7話

 ことの経緯を瀬名に説明すること約十分、長々とした経緯を要約して、瀬名は言った。


「ふ~ん……要は君、未だに虎徹コンプレックス抱えて、その英雄会のパチモンサークル作ろうとしてる、痛い特オタってとこでしょ?」


「否定はしないけど、言い方ァ‼」


「それで? ヒーローになりたいって言われても、どんな?」


「どんなって言われても、こう法律の……あっ‼」


 そういえば、先生が今日持っていたのがリュックにあったはずだ。さすが先生、まさにファインプレー。


「そうだ‼ ちょうど計画書がリュックに……もういい加減、コイツ外してくれよ‼」


「う~ん……ま、それはいっか。はい、どうぞ」


 縄を外され、ようやく自由の身となった俺は、すぐそばにあったリュックを開けて、計画書の束を瀬名に手渡す。


「で、こいつがその計画書なんだけど……」


「これが? 遵法戦士ロー・テクター……」


「凄いだろ? 俺の夏季休暇、全部費やした力作なんだぜ?」


「ふ~ん……法律がテーマの特撮ヒーローねぇ……」


 手渡された計画書を読むこと数分、最後の一ページを読み終えた瀬名の感想が始まった。


「一応読み終えたけど、控えめに言って……」


「言って……?」


 他人からもらう初めての感想に俺の胸はドキドキし始めた。


 思い返せば、先生からは特にコメントはもらっていなかったのだ。もしかしたら、あれは先生なりの俺への配慮だったのかもしれない。


 それほどに、瀬名のロー・テクターへの当たりは辛辣だったのだから。



「糞だね」



「クソォ⁉」


 初めての感想がこうも棘のある言い方だったことに愕然とする俺を差し置いて、瀬名は我先にと批評を始めていく。


「そもそも、法律を扱うんだったら変身アイテムを六法にしたり、ガベルを使ったりするなり色々やり方あるのに、ベルトって安直すぎ。英撮に喧嘩売ってるの?」


「ぐぬぬぬ……」


 そう言われればと、膝を打つ瀬名の批評には俺は何も言い返すことができず、唇をかみながら瀬名の言葉を黙って聞き入れる。


「基本フォームしかないってのも痛いわね。一昔前の特撮ならまだしも、今のヒーローは全員、フォームチェンジがデフォルトでしょ? そうね、例えば検事とか弁護士とか…….そうだ! 法曹って皆バッジあるんだし、それ使えば!」


 勝手に悩んで、自分で解決している。


 そんな一喜一憂している瀬名とは対照的に、半年熟成させてきたヒーロー案をこれでもかと罵倒されている状態を俺は耐えられず、だんだんとメンタルが崩壊しかけてきた。


 ただ、瀬名はそんな俺の状態など知る由もなく、その酷評はとどまるところを知らない。


「それと、話が単調すぎて、起伏なさすぎ。ただ怪人出てきてそれ倒すだなんて、一昔前の特撮となんら変わらないじゃない。何か別の目的があって、そのために怪人を生み出すとか、怪人自体が真の目的のためのブラフとか……」


「ちょっと、ちょーと待て、一回タンマ」


 流石に言われっぱなしが気に障った俺は、続ける気満々の瀬名に待ったをかけた。


「じゃあ、例えば何があるって言うんだよ? 他に名案でもあるのか?」


 よく先生が言ってたはずだ。批判するならその前に、それより良い案作ってから言えと。


 さっきから自分が言いたいことばっか言いやがって、これで何もないなんて言い出したら、ただの意地悪批評家に他ならない。


「そうね……うちの大学風に言うなら、このデンジャってのを服用した学生は全員政治や経済界の家系出身の子どもで、黒幕はそのスキャンダルを利用して政界転覆を狙ってるとか?」


「あー、その手があったか! 確かにそれは面白そう……ってことじゃなくて‼」


 瀬名の繰り出す予想外の名案に、心からの納得が出てきそうになって思いとどまる。


 しかし、そんな俺の思いが伝わったのか、ようやく瀬名は俺に好意的評価を与えてくれた。


「まぁ、一つ褒めるとすれば、ロー・テクターって名前は悪くないかな。スマートな感じするし、名前から法律関係ってのが分かるもんね。まぁ、肝心の法律知識は終わってるけど……」


