第7章 『特撮の強さ』

29話

 翌日、池袋の某所。


 俺たちは、絶賛開催中の特撮イベント、ヒーローエキスポ2021に来場するために、その会場付近を俺たちは散策している。


 幸いにしてお互い授業が無い、と言うより授業がオンデマンド形式だったために、平日にも関わらずこうして普通にイベント会場に足を運べている。のだが……


「んー、完全に迷った……」


「なんで事前に道筋把握してきてないのよ? 誘ったの君でしょ?」


「仕方ないだろ? 急遽行くって決めたんだし、俺だってエキスポ来るのは初めてなんだから。仕方ない、地図アプリで……」


 このままではらちが明かないことを悟った俺は、デフォルトでスマホにダウンロードされている地図アプリに手を伸ばす。


 瀬名も俺同様にスマホで会場の位置を調べてくれているようだが、ふとその動きを止めて俺にある質問を投げかけた。


「そう言えば八神君、なんでチケット二枚持ってたの? 誰かと行く予定でもあったわけ?」


「あぁ、それは龍法の先輩と……」


「はぁ⁉ 君、もしかして、余りものを私に寄こしたってこと⁉ 女の子をデートに誘っておいて、それって……」


「えぇ……そんな怒ることでも……おっ、出た出た。とりあえず、この建物の四階にまで上がればなんとかなりそうだな」


 なにやら瀬名が不満を漏らしている中で、俺はその正確な位置を割り出すことに成功した。


 入場時間は午前十一時半。今がその十五分であることを考えれば、そううかうかしていられない。


 そう焦燥に駆られている俺とは反対に、いまだぶつぶつと不満を口にする瀬名を俺は急かす。


「せっかくのデートだと思ったのに……」


「分かったって。早くいかなきゃ、入場時間に間に合わないだろ? 今度、先生のこと紹介するからさ」


「先生……?」


「さっき言った龍法の先輩のこと。高校の時の塾の先生で、まだそう呼んでるだけだから、別に気にすることでもないから。ほら、早く行くぞ」


「あ、ちょっと……」


 困惑している瀬名を置いて、やや駆け足で近くにあった階段を上る。


 遅れまいと瀬名もそんな俺の後をついてきたが、その表情にはまだ疑念が残っていた。


「本当にここで合ってるの? それっぽいもの、全然なさそうだけど……」


「先生の話だと、エキスポは会場に着いたら一目で分かるって言ってたから……おっ、噂をすれば……」


 四階へと近づくにつれて、何やらアップテンポな曲調が響き渡る、ポップな熱い音楽が上から聞こえてきた。


 何度も聞いたような、そんな音のする方へと向かうと、先生の言った通り、一目でここが会場であることをすぐに理解できた。


「ここが、エキスポの会場……」


「だな。と言っても、まだ入り口だけど」


 とはいえ、たかだか入り口にも関わらず、そこでは現在放送中の環境戦士エコイストの主題歌が大音量で流され、エコイストの等身大パネルやあちらこちらに張り巡らされた本イベントのポスターが入場者を迎えていた。


 平日真っ只中にもかかわらず、来場者の数はそこそこ多く、小さい子供を連れた家族連れの他に俺たちのような大学生、はたまたお仕事中の会社員や御年何十歳とばかりのご老人の姿さえそこにはあった。


「私、てっきり親子連れくらいしか来てないと思ってたけど、意外と私達みたいな人たちも来てるのね……」


 そんな光景は、彼女の想像と大きな齟齬が見られるようで、ありのままの感想を俺に告げる。


「俺も初めて来たから、びっくりだな…… ってまずい‼」


 時刻は既に入場時間終了のものの数分前。たかだか入り口に見ほれて、会場に入場できないという本末転倒を避けるため、俺は急いで入場列へと駆け寄った。


 先ほどの俺と同様に、いまだ目を奪われている瀬名を急き立てる。


「おい、瀬名‼ そろそろ入場時間過ぎちゃうから、早く‼」


「あ、うん……」


 何とも名残惜しそうな素振りを見せるものの、瀬名もすぐに俺の横で列に入る。


 ぱっと見、人の数は多そうに見えたのだが、その実会場内の面積がやけに広いのか、列の進みは早いままに、俺達は受付のスタッフにチケットを渡して、大した待ちを食らうことなく、そのまま会場の中へと入ることができた。


