28話

 ことは彼女の幼少期から始まる。


 小さいころ、瀬名の周りには友達がいなかった。否、作らなかった。


 他の子より知性に富んでいた彼女には同年代の遊びはつまらなかったからだ。幼稚舎では一人で遊んでおり、兄弟姉妹もおらず、両親ともに忙しかったために彼女は家でも一人だった。


 そんな時、彼女はとあるテレビ番組を見た。


 それこそ特撮ヒーロー作品。おそらく俺が幼少期にはまった特撮作品と同じものだろう。


 それは一人だった彼女の心をいつも満たしてくれた。ひたむきに、自分勝手なほどに自分の正義を貫く、そんなヒーローの姿に瀬名は一目ぼれしてしまったようで、それまでおねだりなど一切してこなかった彼女は両親にそのおもちゃをせがみ、それで遊ぶようになっていた。


 そんなある日、いつものように彼女が一人幼稚園で遊んでいると、一人の男児が声をかけてきた。


「ヒーローすきなの? ぼくも!」


「ほんと? わたしも!」


 そうして友達のいなかった瀬名に初めての友達ができた。


 だが、それだけにとどまらずヒーローを愛する友達が続々とやってきて、一人だった瀬名に初めて、友達と言える存在が出き始めた。


 みんなでヒーローごっこをして遊ぶ、そんな日々はとても、とても楽しい日々だったのだ。


 しかし、子供は成長する。小学校にあがるにつれ、瀬名と一緒に遊んでいた友達はみんなヒーローを卒業していった。


 まるで成長した自分にはもうヒーローの助けなど必要ないかのように。


 ただ、それだけならまだ良かったのだ。ヒーローに無関心になるのなら、それはただ昔に戻るだけ。一が零になったところで、何ら問題は無かった。


 だが、そうして正義を卒業した子供は次に悪逆を学ぶ。


 小学生にもなると彼女とともに遊んでいた彼らは当然のように人の悪口を言い始めたり、暴力的になり始めた。


 人間の悪の側面を学び、そしてそれを是とし始めたのだ。


 だが、彼女は聡明で会ったが故に、その悪逆が間違っていることを理解していた。世界を救うヒーローが正しいことを理解していたのだ。


 しかし、そんな彼女を友達は許さなかった。手のひら返しをするようにヒーローを馬鹿にして子供っぽいと蔑んだ。


 純粋無垢な子供の発言は非情だ。彼女と違って善悪の判断もできていない彼らは、加減というものを知らず、瀬名の心に大きな傷跡を残した。


「おまえ、まだヒーロー見てんのかよ」

「いいかげんそつぎょうしろよー」

「小英ちゃん、おんなのこなのにへん!」


 そうして彼女と友達をつなげていたヒーローは友達を阻む壁となってしまった。


 自分が馬鹿にされることは彼女にとっては何ら痛いものではなかった。


 だが、彼女に光を与えてくれたヒーローが攻撃されることを瀬名は許すことができなかった。 


 幼いころに散々世話になったはずのヒーローを、成長してからはまるで用済みかのように蔑むその姿勢、恩をあだで返すようなその様に逆に清々しさを感じるほどに。


 特撮が好きであることが周囲に知られると、特撮が笑われてしまう。


 ただの固定観念のくせに、それを子供っぽいと言って切り捨てられる。


 だから瀬名は仮面をかぶった。


 特撮が好きな本当の自分を仮面で隠し、偽りの自分を演じることで常日頃から特撮が嘲笑の的にされることを人知れず防いでいた。すべては特撮への愛ゆえに。


 そうして彼女は自らの愛する特撮を守るため、一人仮面をかぶり戦ったのだ。たとえ、その身を犠牲にしようとも、自分の愛した特撮を守る、ただそれだけのために。



「だから、龍気体に……」


「そう。食堂の時も、私はあれ以上特撮が龍気体によって馬鹿にされるのが耐えられなかった。だから、彼らのいう事に従ったし、龍気体にも入らざるを得なかったのよ。馬鹿みたいって思われるかもしれないけど、でも、それでもこの信念を変えることは出来ない。大好きな、ヒーローだから……」


 彼女がひたすらにオタばれを死守していた理由。その根本にあったのは他ならない特撮への愛だった。


 瀬名は特撮好きがばれることで、自分が馬鹿にされることを恐れたのではない。


 むしろその逆、それによって特撮が馬鹿にされることを許すことができなかったのだ。


 その想像もつかなかった重すぎる過去に、突如として重苦しい空気が立ち込める。


 鬱々とした雰囲気に満ち、沈黙が流れ始めたこの状況を打破するために、俺は何かを言葉にする必要があった。


 とはいえ、壮絶なまでの彼女の信念を目の当たりにした今、その感想を口にするのは難しい。


「なんていうか、その……」


 だが、黙っているわけにもいかなかった俺は意を決して、真っ先に心に浮かんできた正直すぎる所感を口にする。


「めっちゃメンヘラオタクじゃん……」


「……はぁ⁉」


「いや、実際そうじゃん‼ だってそれ、にわかファンには特撮を語ってほしくないってことだろ⁉ あ! だから最初会った時、俺に塩対応だったのかよ‼」


 一見すると中々に重い話であると感じる一方、よくよく考えてみればそれは俗にいう同担拒否と言う概念に近い。いや、古参厨とも言えるだろうか。


 そんな俺の指摘は図星だったのか、瀬名は顔を赤くさせて俺に文句をつける。


「うるさいわね……そもそも、君があんな的外れな計画書見せるからでしょ⁉ まぁ、二度目のは悪くなかったけど……」


 満更でもなさそうに、二度目の計画書を口にする瀬名に、俺は一抹の期待を覚えた。


「本当かよ⁉ それなら、あっ……」


 その言葉に一瞬期待を寄せる俺だったが、すぐにその言葉通りにならないことを理解した。


 瀬名も俺の言わんとしていることが分かったようで、はっきりとその決断を口にする。


「うん、悪いけどね……確かに、君の勧誘は魅力的だったし、私もあなたのヒーロー計画には協力したい。けど、君がヒーローを目指してるように、私にも貫き通さなきゃならないものがあるの」


