12話

それだけではなく、そのいきさつに至る嘘偽りないすべてを俺はリーダーに打ち明けた。それが俺を守ってくれたことにリーダーに対する、最低限の礼儀と思ったからだ。


 だが、そんな話を聞いたリーダーは思いもよらない衝撃的な事実を俺に告白する。


「なんだ……それを最初に言ってくれれば、その手筈を取ったのに……」


「ん、手筈?」


「実は、虎徹大主催のワークショップってのがあって、定期的に英雄会の体験活動をやってるんだよ。もちろん、他大学の学生も歓迎してるやつをね」


「ほうほう?」


「だから、それに参加してもらえれば、わざわざこんなスパイみたいなことをしなくても、英雄会の内部は見せられたんだけど……」


「えぇ……初耳なんだけど……」


 まさか、手順を踏めば正攻法で英雄会の情報を得ることができるなんて、いやはや下準備はするものだ。


 さっきまでの努力が水の泡になるような、そんな残酷な真実に直面した俺は腰からガックシとうなだれる。そんな俺を前に、リーダーもどこかあきれた表情でため息を吐いた。


「ちゃんと確認して来てくれれば良かったのに……」


「いやさぁ、昨日の今日来たというか……」


 つい数時間前にここに来る決心をしたのだから、昨日の今日というより、今日の今日。行動力があるというのも、必ずしも良いことばかりではない。 


 ただ、そんな事実を知って気落ちした俺とは逆に、リーダーはどことなく、俺が話した内容に興味ありげな様子を見せる。


「でも、言われてみれば、龍虎とか言う割に龍法に特撮サークルってなかったね。作る作品の案とかはもうあるの?」


「あぁ、それなら……」


 うつむいた体を起こして、リュックに手を回す。


 わざわざ正攻法ではない道で、あげく散々な目にあったというのに特別な収穫が一つもなければその甲斐がない。アドバイスの一つくらい欲しいものだ


 そう思った俺はせっかくの機会にと、リュックに入れてあった計画書をリーダーに渡した。


「ふむふむ、ロー・テクターねぇ……」


 リーダーはそんな相づちを打ちながら、ペラペラと計画書をめくっていく。


 その様子にどこか見覚えを感じてしまったが、それに気づいた俺はすぐにあるデジャブに襲われた。


 この構図はつい数時間前、瀬名にロー・テクターをボロカスに言われた時と全く同じであることに俺は気づいてしまった。


 さらに分が悪いことに、それを見ているのはかの英雄会のリーダー。


 これまでに見た英雄会の設備然り、タイガーンといった高クオリティのスーツを安々と作っているリーダーが果たしてどう判断するのか、恐怖で手が震える。


 リーダーが悪い人でないことは分かってはいるが、それ故にその評価を聞くのは、瀬名とのトラウマも相まって恐れ多い。


 だが、リーダーの感想は俺が予想していたものや瀬名が下したものとはまるで正反対のものだった。


「凄くいいじゃん‼ アマチュアが作ったとは思えないほどの出来だよ‼」


「……え?」


 思いもしなかったリーダーの高評価に、一周回って恐怖を感じる。嘘をついているようには見えないが、何か裏があるのではないかとつい勘繰ってしまうほどだ。


 だがその理由に関しては、続くリーダーの言葉ですぐに解明された。


「特に、付箋のところが素晴らしいね‼ そこを見るまではリアリティとか設定の雑さが目立ったんだけど、付箋の部分でそれらがすべて補完されている。今すぐにでも実現したい作品だよ‼」


「あぁ……付箋のところね……」


 饒舌にロー・テクターの感想を話すリーダーに対し、俺は苦笑いを隠せない。


 それもそのはず、付箋の部分というのは数時間前に出会った、龍法唯一の特オタであろう瀬名小英から修正を受けた部分だからだ。


 虎徹大に到着するまでの電車内の数十分、それらを忘れないようにとメモしていたのだが、まさかこうもリーダーのお眼鏡にかなうとは、瀬名の天才ぶりに俺は脱帽するばかりである。


 リーダーもまさか、一人の女学生が数十秒で考えたものだとは思ってもいないようで、俺を有能脚本家だと思い込んでいるような節を続けた。


「あ~あ、八神君が虎徹に受かってれば、タイガーンの脚本をお願いしたのになぁ……もちろん、ロー・テクターも実現して、タイガーンⅤSロー・テクターとかも面白そうかもね」