 そうして入場したエキスポの本会場に、俺達は二人そろって度肝を抜かれてしまった。


「凄い……これが……」


「あぁ、ヒーローエキスポ。英撮の特撮ヒーローは今年で五十周年だからな。それも相まって、こんなに規模がでっかくなってるんだと」


 そう話すエキスポ会場は先の入り口からは想像もつかないほどに広く、高く、そして多種多様なまでの展示物が所狭しと陳列されており、まさに底上げ弁当の逆版と言える。


 奥には他の部屋へと続く通路も見られ、実際は今見えている空間の二倍、いや三倍の広さを誇っていてもおかしくはない。


 また、入り口付近でも流れていた主題歌はさっきよりもひとしお大きい音量で会場を彩っており、その場で聞いているだけで気分を高揚させてくれている。


 そんな光景を間近にして、往年の特撮オタクである瀬名は途端に言葉を失っていた。


 だが、その表情は固まっているわけではなく、展示物に目を輝かせているそこらの子どもと同じように、その心の中はウキウキしているように感じられた。


「特撮が馬鹿にされるのを怖がってたって言うなら、こうしたイベントには来たことないんだろ? ま、俺も初めてだけどさ」


「うん。こんなに凄いことになってるなんて、想定外だった……早く見に行こうよ‼」


「分かった、分かった。落ち着いてな?」


 急かされるようにして、子どものようにはしゃぐ瀬名の後をついていく。


 どうやら俺たちが現在いるこのエリアは変身アイテムや武器、その他スポンサーによる販促のためのフィギュアや食玩などが展示されているようで、こんなものまで、と言うほどに発売されたほぼすべての商品が揃っていた。中にはこのエキスポでしかお目に掛かれない初代特撮ヒーロー放送当時の未開封駄菓子なんかも展示されている。


 続く次のエリアでは設定資料集や台本、脚本に加えて各特撮ヒーローの歴代ポスターなど、年代物のお宝がこれでもかというほどに解禁されてあった。中には没になってしまった幻の作品など、それが示す価値は折り紙付きだ。


 そうしたコアなオタクに向けた展示物を見終わると、最後のエリアでは半世紀にわたる戦いの歴史を表すように、英撮に秘蔵されてあったと特撮ヒーロー作品のヒーロースーツや怪人、怪獣の着ぐるみが、まさに全員集合!といわんばかりの形で展示されている。


 実際に撮影で使用されていたスーツももちろんあり、それだけにとどまらずその武器や小道具と言ったプロップも同様に展示が行われていた。


 中でも戦いの最中のシーンをそのまま切り取ったジオラマは臨場感が凄く、まるで自分がその戦いの場に遭遇してしまったかのような雰囲気を与えてくれる。


 とは言え、まだ特撮歴が二年もいかない新参者の俺にはまだ履修していない特撮作品もそこそこあり、時折皆目見当もつかないものも見受けられたのだが、真の古参である瀬名は俺とは一味違っていた。


