわけが無い。私は怒りに身を任せて彼の胸倉につかみかかった。
しかし、私がそう激昂することさえ予想していたかのように、代表はその平然とした態度を崩すことはなく、余裕そうな表情を貫いている。
まるで人を小馬鹿にしたような、そんな態度を。
「おっと、怒りの矛先をこちらに向けるのはお門違いと言うものだろう? そもそもとして、彼の行動は摘発対象だったんだ。にもかかわらず、特例として救済措置を与えている。むしろ感謝されるべきことなんだけどねぇ……」
「だからって、彼を交渉のカードにしようなんて真似……‼」
代表が下手な強硬手段に出ることはないだろうということを私が予想していたように、しかし、より一手先で彼は私の行動を見透かしていた。
勝った気になっていた自分が情けない。いや、それよりも八神君を自分のいざこざに巻き込ませてしまったことに、私は強い後悔を抱き始めていた。
何とか一矢報いおうと、とっさに考え付いた見苦しいまでのはったりにさえ手を伸ばす。
「それなら、あんたをパパに……」
「一法学者として、元あるルールを破るよりも、合法的にそのルールの撤廃をするのが君のポリシーのはずだ。龍気体を抜けた後、俺たちの活動をただ傍観していただけの君が、選ぶことさえしないで御父上に言いふらすなんて真似、虫が良すぎるとは思わないか?」
「っ……‼」
だが、そのはったりこそが卑怯な脅しに他ならないことを理解していた私は、代表が告げた余りもの正論に言葉を出すことができなかった。
離反したとはいえ、その龍気体の活動自体に異を唱えることなく、半ば黙認してしまっていた以上、私は彼らの摘発にとやかく言う筋が無いのは確かに道理だ。
もし、それに異を唱えるというのなら、その仕組み、すなわち龍気体を変革することが第一条件に違いない。それは理解している。
でも、それは……
「なにも、別に今ここで決めろと言っているわけじゃない」
私が悩んでいるのを察したのか、代表はそんな言葉を口にすると、おもむろにクローゼットの方へと歩き出してその戸を開ける。
そうしてそこに掛けられていた一着の学ランへと手を伸ばした。
クリーニングをしたままなのか、被せられていたビニール袋を着脱させると、そこには一切のしわも見られない漆黒の学ランが私の視界に映し出される。
学ランなんてどれも同じに見えるかもしれないが、代表がその持ち主を明かす前に、それが私の学ランだという事にいち早く気づいた。
「以前、君が使っていた学ランだ。先ほどちょうど一人空きができたから、返しておくよ」
そう言って、私の方へと歩みより、こう言葉を告げる。
「猶予は一週間、もしくはこれを使ったときだ。それでも戻らないというのなら、その時は分かってるね?」
「……」
ぐいと渡されたその学ランを、私は受け取らざるを得なかった。受け取らなければ、余計悪いことになることを理解していたから。
苦渋に顔をゆがませる私を前に、代表は容赦なく最後通告を突きつけた。
「それじゃあ、また会う時を楽しみにしてるよ。次会うときは、是非とも仲間として、ね?」
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