「ははは……」


 ここまでお褒め頂いているというのに、今更、別の誰かがと言える雰囲気では完全に無い。それもたった十秒ほどで考えられたものだとは口が裂けても言えまい。


 自分の構想ではない部分が褒められているのは癪だが、そこも含めてロー・テクターへのとして受け取っておくのが最適解だろう。


 しかし、そう賞賛されても結局、実現できなければ話は別だ。


「でも、まだ机上論に過ぎないんだ。言った通り、メンバーもいなければ、それこそ英雄会みたいな設備だってないし……」


 そう。英雄会の観察と言っても、今日俺がわかったことはたった一つだけ。


 それも、ヒーローの作り方や撮影方法などの技術的側面ではなく、単なる格の違いと言うことを思い知らされただけだった。俗にいう、レべチというやつだ。


 英雄会の活動を目に通しても、内容こそわかるものの、その詳細に関しては一切の思慮が及ばない。


 美術班は型紙でヒーローのマスクやボディを作っていると言っていたが、それだってそもそもの型紙が無ければ足切りもいいとこだ。


 一からのスタートともなれば、かかる時間どころか、作品自体のクオリティさえも英雄会に引けを取ることは間違いない。


 諦めるつもりこそないが、果たしてこれが俺の在学中に実現できるかと言われれば即座に返答する勇気は、今の俺にはなかった。


 だが、そんな俺の弱弱しい言葉にリーダーは


「なんだ、そんなことか」


 と呆気らかんな言葉を返す。


「そういう事なら、確かここら辺に……」


 そうして、衣装倉庫と言っていたこの部屋の押し入れにガサを入れると、


「あった、あった‼ それと、これとかも使えそうかな……はい、これお土産」


 そんなことを言いながら、両腕いっぱいに詰められた紙袋ぎっしりの何かを俺に押し付けてきた。


「こんなに⁉ って重っ‼」


 見た目以上の重さで体がよろけてしまい、あやうく態勢が崩れかける。


「結構入れちゃったからねぇ~。マスクの型紙に撮影場所の資料、後はゼロから分かるヒーロースーツの作り方みたいなやつもね」


 そう言って説明しているものよりも明らかに多くのものが詰め込まれている紙袋は、とっくにキャパオーバーのようで、袋の側面や底に空いた穴からは色々と何かが突き出ていた。


 物理的な限界もあるのだが、それ以上の申し訳なさに襲われた俺は、これを持ち帰るのに気が引けてならない。


「でも、やっぱ悪いって‼ かばってもらったのに、その上こうも手助けしてもらったら、俺の立つ瀬がないよ‼」


 そう言ってリーダーに突き返すも、それ以上の強さで俺に再び押し付けて来る。 


「いいんだって‼ どうせ、ワークショップで配布してあるのと同じやつだし、まぁ、多少おまけもあるけど……」


「絶対、九割おまけでしょ、これ……」


 しかし、そんな両者譲らぬ攻防はリーダーの発案した一つの提案によって、ようやく終止符が打たれることになった。


「よし、それなら契約しよう‼ これを渡す代わりに、英路君は必ずロー・テクターを完成させて、一番最初に僕に見せてよ‼ これなら対等の交渉だし、文句ないでしょ?」


「いや、別に見せるのは全然かまわないんだけど……」


「なに? あんなに手助けしてあげたのに、こっちのお願いは聞いてくれないの?」


「うっ……そう言われると……」


 リーダーにはお世話になった恩がある以上、俺が彼の願いを聞き入れないわけにはいかない。


 こうなってしまっては、俺はその提案を受け入れるしか選択は無かった。


「はぁ、わかったよ……リーダーの厚意に、心から感謝する」


 なされるがままに、英雄会の技術の結晶たるそれを俺は素直に受け取った。


 そうして今度は突き返すことなく、その代わりにリーダーと交わした約束を守るための宣誓を口にする。


「でもって、約束する。君との約束を果たせるように、全力を尽くしてロー・テクタ―を完成させるって!」


「頼んだよ? ロー・テクターのファン第一号として、楽しみに待ってるからね」


 そう言って差し出したリーダーの手をつかみ、俺たちはその約束を確かなものにするように、固い握手を交わした。


 だが、そうした余韻に浸る暇もなく、外から騒々しい声が聞こえてくる。


「ダメだ、外にはいなさそうだぞ‼」

「何⁉ なら、もっかい中探すぞ‼」


 内容から察するに、どうやら俺を探しに外に行った連中が再び戻ってきたようだ。


「そろそろ連中が帰って来たみたいだね。見つからないうちに、早くここから逃げたほうが良いかも」


「チッ……余韻くらい浸らせてくれればいいってのに……」


 名残惜しいが、連中に見つかってしまったら最後、リーダーが俺をかばってくれたことも、両手に抱えている技術の結晶もすべて無駄になってしまう。


 それだけはなんとしてでも避けるために、俺は勝手口を使って勢いよく外へと飛び出た。


 だがその瞬間、今まで気づいていなかった大事なことに気が付く。


「そうだ‼ リーダーの名前、俺聞いてなかった‼」


「あぁ、言われてみれば、言ってなかったっけ? せっかくだし、名乗りはカッコよく行こうかな……」


 そうして俺が振り向くと同時に、リーダーはまるでヒーローの名乗りのように、俺に向かってその名を口にした。


「僕は橘、虎鉄巨兵タイガーンの装着者にして、次期英雄会の代表になる男、橘創介。君のヒーローの実現、心から楽しみにしているよ‼」

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