「凄い……聖哲戦士ジークムントとか、フィロソフィア―もいるなんて……チキってないで、毎年来るべきだったかなぁ……」


 そう言いながら、パシャパシャとできる限りの写真を四方八方からスマホに収めている。


 しかし、その途中で何か違和感に気付いたのか、瀬名はふと写真を撮る手を止めた。


 そうして顎に手を当てながら、何かを思いつめたように、今さっき写真を撮っていたスーツをじっと見つめている。


 そんな瀬名に、俺は含みを持たせて声をかけた。


「どうした? 何か、気づいたことでもあったのか?」


「いや、大したことでもないんだけど、この二つのスーツって、今までそんな風には見えなかったんだけど、実際こうして近くで見てみると、なんか似てるなぁって」


 そう発した瀬名の言葉は、大した意図もない、何気ない感想に他ならない。


 しかし、俺は瀬名がこぼしたその言葉を、今か今かと待ちわびていたのだ。


「そりゃあそうだよ。だってそれ、片っぽを改造して作ったやつだもんな」


「えっ⁉」


「それこそ、瀬名をエキスポにまで連れてきて、俺が伝えたかったことなんだ」


 俺はそう言って、すぐ隣の展示物を指さしながらその話を続ける。


「それだけじゃないぞ。この武器も前作の改造品だし、何ならあの怪獣の着ぐるみだっておそらくもう三回は改造の系譜があるんじゃないかな」


「本当だ……‼ テレビじゃ気づかなかったけど、よく見ると模様とか形状がそっくり……‼」


 俺のそんな説明を確認しようと、瀬名は触れるか触れないかのギリギリのところまで、まじまじとその展示物を見つめ、その精巧なまでの改造に関心を覚えているように見える。


 やはり瀬名は俺の思った通りで、公式から供給される情報は確実に仕入れてはいるものの、特撮を守ろうとするその気概のあまり、こうした特撮の裏事情、ひいては舞台裏の知識を知りえてはいなかった。


 いや、それも当然。こんな苦労を知っていれば、特撮が守られるものなんて戯言、言えるはずもない。


 俺はそんな瀬名に追い打ちをかけるかのように、その改造の理由も述べていく。


「特撮に莫大な金がかかるのは知ってるだろ? 何たって、毎度のこと爆破撮影は行うし、ⅭGだって馬鹿にならない。それに、毎回の怪人、怪獣に加えて強化フォームやら追加戦士やらのスーツを逐一作ってたら、予算なんかすぐに底を突いちゃうからな」


「確かに、どこからひねり出してるのかなぁとは思ったことあるけど……」


「まぁ、大半は販促元のスポンサーが出してくれてるんだろうけどさ、それも無限ってわけじゃない。だから、こうして使わなくなったスーツやら武器やらを改造して、そのクオリティを維持してるんだよ。培ってきた技術やノウハウを最大限駆使してな」


 その出来栄えが恐ろしく完成度が高いという事は、往年の特撮オタクである瀬名が今まで気づいていなかったことからも分かる通り、今更言うまでもない。


「もし、特撮が単なる子ども騙しって言うなら、わざわざ改造なんて手間をかけることないだろ? そもそも、子どもは怪人なんかそっち向けでヒーローにしか興味ないだろうし、元の予算でやりくりすれば、一応は作品として出来上がるもんな」


 そう。元あるスーツを流用して節約するなんて、他の経費を削ればそんな必要はない。CGや火薬、削るものは他にもたくさんあるというのに、特撮を作る彼らは決して妥協することはしてこなかった。


「だけど、製作元の英撮はそんな妥協を許してない。限りある予算でも子どもだけじゃなく、特撮を見ているすべての人のために、それが作品に必要ならばどれだけ手間がかかっても努力を惜しまない。そんな特撮が単なる子ども向け作品に収まるものじゃないって事は、瀬名もよく分かってるんじゃないか?」


「……」


 俺のそんな主張を受けて、瀬名は黙ってその言葉の意味することを一人考え込んでいる風だった。


 瀬名の中でも当然葛藤はあるだろう。今まで彼女が被ってきた仮面が容易に壊れるなんてことはまずない。それだけ、瀬名は特撮を守ることに必死だったのだから。


 だけど、俺が明かした特撮の否定しようがない事実に、今までの自分の信念に迷いが生じ始めているはずだ。


 だから、俺はまさにダメ押しと言わんばかりに、一介の特撮オタクとして、わざわざここに連れてきてまで伝えたかった特撮の素晴らしさを、容赦なく彼女に布教する。


「それこそ、特撮の持つ強さなんだよ。どんな状況にあろうとも、今あるすべてで最高の作品を作り上げようとする気概は、瀬名が言うように守られなければならないほど弱い概念なんかじゃないはずだ」


「特撮の持つ、強さ……」


 俺が口にした言葉を、彼女自身の中で噛みしめているように、瀬名はそう復唱した。


 俺は、自分と同じく特撮を愛する瀬名にも知ってもらいたかったのだ。


 それは決して俺のヒーロー計画に勧誘する訳でも、彼女が貫く信念を崩すわけでもない。


 ただ一人の特撮オタクとして、特撮が必ずしも、特撮は子ども向けや子ども騙しと言って嘲笑されるものではなく、日本を代表し、長い歴史と絶え間ない努力の上に存在している、恥じることない素晴らしいコンテンツであるという事を。


