26話
「何ぼーっとしてんだよ、外部生‼」
「ぐおぁ……‼」
不意に目前に繰り出された衝撃で、現実へと呼び戻される。
いまだ体の調子が回復することないままに、もろにその一撃を食らってしまった俺は、ふらつく足を押さえて何とか立っている状態だった。
頭は無事だが、そのほかの体はもうボロボロだった。体のあちこちに殴れれ蹴られの痕跡が見え、そのどこかしこも悲鳴を上げている。
気づけば、集まってきた野次馬どもがまるで円を作るようにして俺と二人の龍気体との決闘を取り囲んでいた。中にはスマホを持ち出して写真を撮る連中まで現れており、パシャパシャというシャッター音があたり一面に響く。
ただでさえ、本調子ではないというのに、こうも他の学生がひしめき合っているとは、外部生の俺にとっては圧倒的アウェーな状態だ。
だが、疲弊しきっているのは何も俺だけでは無いようだった。
「ぜぇ、ぜぇ……いい加減諦めろよ……」
「まだ、立ち上がるのかよ……」
何度も喰らわせた俺の頭突きに参っているのか、最初に俺に見せた威勢はもはや感じられない。
いや、それどころか数十分も続き、さらには二対一という数の利さえあるのに、いまだゾンビのように立ち上がる俺に恐怖に近いものを抱いているのか、その顔は引きつっている。
そんな今の状況を考慮すれば、これはもはや決闘などと言うものではなく、持久戦と言う言葉の方が正しいように思えてきた。
「そんならとことんまで付き合ってやるよ……」
しかし、そう意気込んだのもつかの間に、再び締め付けるような痛みが俺の頭を襲い、ふらりと態勢を崩す。
そんな俺が動けなくなった隙を見逃さずに、龍気体の一人は再び俺に羽交い絞めを仕掛けてきた。
そうして耳元でこう囁く。
「なぁ、いい加減諦めろよ……」
「何をいまさら……」
何とかしてその拘束から外れようと足掻いてみるも、二度も同じ轍を踏む気はないのか、今度はガッチリと拘束されていて一切の身動きが取れない。
そうするうちに、もう一方の龍気体が俺の前に歩み寄り、その要件を続けた。
「こんなに人が集まってきたら、俺たちも引くに引けないんだよ……これ以上、失態を犯すわけにはいかないんだ……お前が逃げてくれさえすれば、後は水に流すからよ……」
「俺に投降しろってか……?」
回らない頭を駆使して、その言葉の意味を考える。おそらくは自分たちの体裁を守ろうとしているのか。
こうも多くの見物人がいる中で、万が一にでも外部生である俺に負けることがあれば、一龍気体として格好がつかないだろう。ましてや先ほど学ランを剥奪された目前の龍気体員に関してはその思いは切実なはずだ。
だが、俺が敗走するという流れになれば周りの野次馬も龍気体が外部生に勝利したと認識し、その体裁は守られる。俺も相手らもこれ以上の泥仕合を続けずに済むわけだ。
ことさら俺も勝敗を気にかけているわけでもない。彼らの要求を呑まない理由は特には無かったわけなのだが……
だがそれ以上に、俺は龍法に蔓延る、そうした同調圧力的な空気に屈服することを許したくなかった。
「悪いけど、それを呑むわけにはいかねぇなぁ……それに……」
そしてそれ以上に今の俺には、瀬名に再び会う、そのことしか考えられていなかったのだ。
「何度も、言ってんだろ……! 俺は、ここを離れるわけにはいかないんだよ……‼」
「あぁ、そうかい……分かったよ……‼」
俺の返答に諦めたようにそう零すと、突然俺の頭に装着しているマスクを両手でつかんできた。
そうして、彼らによる猛攻と俺の頭突きの衝撃で空いた穴から、ビリビリとその裂け目を一つ、また二つと増やしていく。
「まずいっ……マスクが……‼」
防ごうと試みる努力もむなしく、ついにベースマスクは亀裂部分から真っ二つに破れ、俺の顔から零れ落ちた。
地面に落ちたそれはもはやその原型はとどめていない。
「これで頭が丸腰だなぁ……‼」
「今だ‼ どでかいの一発、決めちゃいなよ‼」
前後から発せられたその言葉でこれ以上ない危機を感じた俺は、来るべき一撃を回避するために諦めずに抵抗を繰り返す。
しかし、完璧なまでのホールドをかけられた状態でのそれは、全く意味のないものだった。
「クソっ……外れねぇ……‼」
今の俺の頭は完全な無防備状態。せっかく頑丈なベースマスクで守られていたはずの急所がガラ空きになってしまっている。
ただでさえ、頭の内側で絶えず痛みが続いているというのに、それに外側からの衝撃まで喰らったら間違いなく意識が吹っ飛ぶだろう。
いくら諦めない信念があろうと、意識が飛べばそれどころではない。
しかし、この状況はお相手にとってはこれとないチャンスに他ならないようで、目前の龍気体は大きくその右腕を振りかぶった。
「お望み通り、二度とここから動けないようにしてやるよぉ‼」
そう言いながら一切の容赦なく、俺の顔面にその振りかぶった拳を叩きこもうとした。
「っく……‼」
目を閉じ、歯を食いしばって覚悟を決める。
そうして、相手の渾身の一撃を真正面から受け入れようとした、その時だった。
「待ちなさい‼」
突如として発せられたその号令に、あたり一帯の動きがすべて静止したかのような感覚を覚える。
さっきまでざわめきあっていた周囲のざわめきも、途端に止んだ。
そんなあからさまな異常を前に、恐る恐る目を開くと、繰り出された拳は俺の目と鼻の先でピタリと石化したように止まっている。まさに間一髪と言うところ。
だがそう一息つく間もないままに、その声の主は続けてこの場一体のすべての学生に向かって、その権限を最大限利用した大きな号令をかけた。
「龍気体幹部、瀬名小英の権限において命じます‼ 今すぐここから立ち去りなさい‼」
そう発せられた名前に、半ば反射的に視線が向かう。
その声がする方には、漆黒の学ランに身を包ませた俺の待ち人、瀬名小英の姿があった。
「良かった……俺、瀬名にどうしても……」
だが、その姿を確認して長らく張っていた緊張の糸がほどけたのか、急に体に力が入らなくなると同時に、俺は態勢を崩して足から倒れこんでしまう。
「八神君‼」
まるで、俺の様態を心配した瀬名が駆け寄って来るような、そんな光景を目にしたのを最後に、俺の意識はそのまま闇へと落ちていった。
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