9話
見下ろした先に見える一階のホールには、見渡す限りの特撮がそこに実在していた。
黒いカーテンで隔離された一室は一階では見えそうにないが、上からはその内部を目視でき、その中には巨大な特撮スタジオが顕在している。
まさに一つの都市を形作る巨大なジオラマセットだ。壁紙は空の青空が広がっており、怪獣物の特撮作品でよく見た光景がそこには広がる。
そんな舞台のセットには、怪獣やヒーローこそいないものの、建物の一部が破損していたり、火薬で燃えた後が見えたりなど、使用した痕跡があった。ついさっきまで、撮影でもしていたのだろうか。
そのスタジオのすぐ横には一面のブルーシートの上に、何十にもわたる長机が整備されていて、その机に向かいながら一心不乱に何かを作っている虎徹生が所狭しと並んでいる。
「めっちゃ、学生いるんだなぁ……」
「嬉しいことに、英雄会はにはたくさんの会員がいるからね。数の部隊に分けて活動してるんだ。撮影班、技術班、編集班、演劇班、美術班って言った感じに」
「へぇ~……じゃあ、今ホール内で活動してるのは……」
「演劇班と美術班。特に、美術班は来年の虎徹祭の準備をしてるんだ。スーツが出来なきゃ、撮影自体始められないからさ」
「はえぇ~……意識高えぇ……」
虎徹大の学祭は毎年春に行われるはずだ。まだ半年もあるというのに、もう来年の準備を始めているとはその行動力に恐れ入る。
その美術班であろう彼らは机の上に置いてあるカッターやハサミ、ボンドを駆使しながら、手元の工作用紙、そのほかにも発泡スチロールのような、されども薄いボードのような物体を加工して、ある造形物にまとめていた。
あれは、ヒーローのかぶるマスクや装着するアーマーだろうか。尋常じゃないほどの量を製作している。
「あそこで虎徹生さんが量産してるあのマスクは? ヒーローのやつ?」
「ん? あれは戦闘員用のマスクだよ。作ってるのは全員一年生。別に、CGで作ったのを3Dプリンターで出力してもいいんだけど、作り方をマスターしないと継承できないから」
「継承ねぇ……にしても、工作用紙をあそこまで球体っぽくするのは凄ぇなぁ……」
「そんな難しいことでもないんだ。型紙さえあれば、量産可能だしね。どっちかって言えば、あっちのスーツの方が面倒だよ」
リーダーが指さした先では、ミシンのドドドドと言う音がリズムよく響いていた。
下に着るスーツや手にはめる手袋といった布地を裁縫係、立体物をすぐ横の造形係といった分担で効率良く作業を進めているようだ。
その作業風景にすっかり目を奪われていた俺だったが、見かねたリーダーが俺を諭す。
「他の班も、各々の場所で活躍してるんだ。例えば、技術班とかはあそこの情報技術室とかでね。そこにも行ってみようか」
そう言って、リーダーが指さした場所は、俺たちが今いる場所からほぼ反対側にある廊下沿いの教室だった。
一階で繰り広げられている光景が名残惜しく、俺は中々その場から離れられないでいたのだが、その間にもリーダーはとっくに次の教室の方へ足を運んでしまっており、俺も置いていかれないようにと、必死にその後を追う。
そうして目的の教室へたどり着くも、そこは先ほどの巨大スタジオとは打って変わった辺鄙なパソコン教室で、一階の美術班ほど人もいるわけでもなく、はたまた活気に満ちているというわけでもなさそうだった。
「ここは技術班が根城にしている情報技術室。洒落た名前だけど、要はヒーローの攻撃や変身の際に使うエフェクトを作るのが主な仕事かな。とはいっても、そんなに面白くはないんだけどね……」
リーダーの言葉の真偽を確かめようと、彼らのパソコンをのぞき見してみる。
だが、誰もかれもキーボードを駆使して画面上に火や水といったエフェクトを生成したり、そこに毎秒ごとに正確な動きをつけたりと素人の俺には全く理解できないものばかりだった。
確かに退屈を感じてしまう俺だったが、それ以上に不思議な光景が情報技術室の奥に見える。
一面緑の背景を後ろに、何台ものカメラに囲まれて、ダイナミックな動きをとっている黒い人間の姿がそこにはあった。