 真っ直ぐと俺の目を見て、瀬名はその胸に秘めた決意を明かしていった。


「龍気体なんかには死んでも戻りたく無かったけど、こうなったら私は影であなたを支える。私が龍気体にいる限り、彼らにあなたの邪魔はさせないから、あなたは安心して自分のやりたいことに突き進みなさい」


 そう決心した瀬名の眼に一切の迷いは見られない。


 そんな覚悟を決めた瀬名に、俺が口出しするというのは野暮と言うものに他ならなかった。


「それがあんたの望みって言うんなら、俺がとやかく言う事じゃないな…… うん……」


 だから、胸に引っかかるこの歯がゆさを俺は、ついぞ瀬名に明かすことは出来なかった。


「もう暗いし、後は帰りながら話しましょ。怪我人の君一人だと、流石に危なっかしいからね」


「だな、そうしよう」


 


 医務室を出ると、外はもう真っ暗だった。まだ授業をしている構内からの照明の光で困ることは無いものの、相当の時間寝こけてしまったのだと改めて実感する。


 駅までの帰路の途中、当たり障りのない話をしながら、正門までたどり着くと、そこに転がっていた何かを瀬名は指さした。


「あ! ベースマスク落ちたままじゃない‼」


「あぁ、そういや、そうだったな……」

 

 そんな相づちを返す間もなく、瀬名は一足先に正門前でポツンと落ちたままのベースマスクに駆け寄った。


 そうして、それを大事そうに抱え込むと、何やら思いつめたような表情で、その残骸を見つめていた。


「にしても、よくあの猛攻に耐えてたわねぇ……凄いなぁ、これ……」


 そんな光景を横目に、俺は一人、物思いに沈んでいた。


 先の医務室で、その胸中をともに吐き出し合った俺たちにはもう、お互いに遺恨は残っていない。


 俺は瀬名に会って自分の非を謝ることができたし、瀬名の方もその守るべき信念を俺に伝えてくれた。


 このまま帰れば、たとえ同じ道を進まないとしても、これからも俺たちは特撮を愛する友達としてやっていけるはずだ。


 だから、これでいいはずなのに。


 俺は、胸に引っかかるこの思いを瀬名に伝えざるにはいられなかった。


「特撮は……」


「ん?」


 瀬名がこちらを振り向く。


 その目を見た俺は、急に言葉が喉に詰まって何も出てこなくなってしまった。


 俺がこれから言おうとすることは、望まない龍気体に戻るということを選択するに至るまで、自分の信念を貫いた瀬名のその覚悟を、真正面から全否定する言葉に違いない。


 理性ではそんなこと、とっくに理解できていた。これを口にしたら最後、俺と瀬名の関係は修復不可能になってもおかしくはない。


 でも、瀬名が信念を貫くというのなら。


 俺も、自分勝手に、その思いを言葉にせざるを得なかった。


 それは自分の夢のためでも、彼女のためでもなく、ただ特撮のために。一介の特撮オタクとして、彼女に伝えなければならない主張が、俺にはあったのだ。



「特撮は、あんたに守られるほど、弱いものじゃない」



 特撮は守られるもの。そんな瀬名の考えを、俺はついぞ納得することは出来なかった。


 何十年、何世代と超えて愛された、日本を代表する特撮が。


 俺にヒーローの夢を与えてくれた特撮ヒーローが、たかだか一個人によって守られるなんて、なんて傲慢。


 他者を守るものであったとしても、守られるようなものに俺は惹かれた覚えはない。


 そんな、一人の特撮オタクとしての主義主張を、俺は濁すことなく、はっきりと瀬名に伝えた。


 瀬名の方も、俺の主張にはどこか思うようなところがあるようで、それに真っ向から反論するようなことはしないものの、その返事はどこか懐疑的だ。


「でも、それをどう証明するって言うの? そう言われて、はいそうですかって言えるほど、私の信念は弱くは無いんだけど……」


「言った手前、俺も別に当てがあるわけじゃないんだよなぁ……」

 

 瀬名の意見はもっともだ。このままでは、ただの口から出まかせにしかなりえない。


 特撮の持つ強さ、それを瀬名に教えるには……


「そうだ‼」


 不意にその絶好の機会を思い出した俺は、背負っているリュックを地面に落として財布を捜索する。


 そうしてそこから、つい先日発券したチケットを二枚取り出し、瀬名に見せつけた。


「それって……」


 俺が手に持つそのチケットは、瀬名もしっかりと把握をしてあるようで、知ったようなそぶりを見せる。


 だが、瀬名がそうしてオタばれを危惧しているのなら、こうしたイベントには行ったことはまず無いはずだ。そんな予測をもとに、俺は瀬名にある特撮イベントへの招待を持ち掛けた。


「ヒーローエキスポ。特撮の素晴らしさを布教するなら、これ以上ないロケーションだろ?」

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