15話

「なんだ、そんなに並んでたのか」


「麺類が混んでたのと、ちょっと絡まれてたのがあって……」


「あらまぁ、人気者は大変だねぇ……」


 食堂の列は丼、定食、麺類と別れており、龍法スタミナ丼を注文した俺は流れるように列が進んだ、というより元から誰も並んでいなかったためにすぐさま料理が届いた。


 一方の瀬名は麺類を注文していたがために長蛇の列に並ばなければならなかったようで、彼女が席に戻る前に俺はその全てを食べ尽くしてしまっていた。


 そうして暇を持て余していた間に、俺はテーブル一杯に今朝出来立てほやほやの改良版計画書をその一面に並べている。


「そんな他人事みたいに……ってどうしたの、この紙の束……?」


「何って、計画書だよ。遵法戦士ロー・テクタ―、その実現のためのな」


「前見せてもらったときはたかだか十枚程度だったのに、なんでこんな……」


 ついさっきまでは、周囲にオタばれが漏れないようにと、人が多いところでは平静を装っていた瀬名だったが、今回ばかりはそうもいかないらしい。


 おそらく感心と呆れがおおよそ半分くらいの割合で配合されたような、そんな感想を述べている。


「へへっ……‼ あの後、わざわざ虎徹大まで行って英雄会に潜入して来たんだよ。そこで手に入れたいろいろな技術を基に、作ってみました、計画書Ⅱ‼」


「そのまま英雄会って、うちとは犬猿の仲の虎徹大に⁉ アポも取らないで⁉」


「おうよ‼ そのせいで龍法アンチの虎徹生連中に散々追い掛け回されたけどな‼」


「何があったらそうなるわけ……」


 そう呆れたような目で俺を見るも、計画書自体には興味津々な様子で、持ってきた食事には手を付けず、すぐに計画書の方へと手を伸ばした。


 見たところ、悪い印象はなさそうな瀬名を見た俺は、すかさずその詳細な説明を入れる。


「基本的には、瀬名が指摘したとこを重点的に直してみたんだ。設定の深堀りとか、スケジュール、それに実現に至るまでをできるだけ詳細に」


「確かに、前より内容が具体的で全体としてもしっかりしてるわね…… 爆破撮影ねぇ……案外安くできるなんて、私知らなかった……」


「なんだ、瀬名ほどの特オタなら、そういうの詳しいと思ってたけど……」


「私、エゴサみたいな信憑性の置けないネットの情報は当てにしないの。そもそも見ないし、究極言えばそうしたネットの評価は死ぬほど嫌いだからね。公式の情報しか、仕入れてないのよ」


「めちゃくちゃ拗らせてるじゃん……」


 とは言え、ページをめくる瀬名の表情から察するに、前回よりも計画書自体は好評のようだ。


 この調子なら計画書の中身を隅から隅まで熱弁したいところなのだが、いかんせん昼休憩の時間が四十五分しかないというのが惜しいところ。


 食堂に来るまでと、学食に並んでいたのも相まって、残り時間は三十分を既に切っている。ここはぐっと我慢して、伝えたい用件だけをひたすらに述べていこう。


「それで、特筆すべきはロー・テクターのフォームチェンジのところなんだけど、瀬名が言ってた裁判官、検事、弁護士ってのをそのまま採用しようかと思うんだよ」


 そう言って、俺は該当箇所を指さして詳細を説明する。


「それに合わせて、武器も変えてみようかと思うんだけど……」


「ふーん……スーツだけじゃなくて、ガベルの方も剣とか盾に変形するんだ……」


 理解はしてくれた様子の瀬名だが、その様子は納得とは程遠い。


 一応、わかりやすくするために描いた絵も同じページに張り付けてあるのだが、残念ながら効力はあまり無いようで、瀬名は眉をひそめながら、ばつの悪い表情を作る。


「う~ん……君の絵、すごく下手ってわけじゃないんだけど、やっぱり平面だからか、いまいち実感わかないのよねぇ……」


「そう言うと思って、モデルっぽいものを作ってきたんだなぁ……‼」


 まるで瀬名の感想を予想していたかのように、俺は持ってきた手提げ袋から、魔改造が施されたけん玉をおもむろに取り出す。


「作ってきたって、それただのけん玉でしょ……」


「仕方ないだろ! どこ行ってもガベルなんて売ってなかったんだから!」


 一応はガベルそのものを探してみたものの、法律専門のお店などそう近くにあるわけもない。そのため、家にあった百均のけん玉をしぶしぶ使っているのだが、実に痛いところを突かれてしまった。


