11話

「おい、今、あの龍法生来たろ。どこ行った?」


「彼ならこの勝手口を使って、外に出て行っちゃいましたよ。それ以降は、僕もなんとも」 


 外界から隔絶された場所で、俺はその声を聞いている。


 俺が潜んでいるこの中からは、外で話されている会話こそ分かるものの、視界は真っ暗で外で何が行われているかを視覚的に見ることはできない。


 さらに、中の地獄のような環境と相まって、バレてしまうかもしれないという緊張に耐え切れない俺の体中からは絶えず汗が流れ出ていた。


「なにやすやすと逃がしてんだ‼ あいつ、龍法生だぞ‼」


「別に、僕は先輩達みたいに龍法に恨み持ってるわけじゃないから……」


 如月が発したのだろう怒号が響く。それに対抗してか、彼も言葉を続けた。


「そもそも、先輩がとっとと捕まえればよかっただけの話じゃないですか。それを僕に当たられても……」


「仕方ないだろ! スーツ着たままだとろくに動けないから、倉庫まできて片付けてたんだよ!」


 なるほど、ここは英雄会の衣装倉庫だったわけかと納得する。それなら、如月がいたことにも理由が付く。まったく、運が良いのか悪いのか。


 だが、あくまで俺をかばおうとする姿勢に疑念が生じたのか、如月はそう言う彼を追い詰める。


「お前、もしかして情が移ったんじゃないだろうな? ついさっきまで一緒にいたからって、ヒーローみたいな真似してんじゃねぇぞ‼」


 その直後、急にガサゴソとあたりを物色するような物音が始まった。


 この部屋に潜伏していることに勘づいたのだろうか、おそらく、如月が俺を探している。


 そうしてついに、俺が入っているこの衣装にまで手を伸ばしてきた。


「もしそうなら、まだここにいてもおかしくないよな? さてはこのスーツの中にでも……」


 そう言って、俺が入ったスーツのマスクを取り外そうとする。


 だが次の瞬間、彼の発した一言で、その動きは途端に止まった。



「さわんなよ」



 瞬時に空気が凍る。


 それまで徹底して攻撃的な言葉を発さなかった彼のその言葉は、如月を委縮させるには十分だったようで、如月は途端に言葉を発さなくなった。


 そんな如月に向かって、彼は言う。


「それ、まだ完成してないんで、壊れちゃうと大変なんですよ。来年の虎徹祭に使う予定ですから」


 完全に攻守が変わったのを肌で実感した。


 外の様子がわからない俺でも、如月の強張った様子だけはありありと想像することができる。


 そうして、その勝敗を決定的なものにするかのように、彼は如月にこう告げた。


「先輩、もう一度だけ言いますね? あの龍法生は勝手口から逃げていきました。まだそう遠くにも行ってないだろうから、追うなら今ですよ」


「お、おう……ありがとな……」


 彼の主張に納得したというよりかは、その威圧感に怖気ついたというのが真実だろう。


 如月は彼から逃げるようにしてその場をそそくさと立ち去ったようで、その足音はどんどん外に消えていった。


 如月の姿が見えなくなるのを確認してくれたのだろうか、十秒ほど経って彼は俺に外に出ても大丈夫という合図を送ってくれた。


「行ったかな……もう出てきて大丈夫だよ」


「危なかったぁ……助かったよ、リーダー」


 リーダーに感謝を述べて、スーツを脱ぐ。だが、汗でスーツが肌に張り付いてしまい、思うように着脱することができない。


 見かねたリーダーの助けもあって、なんとか脱ぎ終えることができた。


「ようやく脱げたぁ……悪いな、何から何まで」


「全然、大したことじゃないよ。八神君こそ、体調大丈夫? 結構、中に入ってたでしょ」


「大丈夫、大丈夫……って言いたいところだけど、ちょっとぼーっとするかな。スーツの中があんなに蒸し暑いとは思ってなかったよ。肌にも張り付くし、快適とは言えないな……」


 久方ぶりの新鮮な空気の補給に全力をつぎ込む。数分間の間、この灼熱地獄にいたおかげで、頭が軽い熱中症だ。


「それなりの合皮を使ってるからね。生地は丈夫で厚いものにしてるから、仕方ないんだ。本当は通気性も良くする予定なんだけど、まだ完成品じゃないからさ」


「へぇ~、素材が良いと違うものなのかぁ……」


 確かに素材が良質だからだろうか、どこにもしわが見当たらない。


 普通、自転車のサドルとかを自分で張り替えるとなると、どうしてもしわのようなたるみができてしまいがちであるが、丸い曲面でさえ、このスーツにはしわが一切存在しなかった。