 そうして、長い時間をかけて、それが瀬名の喉元を過ぎ去ったとき、


「そうね……八神君が言いたいこと、何となく理解してきた感じがするわ」


と俺の言いたいことを納得してくれたかのような返事をこぼした。


 見事に布教を成功させた俺は、その喜びの余り、もっと多くのことを紹介せんと意気揚々として他のスーツの展示に目を配る。


「だろ? そうなったら、他のスーツに関しても……ってうわぁっ‼」


「八神君⁉」


 だが、熱意に燃える俺の足に急に何かがぶつかってきて、俺は思わず態勢を崩してしまった。


 そうして床に尻もちをついた俺の目先には、


「っんだ、こいつ……?」


「ひっ……⁉」


 そんな俺と同様に、床に尻もちをついた小さい男の子の姿があった。


 年齢的に見れば、まだ五、六歳ほどの子どもだ。


 だが、その目にはどうも俺に対する怯えが見え、腰を抜かしたままずるずると後ずさりを見せる。


「ちょっと、子ども相手にそんな怖い顔しないでよ、大人げない……」


「そんなに怖いかなぁ……」


 どうやら、俺の目つきが怖かったようで、瀬名からは半ば軽蔑したかのような視線を送られた。


 そうして瀬名は、その子どもの目線にまでしゃがみこむと、そうやって怯える子どもの目をしっかりと見て、


「どうしたの僕? 迷子になった?」


 と優しく声をかける。


 すると、俺には怯えて震えた声しか出ていなかったその子どもは、瀬名には心を開いたようで、子ども元来の饒舌なまでの口調のまま、そのいきさつを話してくれた。


「えっとね、パパとママがさっきのへやのもじばっかりみてるから、あきてこっちにきちゃったの。そしたら、パパとママがどこにもいなくて。さがしても、どこにもいなくて……」


 だが、話していくうちにその子どもの目には涙がたまっていく。声を上げて泣くようなことはしないものの、そのすすり泣きはなんとも俺たちの同情を誘い、こっちまで居たたまれない気持ちになってきた。


「完全に迷子ね……」


「話聞く限り、一部屋前のエリアに興味の無い子どもが親を置いて、ヒーローが多いこっちのエリアに一人で突っ走ってきたって感じだな。いやぁ、親御さんも大変だねぇ……」


 とは言え、この子どもの気持ちもわからなくはない。ポスターはあるとしても基本的には文字が多数を占める先ほどの空間は、どちらかと言うと子どもと言うより玄人向けの内容だ。


 まだ五、六歳程度の子どもが理解できるわけもなく、親が展示に夢中になっている隙をついて一足先に興味のあるこちらのエリアに来てしまったのだろう。


「これだけ広けりゃ、迷子の一人くらい出てもおかしくは無いか……で、この子どうする?」


「どうするって言っても、私、この子を放っておくわけには……」


「ま、そうなるわな……」


 せっかくの布教の機会を奪われてしまったことに、多少なりともこの子どもに恨みがましい気持ちが湧くも、ここはその気持ちをグッと抑える。


 そうして、すすり泣く子どもの肩を両手でつかむと、その子を安心させるようにある約束事を交わした。


「よし、俺達に任せときな‼ 必ず、お前のパパとママを見つけ出してやるよ‼」


 そんな俺の元気のこもった宣言に、子どものすすり泣きが止まる。


「ほんと……? パパとママを見つけてくれる……?」


「あったりまえだろ? な、瀬名?」


「もちろんよ。お姉ちゃんたちが、必ず見つけてあげる」 


「ありがとう、おにいちゃんたち……!」


 そうして安心したのか、ようやくその顔に笑顔が戻った。


 しかし、そんな子どもとは逆に瀬名の方はどこか不安げな様子を俺に見せる。


「でも、どうやってご両親を見つけるの? 結構広いし、なかなか見つけにくいんじゃ……」


「そんなの、簡単な方法が一つあるだろ? 最もメジャーで、最も単純な秘策が」


「……秘策?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る