パソコンと格闘している学生はその異常に気付いていないのか、それとも慣れ親しんでいるのか、無関心を決めており、そのアンマッチさは何とも奇妙に思える。
「あれは? あの、全身黒タイツの変な人……」
「あぁ、あれはモーションキャプチャ―。聞いたたことない?」
「もーしょんきゃぷちゃー?」
「そう。人間の動きみたいなCGが必要になった時によく使うんだ。仕組みは結構複雑だから、説明は難しいけど、要はブイチューバ―みたいなもんだよ」
その言葉で俺も納得する。なるほど、いちいちⅭGを駆使してリアルな動きを作るより、こうしてモーションキャプチャ―を使った方が質も手間もうまくやりくりできるという事か。
「へぇ……でも、英雄会の主な活動って虎徹祭が主なんだろ? 攻撃とか変身のエフェクトはステージでも使ってたから分かるけど、モーションキャプチャ―って必要か?」
「確かに、うちのメインの活動は虎徹祭のヒーローステージだから要らないって言えば要らないんだけど、クオリティ向上のための資金が必要なんだよね。そこで、これまで出したヒーローのオリジナルビデオ販売したりして、必要な資金を調達してるんだよ」
「なるほどねぇ……大学からの資金だけじゃないのかぁ……ってうわぁ⁉」
虎徹大の異常なほどのクオリティの元凶を理解した俺だったが、そんな矢先に目前に一機のドローンが現れ、途端に態勢を崩してしまった。
「ごめん、ごめん、驚かせちゃって。多分、このドローンは撮影班の空撮用の練習かな。そういえば、今日は爆破撮影やるって言ってたし、次はそこを案内するよ。ほら、手を取って」
リーダーが差し出した手を取り、そのドローンが飛んでいく方に向かう。
そこから結構歩いたと思えば、俺たちはいつの間にか研究所の外にまで出ていた。
「研究所出ちゃったけどいいのか? もしかして、外でやってたりする?」
「撮影班は別館で作業してるんだ。大がかりな火薬とか、ワイヤーとか使うから、同じ場所だと流石に大変だからね」
「別館もあるのかよ⁉ もはや、企業の一スタジオだな……」
「確かに、設備に関しては日本一って言われてるし、時たま英撮の撮影スタジオにもなってるほどだからね。この特撮研究所は」
研究所から伸びる一本の連絡通路を通り、別館へとたどり着く。
ドアは空いているようで、近づくにつれてその中の様子が見えてきたが、それと同時に開いた隙間から、焦げ臭い匂いが俺の鼻を刺激した。
その異臭に耐え切れず、つい咳き込んでしまう。
「ゴホッ、ゴホ……焦げくさぁ……」
「ここが別館。撮影班が主に活動してて、ワイヤーアクションとか、爆破撮影とかを担当してるんだけど……爆破はもうやっちゃったみたいだね」
別館の壁には見るからに爆破を行った跡が残っている。まだ煙が出ている当たり、爆破ホヤホヤのようだ。
「なるほどね、あの爆音はここからだったわけか……」
別館の中は本館にあった特撮ジオラマのように空色を基調とした壁紙で覆われているのではなく、一面真っ黒だ。
所々その黒味が違うところから、おそらく爆破の焦げで黒くなったのだろうと推測される。
天井にはワイヤーアクションで使うのだろう、幾重にも広がるワイヤーがまるで蜘蛛の網目のように張り巡らされていて、床にはそのための分厚いマットが敷かれていた。
そんな折、そんなワイヤーを利用したアクションが突如として開始される。
そのマスクを見るに、先ほど美術班が人海戦術で大量生産していた戦闘員に違いない。
だが、そんなモブ戦闘員にもかかわらず、そのスーツを着たアクターは自由自在に空中を舞い、そうして見事なアクロバティックな動きを決めて、マットの方へ転がり込んだ。
その姿は、ワイヤーが丸見えなのに加えて、目を見張るエフェクトが無いながらも、まさに特殊撮影技術と呼ぶべき手法のアクションだ。
「すっげぇ……撮影班はどっちかって言ったら、こういう特殊技術を使って映像作るって感じなのか?」
