25話
先生から激励を受けた後、俺はもう一度瀬名に会うためにと食堂を離れ、キャンパス中を歩き回ったのだが、構内の至る所を探しても瀬名の所在は分からなかった。
そもそもとして、だだっ広いキャンパス内の捜索が困難であることも相まって、数十分歩き回ってもまるで痕跡一つ見つからない。
ただ、それならそうと俺は早々に舵を振り切ることにした。
正門で待つ。登下校で必ず通るはずの正門なら、時間はかかってしまうかもしれないが、確実に瀬名に会える、そう踏んだわけだ。
思い立ったら行動は早く。そうして正門前までやってきたのだが、
「ちょっと遊ぶくらいだからさ? 俺、今機嫌悪いんだよねー」
「ちょっと……! 私、弟の迎えが……」
「言っとくけど、俺ら龍気体だからな? 逆らっても言いの?」
俺の視界に映ったのは、一人の下校中の女学生に対し、どこかで見覚えある二人の龍気体が詰め寄っている様子だった。
観察するに明らかにナンパのような状況に近く、それも嫌がってる相手に対してのそれだ。
だが、先の件での鬱憤もたまっていたのだろうか、それを見ているのに我慢ならなかった俺は、その行動が一体何を引き起こすかさえもしっかりと理解していないままに、思い立つより先に体が動いた。
「嫌がってんだから、その手離せよ」
いつの間にかその仲裁に入り込んでしまった俺は、嫌がる女学生に無理強いを強いる男の腕を強く掴む。
「あ? 誰だ、お前……」
当然それをされた相手も黙っていないわけだが、俺を見た瞬間、逆に相手側が驚くことになった。
「ってこいつ、さっきの外部生……⁉」
「やっぱり、さっきの龍気体……」
二人組且つ龍気体という事で、大体の予想は出来ていたが、その予想は見事的中した。
先ほど食堂で非常にお世話になった龍気体のお二方。だが、うらみつらみに関してはとりわけ俺だけでは無いようで、学生代表から降格を言いつけられた腹いせからか、その鬱憤の標的を俺へと定めて来る。
「てめぇ、邪魔してんじゃねぇぞ‼」
そう言いながら問答無用で暴力を行使してきた。感情に身を任せた闇雲な一撃、予告もなく不意に飛んできたそれを、俺はとっさに手に持っていた手提げ袋を盾にして何とか防ぐ。
中に入れてあるベースマスクのおかげか、ガン、と鈍い音がしただけでこちらには一切の外傷を負わずに済んだ。
「こいつぅ……‼」
間髪入れずに二度目が飛んできた。今回はしっかりと、俺の顔面を狙った一撃。
だが、先の攻撃でそのマスクの耐久性に期待を寄せた俺は、その一発をよけることなく、とっさにマスクを装着してその一撃を真正面から受け止めた。
その後に広がる光景はかくも驚くべきものだった。何せ、手傷を負ったのは攻撃を食らった俺ではなく、殴りかかってきた龍気体自身だったのだから。
「痛っ……‼ てめぇ、よくも……‼」
殴りかかってきた龍気体員の拳は内出血からか赤く染まり上げており、もう片方の手でその甲を押さえながら、俺の方をじっと睨みつける。その目には俺に対する憎しみの他に、どこか驚嘆の様子も見て取れた。
だが、相手がそう驚いている傍ら、これを作った自分自身もこのベースマスクの頑丈さに度肝を抜かしていた。大人の男が繰り出した強烈な一撃、いや二撃を多少その装甲がはがれるとは言え、装着者であるこの俺を完全に死守して見せたのだ。
幸いにして視界は良好だ。このまま被っていれば、頭をやられることはまずない。
「……あの……」
不意に俺の後ろに隠れていた女学生が何か言いたげな表情で俺の袖をつかむ。その様子と先の会話から、俺は大体の事情を察した。
「あの、私……」
「いいよ。俺もこいつらには因縁あったし、君は何か用事あるんでしょ?」
「……ごめん、ありがとう……」
そう言って、俺への感謝を述べるとすぐに、駆け足で正門を降りていった。
「おいおい、何勝手に逃がしてくれちゃってんのさ……」
駅へと消え去っていく女学生からその声の方へと視線を移す。痛みで少しは頭が冷えたのか、手当たり次第に俺に殴りかかろうとする様子はもう見られない。
しかし、こちらに向かって睨みを利かせるその目は今にも俺への復讐を果たそうとする気概に満ち満ちている。
「なんだよ、ヒーローオタク? マスク被って、女の子助けて、ヒーロー気取りか、あぁ?」
痛めた手の甲を押さえながら、龍気体員はそう虚勢を上げる。それに釣られたのか、空気のようにその交戦を見ているだけだったもう一人の龍気体員もそれに続いた。
「今時流行らないって、そういう熱血系。龍気体に反抗する意味、さっきの件で理解できたと思ったんだけど?」
「それで諦められたら、俺も楽だったんだけどねぇ……」
つくづく自分の諦めの悪さに、自分自身嫌になる。だが、それが俺の本心である以上、諦めるわけにはいかない。
「あいにく人待ちなんだ。とはいっても、俺が一方的に待ってるだけだから、ここを離れるわけにはいかないんでね。それに……」
瀬名が正門に来るまで待機するついでに、これまでの龍気体への恨みを清算するいい機会、俺はそう思っていたのだ。
「こっちもあんたら龍気体には相当鬱憤がたまってるんだ。それまで相手になってやるよ」
売られた喧嘩を臆せず買う俺を単なる馬鹿と思ったのか、それとも正気じゃないとドン引きしたのかは分からない。
一瞬唖然とした表情を作った後、彼らは二人して俺のそんな意気込みを笑い飛ばした。
「この二対一で張り合おうって正気か⁉ 言っとくけど、うちは実質的な治外法権。内部生ならまだしも、たかだか一般家庭の外部生に助けの船が来ることなんて、まず無いぞ?」
「にしちゃあ、ずいぶん右手を痛そうにしてるじゃないか。そっちから喧嘩売っておいて、それで自滅するだなんて、世話ないんじゃないか?」
「っ……‼ クソ外部が……‼」
痛いところを突かれたかのように、俺のそんな煽りに闘牛のごとく反応する。その顔にさっきまでの余裕そうな笑みはもはや存在していない。
「さっきは副代表を探す手間があったから、お前ごときに時間を取れなかったが、自分から来るってことは、その覚悟あるってことだよなぁ⁉」
「外部生ごときが俺達に盾突こうだなんて考え、根本から矯正してやるよ‼」
「上等だ‼ かかってこいよ、坊ちゃんどもがぁ‼」
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