 とは言え、それで何かが変わるというわけでもない。気を取り直して、解説を再開する。


「けん玉で言うと、この側面についてある皿の部分がフォーム変化に応じて九十度回転するんだよ。裁判官の時はそのままで、検事の時は皿がけん先のところに来る。そんでもって、弁護士の時は反対の側面に皿が回転するってわけ」


 説明と同時にけん玉の各部位を適宜動かす。それが功を奏したのか、説得力の伴った俺の解説はどうやら瀬名に効果てきめんのようだ。


「へぇ~。本当だ、回転した……!」


 俺が改造けん玉を手渡すと、瀬名もそれをカチカチといじりながら、その動かし具合を実践してみている。その様子を見る限り、俺の言いたいことを彼女も理解してくれていると見て良い。


 動かすのに夢中になっている瀬名だったが、話を聞いてくれていると期待して、俺は説明を続けた。


「で、その皿からビーム上の粒子が出てきて、ビームサーベルとかビームシールドみたいな感じになるんだ。そこに関してはCGを使うっていう手もあるし、どうせ変身するときだけなら、それっぽい素材使ってごまかしてもいいし……」


「確かに、最初のお披露目部分さえ頑張れば、後はカット変えればいいだけだもんね……」


 しかし、そうは言うものの、たかだか武器一つでは瀬名を満足させるにはほど遠いらしい。


 瀬名としては、俺の新調したシン計画書にはまだたくさんの懐疑点があるようで、それに関するより核心的なものを遠慮なく突いてくる。


「でも、武器だけ出来たところで、肝心のスーツがなきゃ、撮影も何もないでしょ? 他はどうするのよ?」


 そう言う瀬名の主張は全く以ってごもっともな意見である。確かに、今のままではヒーローのおもちゃを買って、そこらで戦う子どもと何ら変わりはしない。


 だが、それさえも俺にとってはまさに読み通りといった感じで、人指し指を左右に振りながらチッチッチと瀬名にサインを送った。


「それを予想だにしてない俺じゃないんだよなぁ……ほら、これを見てみろ‼」


 勢いよく自分の袖をまくって、前腕を見せる。


 そこには包帯でグルグル巻きにされたミイラのように、養生テープがこれでもかと言うほど、腕の前腕に巻き付けられていた。


 だが、それを見た瀬名の反応は俺の予想していたのとは違い、一連の俺の行動からか、


「え……厨二病……?」


 とか言いながら、露骨に俺から距離をとろうとする。


「違ぇよ‼ これが自分に合わせたスーツを作るやり方だっての‼ いいから見てな‼」


 そう言って俺はカッターを取り出し、その巻き付かれた腕に一直線の切り込みを入れた。


 その瞬間、瀬名の悲鳴が響く。


「ちょっと、今度はリスカでもする気‼ やけっぱちになられると私も迷惑なんだけど‼」


「あぁ、もう、だから違うって‼ いいから、黙って見てろよ‼」


 両手で目を覆いながらも、怖いもの見たさからかその隙間からこちらを見ている瀬名に向けて、俺は容赦なくその一部始終を見せつけていく。


 しかし、時間が経つにつれて瀬名の顔を覆う手は一つ、また一つと下りていき、明らかになった顔には驚嘆の表情が見られた。


「凄い……アームが完成してる……‼」


 目を丸くしたままの瀬名の視線の先には、カッターで一直線に切った俺の腕……ではなく、その養生テープの塊が腕の形をしたままに中央から左右に分かれていた。


 その形は、言うなればヒーローが腕につけていることが多い、防護のためのアーム。和風的に言えば籠手と言う感じに近い。


「こいつを応用すれば腕だけじゃなくて、足、それにボディも作れるんだよ‼ 界隈じゃ、ガワコスっていう、コスプレで使う製作方法の一種なんだって」


 そう、これが英雄会で俺が手に入れた技術、通称ガワコス。


 一般的なコスプレと違い、ガワとなるスーツが必要な特撮ヒーローのコスプレ製作を考える上で編み出された技術のようで、思いのほかコスプレ界隈では有名な技術らしい。


 これを使えば、自分サイズのオリジナルスーツの他にも、あらゆるものの複製が基本誰でも作れるのだとか。


「凄いわね……この技術も英雄会で?」


「そうそう、お土産でもらったヒーロースーツの作り方って言う雑誌に、そっくりそのまま書いてあったんだ。他にも色々あって、転写するボードとか、それに張る合皮とか……」