「そういうこと。演劇班がドラマを撮る感じなのに対して、こっちは本当の特撮メインなんだ。それをやるうえでスーツアクターが必要になるから、体育会系のがたいの良い人たちが兼サーしてくれてるんだよ。ほら、噂をすれば」
マットに転がった戦闘員は一発でOKが出たようで、かぶっていたマスクを勢いよく外して、それを脇に抱えながらこちらに近づいてきた。
どうやら見慣れない顔の俺に興味を示しているらしく、体育会系さながらに気さくな挨拶をかましてくる。
「よぉ、一年リーダー‼ そいつは誰だ、新人か?」
スーツの上からでも、その鍛え抜かれた筋肉がわかるほどのゴツイ体のお兄さん。
その筋骨隆々な体は、ピチッとスーツに密着して、今にもはちきれんばかりにパツパツだ。
「この人がさっきの戦闘員?」
「うん。二年の如月先輩。来週の虎龍戦にも出場が決まってる、バリバリの体育会系だよ」
「あぁ、龍虎戦の……」
どうりでこうもガッチリとした体格なのかと納得する。これならあのきつそうなワイヤーアクションにも耐えられるのだろう。
だが、気づかないところで俺は地雷を踏んでしまったようで、気さくなあいさつはどこへやら、その雰囲気は突如として一変した。
「おい、待て新人。今、龍虎戦って言ったか?」
「え?」
空気が悪くなったことを肌で実感する。
しかし、その理由を考えるより前に、その如月という男は俺に嚙みついてきた。
「なんで龍法ごときが虎徹より前に入ってんだよ? 虎龍戦だろうが、あぁ?」
鬼にような形相でこちらに突っかかって来るのだが、何を言っているのか理解できない。
気迫に押された俺は逃げ腰のまま、一歩後ずさんでリーダーに助けを求める。
「え……? なんでこの人キレてんの?」
「そりゃあ、うちじゃ龍虎じゃなくて虎龍っていうのが通称だからね。それも大会に出場する選手ならなおさらだって」
リーダーが話す内容によると、どうやら龍法嫌いの虎徹生は龍法と虎徹のことを龍虎と呼ぶのではなく、逆に虎龍と呼称しているようだ。
その理由は本当に単純で、龍虎だと龍法が前に出てきて気に食わないのだと。屁理屈すぎて言葉が出ない。
「それに加えて、如月先輩は龍法に対して異様なほどに恨みを持ってるから、そこのところはかなり敏感なんだよ」
「なんだよ、その初見殺し……」
聞こえないように敢えてひそひそ声で話していたのだが、それが逆に如月の癪に触ったようだ。
「何ひそひそと話してんだ? 怪しいな、お前……」
「ははは……」
愛想笑いで何とか時間を稼ぐ。
まずい、こんな状況で俺が龍法生とバレてしまっては恐れていた事態になりかねない。
少々不自然だが、ひとまず退散するのが適当だろう。
参考になる情報は既にたくさん手に入ったはずだ。まぁ、それが使えるかと言ったらいささか疑問だが……
そう考えた俺は出口に向かおうと、颯爽と体を振り向かせた。のだが……
「おい、お前その定期……!」
逆に、その行動が命取りになった。
それまではうまく隠れていたはずのリュックの側面ポケットに入れた定期券が、振り向いた拍子に如月の視界に映ってしまったらしい。
そこに記載されているのは俺自身が龍法生であることを半ば認めるような内容だ。
「田吉駅ってどういうことだ? これ、龍法の最寄りだよな?」
「……」
「どういうことだ、お前。説明しろよ」
沈黙を貫く俺に、如月は絶えず追及を続ける。
一方、渦中の俺はと言うと、額は既に緊張による汗が走っていて、ほぼ自白をしているようなものだ。
周りを見ると、この状況を不審に思ったのだろうか、他の虎徹生連中がいつの間にか俺を中心に周囲を取り囲もうとしていた。
逃げるなら、今しかない。
「あっ‼」
唐突に何もない場所を指さして、周りの注意を逸らす。
そんな古典的手法で彼らの目を欺くと、全速力で出口へと突っ走った。
しかし、当然、そんなことで逃げ切れるわけもなく、そうして逃げる俺の背中に彼らの怒号が響く。
「逃がすなぁ‼ あいつを捕まえろぉ‼」
そんな大号令を契機として、英雄会からの逃走劇が今、幕を開けたのだった。
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