 

しかし、改めて自分が入っていたそのスーツを目の当たりにした俺は、その完成度の高さに再び目を見張らざるを得ない。


「それにしても、これは……?」


 見たことのないヒーロースーツ。おそらく、英雄会のオリジナルヒーロ―なのだろうが、高校の時に見た虎徹祭のステージに出ていたものではなく、全く目新しいものだった。


 虎徹大の虎を模したようなマスクに、集団ヒーロー作品に出て来る合体ロボットのようなメタリックさと豪傑さを兼ね備えた、まさに鉄の巨人ともいえるべきヒーロースーツだった。


「虎鉄巨兵タイガーン。僕が作ったロボット……って言えればいいんだけどね。そういう設定のヒーロースーツだよ」


「へぇ~……って、自分で作ったぁ⁉」


「うん、デザインから設計、組み立てまで一応一通り。僕のサイズに合わせて作ってるから、八神君が着られるか心配だったけど、問題なくてよかったよ」


「それも一からって、これ全部を……?」


 素人が一から作ったとは思えない、タイガーンの完成度に驚愕を覚える。たかだか入学して半年しかたっていないだろう学生がここまで作れるものだろうか。


「あれか? 中高で美術部とか入ってた感じか?」


「いや、受験勉強で忙しかったから、高校時代は特に何も。人並みに特撮は好きだったけどね」


「マジかよ……」


 入学して一年経たないうちに、ここまでプロも顔負けのスーツが作れてしまうとは、もはや尊敬の領域に近い。これなら今すぐにでも英雄会、いや英撮の即戦力にさえなりかねないほどの貴重な人材だ。


 しかし、それなら尚のこと、俺を助けたことに疑問が残る。


「でも、なんで俺を助けてくれたんだよ……? 龍法の俺をかばっちゃ、後々面倒なことになるんじゃないのか?」


 同世代では抜きんでるほどの才能を持つリーダーが、今後の英雄会の要となるのは誰がどう見ても明らかだろう。


 しかし、そんな英雄会の未来たる人物の可能性が、たかだか俺をかばったせいで失われるとしたら、それは間違いなく俺の責任だ。


 たとえ入れなかったとしても、俺に特撮を再燃させてくれた英雄会の一ファンとしては、彼の行く末が心配であると同時に、自責の念に苛まれて胸が痛い。


 だが、そんな俺の心配とは裏腹に、リーダーは自分の行いに一切の悔恨を抱いていない様子を見せていた。


 そうして彼が述べた俺を助けた理由というのは、本当にあっさりとしたものだった。


「さっき聞いてたでしょ? 僕は、先輩達みたいに龍法に悪意を抱いてるわけじゃないから」


 いや、その行いを悔いることさえ無ければ、むしろ満足しているかのように答える。


「それに、ヒーローを作ってるのに弱い者いじめするのは癪に触るっていうか、ただそれだけ。単に僕の自己満足だから、八神君は気にしないでね」


 俺の目を真っ直ぐと見ながら、そんなヒーローの鏡のようなことを、さも当然のように言葉にする。


 それを聞いてようやく、彼が一年リーダーを任されている理由が痛いほど理解できた。


 彼が選ばれたその訳は、彼の持つ才能だけでは決してない。その心に持つ真なるヒーローとしての心意気。それこそが彼をこの英雄会のリーダーたらしめている。


 少しでも、俺が虎徹大に入学していたらなんて思った自分が恥ずかしい。


「とはいっても、それが悪意あるものなら話は別だよ。なんで英雄会に潜入みたいなことをしたのか、話してくれる?」


 急に語調が強まる。それは先ほど、如月に詰め寄った時によく似ていて、穏やかな言葉の裏に、リーダーが貫かんとしている強い意思をひしひしと感じた。


 だからと言って、身を粉にしてまで俺をかばってくれたリーダーに嘘をつくわけにはいかない。


「当然だよ、リーダー。本当のことを全部話す」


 そう言って俺は、龍法大でヒーローを創ろうと画策し、英雄会をその活動の参考にしようと考えていたことを話した。


 

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