 そう言って、俺は英雄会で知りえた知識を披露していくも、瀬名も何か閃いたのか、俺のそんな熱弁を突如として遮る。


 そうして、特撮オタクならば確かに聞きたいであろう、ある問いを俺に投げかけてきた。


「待って、それが体に応用できるってことは、ヒーローのマスクなんかも作れちゃうの?」


「……そう‼ ヒーローって言ったら、何といっても顔を隠すマスクが必要不可欠だからなぁ。ほら、こいつがベースマスクって言う逸品だ‼」


 けん玉を取り出したのと同じ手提げから、俺は再び小道具を取り出していく。


 だが、今度はけん玉の時とは違い、その大きさは格段にでかい。そのうえ、その重量も桁違いで、ドスンと言う音を響かせながら食堂のテーブルにそれは降り立った。


 それは先ほどの俺の腕のように、だが今度は新聞紙で覆われていて、形は完全な球体ではないラグビーボールのような楕円の形状を作っている。


 それは古今東西あらゆるヒーローが頭にかぶる仮面、もといマスクそのものだ。


 その素材が気になるのだろうか、少し警戒しながらもそれに触れてみた瀬名はそのあまりの丈夫さに驚嘆の声を上げる。


「うわ、固っ! これ、何で出来てるわけ⁉」


「百均で売ってる工作用紙だよ。それを二枚重ねて張り付けて、耐久性を上げてるんだ」


「へぇ……でも、どうやってこんな立体を?」


「さして難しいってわけでもないんだぜ? 英雄会でもらった型紙があって、それをパーツごとに作って、組み立ててるだけ。最後に切り刻んだ新聞紙をあっちこっちに張り付けて、丸みを帯びさせれば完成ってな」


「なるほど……理屈としては理に適ってるわね……」


 マスクを両手に持ちながら瀬名はそうつぶやく。


 さらには興味津々の様子でそれを四方八方から観察もしていた。


「これ、かぶれるの?」


「全然いけるぞ。ただ、本来は前と後ろに分割して被るから少しきついかもしれないけどな」


「んしょ……! 凄い、ちゃんと外見えるんだ……‼」


「外からは見えにくいけど、ちゃんと小さい穴を空けてるんだ。見えなきゃ、戦えないもんな」


「うん、結構息苦しいけど、夏場じゃなきゃ問題なさそうかな」


 ぷはぁと言う声を上げながら、瀬名はベースマスクを外す。やはり、通気性はそこまで良くはないのか、その額には少し汗が流れていた。


「前と後ろに分割できれば、通気性も被りやすさも多少良くなるはずなんだ。まぁ、後々改良するつもりなんだけど」


「まぁ、その方が使いやすいわよね……それで? このベースマスクのまま撮影する訳じゃないんでしょ?」


「当然! 後は、さっきの腕みたいにラップと養生テープを巻いて、その上から型取りしていけば、理論上どんなマスクでも作れるんだ! エコイストとか他の特撮ヒーロー然り、俺のこのロー・テクターだってな‼」


「そっか……これをベースに上から足していけば、全然出来ないことじゃないわね……」


 前回詰問された時とは段違いの食いつきを見せる瀬名に、俺は勝機を見出してきた。


 次の三限まで残り時間もそこまで多くはない。この機を逃さず俺はラストスパートに踏み切る。


「だからさ、予定に関しても、まずはこのガワコスを作って全体的な技術の底上げを図ろうと思うんだよ。その活動報告をまとめて興味のあるメンバーを募集して、まずは未公認団体として大学側に認めてもらう。俺だって、ちゃんと調べてきてんだよ?」


