27話
「……ん……?」
おぼろげな意識のまま目が覚める。
開眼直後に映った映像は、目映いほどに輝く電球の光。そして無機質なまでに白く、どこか統一感のあるような天井の光景だった。
「あれ、ここは……?」
龍法では見たことも無い空間、しかしそれが中高で言う保健室に近しいものであることは何となく理解できた。
時刻はもう夜に入ってしまったのか、窓から差し込んで来る光はすでになく、この部屋の電球が異様にまぶしいように感じる。
だが、その光が俺の脳を覚醒させてくれたようで、まだ不完全ながらも意識を失う直前の記憶が曖昧とだが思い出されてきた。
「確か俺は……そうだ……!」
俺は正門前の広場で龍気体二人と殴り合いの決闘を行っていた。
きっかけはほんの些細な出来事だったが、その目的はしっかりと頭に入っている。
瀬名に再び会う、そのために俺は正門から動かざるを得なかったのだ。
そうして意識を失う直前、確かに俺はこの目で瀬名の姿を見た気がした。
その直観を頼りに、俺は自分のいるこの部屋を見渡してみる。
だが、それには先ほど構内中を探し回ったほどの手間は必要無かった。
肝心の瀬名は俺が寝ているベッドのすぐ隣で、壁に寄っかかりながらうたた寝をしている。
ずいぶんよく眠っている彼女を起こすにはどうも気が引けたが、そうもじもじしてもいられなかった。
「おい、瀬名‼ 瀬名ってば‼」
呼びかけだけでは足りないと思い、彼女の腕の袖を少しだけ引っ張ってみる。
その微々たる衝撃で目が覚めるに至ったようで、彼女は目をこすりながら、不思議そうに俺の方へと視線を落としてきた。
「ん……? あぁ、やっと起きた……」
もうすっかり暗くなってしまった外の風景を鑑みれば、瀬名がそう言うように、俺はかなりの時間寝てしまったのだろう。
だが、その甲斐あって回復した俺の意識は先の決闘よりもはっきりしていて、いまだ把握できていないこの状況を知りたくてたまらなかった。
「ここって……?」
「学生部の医務室よ。ここまで連れて来るの、結構大変だったんだから……」
その台詞に俺が妙なデジャブを覚える一方で、瀬名は呆れたように大きなため息を吐いた。
「もう先生は帰っちゃったけど、特に目立った外傷は無いってさ。君があの場で意識を失ったのは、極度の疲労によるものなんだって」
「疲労……だけ?」
二対一の不利的状況で数十分もの間、彼らの殴打の応酬に晒されていたために、それなりの負傷は覚悟の身だったが、その診察結果は流石に拍子抜けだった。
と思ったのもつかの間に、俺はその疲れの原因を徐々に悟りだす。
「そういや、三徹明けだったっけ……」
「何でそんなに寝てないのよ……」
「いやぁ、夢中で作業してたから……」
立て続けに色々なことが起こりすぎて、今日の朝の記憶さえ覚えていなかったが、つまり、決闘の途中で俺の頭を襲った痛みは単なる寝不足だったというわけだ。
そんな事実にホッと安心する俺だったが、瀬名の方はと言うと、そうはいかないらしい。
「そ・れ・よ・り・も‼」
はきはきとした大声でそう言うと、まるで何かを物申すかのような口調で俺に迫ってくる。
そうして俺を指さすと、ものすごい形相で俺に説教をかましてきた。
「どうしてあんな目立つ場所で、龍気体に喧嘩売っちゃうのよ、君は‼ さっき食堂で痛い目見たばっかりじゃない‼」
「いや、正確にはあいつらが売って……」
「売ったも買ったも変わらないわ‼ 私が来なかったら、どうするつもりだったの⁉」
途中、事実とは異なるその主張に、俺は口答えを挟んだのだが、瀬名から感じるその勢いに押されて、そのまま言い切られてしまった。
だが、瀬名にそう言われて初めて、俺は先の戦闘の記憶が鮮明に思い出されてくる。
寝不足による疲労から、頭がうまく働かなくなった俺は、そのまま態勢を崩してしまった隙に連中の強烈な一撃をくらう寸前だった。
そうして、その一発が俺の顔面に入る直前、瀬名の発した号令によってその拳が目前で止まり、俺は間一髪を逃れた。
そうだ、瀬名が俺を助けに来てくれて……
だが、その記憶を思い出した俺は同時に、その時彼女が何か、俺にとって見覚えのあるものを羽織っていたことも思い出す。
「いや、ちょっと待て……そう言えば、なんで龍気体の学ラン着てたんだよ⁉ そこにも掛かってるし⁉」
今気づいたことだが、医務室のカーテンの端には龍気体の幹部的な役割を果たすのだろう学ランがハンガーに掛けられている。
単なる見間違いだと思っていたが、その実そうではなかったようで、俺は胸に引っかかるその疑問を放置せざるにはいられなかった。
なぜなら、それが表すのは瀬名が龍気体に入ってしまったという事実に他ならないからだ。
「仕方ないでしょ。龍気体に戻らないと、君と特撮を摘発するって言われちゃったんだから」
「だからって、そんな……」
「まぁ、詳しいことは後々話すわよ。君こそ、私に何か用があるんじゃないの? そう聞いたから、駆け付けたんだけど……」
そう言われて、俺は瀬名に会おうとしたその要件を思い出す。
「そうだった‼ 俺は瀬名に会おうとして……」
彼女に会ってしようと思っていたことはたくさんあったはずだが、そのどんなことよりも俺が彼女にやるべきことはただ一つ。
不意に、俺は自分の寝ていたベッドから飛び降りると、彼女に向かって深く頭を下げた。
それは彼女に対する謝罪に他ならない。
「ごめん‼」
「え?」
突如として謝罪の言葉を発した俺に、瀬名も驚いた様子を見せる。
だが、俺はそんな彼女などお構いなしに、自分の思いを素直に述べていった。
「さっきの食堂で、あんたは自分の身を犠牲にしてまで俺を守ってくれた。それなのに、俺を助けてくれた君に、俺は酷い言葉をかけてしまった。そのことを、どうしても謝りたかった」
ありのままの、自分の思いを俺は正直に連ねていく。
「あの後、冷静になって考えたんだ。瀬名が外部生だって言うのは単なる俺の思い込みだし、そもそもあんたが俺に何かを騙していたことは一つもなかった。それを勝手に裏切られたと解釈して、そのやりきれない思いを、俺は瀬名にぶつけていただけだ。本当に、申し訳ない……」
そうしてもう一度、深く、深く俺は頭を下げた。それは自分の非に対する当然の行いであり、それを経ずに、瀬名と対等な関係を気づくことは、俺には出来ない。
だが、そう謝罪の言葉を述べる重々しい雰囲気の俺とはまるで対照的に、瀬名の方はそのことなど特に気にもかけていない様子で、
「それならいいの。あなたに何も説明しなかった私も同じようなものだし」
と、非常に軽い返事を返す。
その温度差でさえ俺にはかなりの衝撃だったのだが、その後に続いた瀬名の言葉に、俺は呆気にとられるしかなかった。
「それに、どちらかと言えば私はあなたに感謝してるのよ?」
「感謝?」
「そう、勧誘の際、君が言った言葉が、私に大事なことを気づかせてくれたから」
「大事な、こと……?」
「うん。小さいころから大切にしていた、とても、とても大事なこと……」
そうやって一呼吸置くと、瀬名はゆっくりとその口を開き始めた。
「私はね、特撮を守りたかったんだ。私を救ってくれた、特撮ヒーローを」
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