10話
「全員作業中止‼ 繰り返す、作業中止‼ 龍法生が一人、この研究所内に紛れ込んだ‼ 捕まえて、とっちめろ‼」
俺を捕まえるよう促すアナウンスが建物中に響き渡る。
それにつられるように四方八方から現れ続ける数十人もの虎徹生は俺を捕まえようと、一心不乱に俺の後を追いかけてきていた。
ついでに、積年の恨みを晴らさんと、龍法生である俺に罵倒を浴びせてもきている。
「実家が金持ちだからってイキりやがってぇ‼」
「入試も受けてない馬鹿どもが、虎徹の前に来るなんてあり得ねぇんだよ‼」
「おれ、彼女を寝取られたんだ‼ 龍法の糞ヤリチン野郎にぃ‼」
「その全てに、俺は当てはまってねぇよ‼」
そう叫ぶも、そんな一言で彼らの追跡が終わることはなく、半ば暴徒化した彼らの暴走はとどまるところを知らない。
必死の思いで渡り廊下を突き抜けて本館に移るも、ドアを開けたその先には当然のごとく、既に先兵が回りこんでいた。
「いたぞぉ‼ 捕まえろぉ‼」
待ってましたと言わんばかりに俺を取り押さえようとする虎徹生。一斉に俺に覆いかぶさってくるがここでつかまるわけにはいかない。
「チッ、それなら……」
捕まるより前に、一人の虎徹生の股を潜り抜けて、その場を切り抜ける。
数が問題なら、こっちだって考えがある。
「チクショウ、逃げられたぁ‼ あっちだ、ジオラマの方だ‼」
そうして、ホール内に位置してあったジオラマセットに逃げ込んだ。
中に入ると、さっき二階で確認した通り、そこには俺と同じくらいの大小豊かな建物が一面に並んでいる。ビルや電柱など、複雑に絡まり合った地形だ。
そんな入り組んだ地形を単身だった俺は巧に切り抜けられたのだが、一方の虎徹生達はその数の多さが仇になったのか前で突っかかっており、いたるところで渋滞が発生している。
「アブねぇ、気をつけろ‼ セット壊れんだろうが‼」
「馬鹿野郎、お前こそ早く行けよ‼ 後ろ突っかえてんだよ‼」
ついでに仲間割れも発生するとは、まさに俺の目論見以上の結果だ。
「へへっ……数の利はこうやって逆転できるんだよ‼」
「ちょ、待て‼ セットから逃げた‼ 龍法生がセットから逃げたぞぉ‼」
「やべ……」
油断する間もなくジオラマから脱出する俺だったが、研究所の出口はいつの間にか他の虎徹生によってふさがれていて、既に退路も進路もふさがれていた。
唯一残っている進路は目先にあるものの、それは出口などないに等しい廊下への入り口だけだ。
「いたぞ、こっちだ‼」
だからと言って、追手がすぐ後ろに迫っているというのに、ここでむざむざと待つわけにもいかない。
こうしている最中にもじわじわ近づいてくるのであればと意を決して廊下へと潜り込んだ。
「暗いな……」
そこは部室棟によくみられるような長く薄暗い廊下だった。
側面にはいくつかの部屋が隣接されているものの、そのどれも明かりはついておらず、空き部屋のように思われる。
気づけば、それまでドタバタとうるさい音をたてていた追っ手の足音はもう聞こえない。
一瞬、撒いたのかと希望的観測をする。だが、それが誤りであることは廊下の先に待っていた姿を見てすぐに理解した。
「そこまでだ、龍法生‼」
そんな意気揚々とした声が廊下中に響き渡る。
音の発生源だろう廊下の反対側をのぞき込むと、そこには待ってましたと言わんばかりの仁王立ちで、先ほどの体育会系の男、如月が立ちふさがっていた。
「まさか、そっちから倉庫の方に来てくれるとは、思いもしなかったぜ……‼」
そんなセリフを吐く彼の姿にはさっきまでの戦闘員のスーツはなく、いつの間にかそれを脱ぎ去って、より身軽な姿でこちらに近づいてきた。
その気になれば走っていつでも俺を捕まえられるはず。
だというのに、敢えてそれを実行しようとしない。どうやら楽しみは最後まで取っておく性分のようだ。
そうしてゆっくりと、だが着々と俺との距離を詰めて来る。
「クソッ、他に出口は……!」
必死に辺りを見回すも、出口らしきものは見当たらない。入ってきた場所もとっくに他の虎徹生に占領されているはずだ。まさに万事休す。
「チクショウ、もうダメか……!」
絶体絶命だと思われた、その時だった。空き部屋だと思っていた廊下の一室に急に明かりが灯される。
そして、その部屋のドアが開くと同時に一本の片腕が出てきて、こう叫んだ。
「こっち‼ こっちに来て‼」
俺に向かって言っているのか、迫りくる虎徹生に対してか、この時点では定かではない。
ただその声の主はさっきまで行動を共にした、一人の虎徹生であることは確かだった。
駄目で元々。どうせ捕まるのならと腹をくくって決意を固める。
「ええい、一か八かだ‼」
そうしてこの場を乗り切る最後の賭けとして、俺はその部屋へ転がり込んだ。」
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