 そう言って、今度は今後のスケジュールを指し示す、時系列のグラフを指さした。


「これまた、しっかりとエクセルで作ってきたわね……」


 以前瀬名に指摘された後、龍法大のHPで学生団体の設立要綱について調べてみたのだが、彼女の宣告通り、学生団体の設立と言うのは複雑且つ面倒くさいという言葉に尽きる。


 何かと奔放主義な大学では中高での部活設立とは違い、提出する書類や読み込むべき要領が山ほどあり、その説明がまた難解で分かりにくい。 


 そのような書類一式を逐一吟味した結果、つまるところ公認申請をする前段階に、未公認団体としての申請が必要であることが分かった。


 一方嬉しいことに、この未公認団体にはメンバー以外の制約は掛けられていないようだった。必要な五人という数さえクリアすれば申請自体は簡単に通過できるのだと。


 それに続けて、俺は公認申請に至る手段を説明していく。


「でもって、公認申請に必要な実績作りのために、英雄会を見習った学祭のステージ企画を成功させる。その間にも来年度に向けた最終調整をして、いざ公認申請もらったら龍法大で撮影を始めるって流れだ。どうよ、前より幾分か現実的だろ?」


「確かに、とんとん拍子にことが進めば、できるかもしれないけど……」


 だが、そう言葉をこぼす瀬名の表情はどこか悩ましい。


 自分も作っている最中に何となく勘付いていたが、流石に無理があっただろうか……?


 そう不安を感じる俺だったが、瀬名の不安は実のところそこではないようで、計画書のページをペラペラとめくりながら、その様子は何かを探しているような感じだ。


「でも、どこ見ても肝心の法律知識が何も変わってないじゃない。まさか忘れてたわけでもないでしょ?」


「ぐっ……そこを突かれるのはかなり痛いんだけど……」


 敢えて触れてこなかった部分を瀬名に切り込まれたことで、俺の言葉からは活力が消えた。


 法律知識に関しても瀬名に指摘されたところだったために、計画書作成の過程で一応は取り掛かってはみたのだが、いかんせん確固たる情報が無く、いまだ手詰まりの状態のままだ。


 ネットの知識など当てにならないし、わざわざ法学部が大学にあることを鑑みれば、法学を独学で勉強することはまず不可能と言える。現に、法律の条文一つ、ろくに理解することが適わなかった。


 この一件に関しては俺一人ではどうしようもならない。それは認めざるを得ない現実だ。


 故に俺は、いっそのこと開き直るという決断を心に刻んでいた。 


「いや、だからこそ瀬名に入ってもらいたいんだよ‼」


 強い語調で瀬名にそう呼びかける。勢い余ってテーブルを鳴らしてしまったが、食堂は談笑が響いていることもあり、周囲は俺達に注意を向けてはいない。


 それを理解した俺は、その語調のまま、勢いに身を任せて瀬名に畳みかけた。


 早い話、ゴリ押しである。


「俺があんたを勧誘してるのは何も特撮オタクだからってわけでも、人数合わせってわけでもないんだ! 瀬名の持ってる様々な見識、それに俺は惚れ込んだんだよ‼」


「ちょっと、そんな大声じゃ……!」


 まるで相手を口説くかのような、そんな告白まがいの俺の申し立てに動揺したのか、瀬名は今まで見せたことない表情を見せた。焦りと若干の恥じらいを感じているようで、その頬は赤い。


 だが、その様子は案外満更でもなさそうな感じで、俺の勧誘に悩んでいるといった印象だ。


 ならばと、ここが好機とにらんだ俺は瀬名の判断を迷わせているだろう核心に触れこんだ。


「あんたがオタばれを気にしてるのは分かってる。けど、今はそれ抜きで考えてほしい‼ ただ純粋な気持ちで、瀬名が本当にやりたいことは、一体何なんだ⁉」


「っ……私は……」


 図星だったようで、途端に瀬名の顔は曇る。


 ここまでの計画書への食いつきを考慮すれば、瀬名自身も俺の計画には消極的と言うより、むしろ好意的と言えるはずだ。


 しかし、その決断を濁らせているのは間違いなくオタばれへの恐怖。前回だけではなく、今日の授業への誘いだってその片鱗を見せていたのだから確実だろう。


 だから、俺に課せられた試練は、このヒーロー計画がその恐怖を上回るほどに面白いと思わせることである。


 そして、今に至るまでの瀬名の反応を考えれば、そのラインは無事に超えられたはずだ。


 後は、瀬名がその殻を破ることができるか、俺はその瞬間を今か今かと待ち望んでいた。


 しかし、事態は突如として一変してしまったのだ。

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