「だろ⁉ そこは俺も自画自賛してるとこなんだなー!」


 龍法の中で最も知能指数が高いだろう瀬名の賞賛を得たことが嬉しく、まるでさっきまでの罵倒が無かったかのように俺は喜んだ。


 法律関連に関してはノーコメントを貫かせてもらう。


 しかし、そんなぬか喜びもつかの間に、瀬名は無慈悲にも俺の計画書を床に捨て放った。


 そうして、夢の実現に目を輝かせている俺を前に、残酷なまでの拒否を示す。


「ま、あたしは八神くんの計画に乗るつもりなんて、更々ないけど」


「ないのかよッ‼ あんなボロクソに言っておいて⁉」


 すかさずツッコミを入れる俺に、瀬名は呆れたように言葉を続けた。


「あのね、わたしが授業をぶっちして、わざわざ大学まで来た理由分かってる?」


「そんなの、俺がばらさないように口止めしに……」


「そう、私オタバレしたくないの。これやるってことは避けては通れないし、内部生の格好の的になるなんて真似、わざわざするわけないじゃない」 


「……やっぱそうか……まぁ、多分そうだろうなとは思ってたけど……」


 瀬名の言い分はある程度予想していただけに、そこまでショックを受けるものでもなかったのだが、それでも龍法に蔓延るこの風潮、いや、もはや空気と呼べるそれが俺は実に恨めしい。


 オタバレ、それこそが龍法でのヒーローへ製作に立ちふさがる一番の障壁なのだ。


 大学生になって垢抜けた、なんて話はよく聞く話。髪を染め、高いブランド品で身を包み、最初は友達との距離感を掴むためにオタクっぽい趣味は隠して付き合いを始める。


 とは言え、元からの趣味や性格というものはそう簡単に消せるものではない。

 

 入学して少し経てば徐々に仮面を外した本当の自分が友達に伝わり、そうして受け入れられるようになるものだ。


 だが、龍法ではそうはいかない。


 幼い頃から上流階級で育ち、サブカルチャーなど見たことない内部生が大多数を占める龍法でオタバレでもしてみたら結果は自明だ。


 そもそもとして外部生への当たりが強い内部生からオタクと言うレッテルを貼られ、憧れの大学生活は泡沫と化す。


 そんな結末を厳しい入試を経て入学した外部生が許すはずもなく、それを如実に表すように今では大きな社会的地位を占めるアニメさえ話題に出ることもなければ、その類のグッズをつけてる学生一人いない。


 皆、外部生であることがばれないようにと必死に仮面をかぶって、偽りの自分を演じている。


 それは、たとえ外部生の星ともいえる、瀬名と言えど同じだった。

 

 主席の彼女さえも縛り続ける、内部生による外部生への圧力がそれほどまでに強いとは想像以上だ。


「そもそもサークル作るって言っても、簡単にできるわけじゃないのよ? 未公認ならまだしも、龍法大で公認団体作る条件、ちゃんと知ってる?」


「いや、知らないけど……」


 首をかしげる俺を見て、瀬名は大きくため息を吐いた。


「呆れた……いい? うちの大学は他と違って、公認申請が超厳しくなってるの。伝統と気品、いわゆる校風の維持って名目で四年に一回、学生部が開く公認審査に合格しないと、公認学生団体って認められないのよ」


「えぇ~……そんなに厳しいのかよ……」


「それに加えて、来年の審査は今の学生代表が取りまとめてるサークルでほぼ確定みたいなもんね。何せ他の団体に圧力かけて、申請を取り消させてるらしいから」


「そしたら別に、公認申請取らなくても……」


「あなたの作品は完全に龍法大ありきの設定だから、公認申請取らないとろくに撮影だってできないわよ。それに名前だって許可取らなきゃ、龍法グループに訴えられても文句は言えないわね」


「まぁ、そうだよねぇ……あんた、やけに詳しいのな……」


 龍法大の事情に精通している瀬名に賞賛を送るが、そんな俺の言葉などまるで聞こえなかったかのように瀬名は話をまとめる。


「とにかく‼ オタばれしたくないし、ヒーロー案にも魅力を感じない。それに加えて、こんなに雑な計画じゃあ、あなたの計画に乗る人なんて誰もいないわよ。それが八神くんに賛同できない理由、理解した?」


「……わかり、ました……」

 

 嫌と言うほど今の状況を理解できた俺は、瀬名の問いかけに頷く他なかった。

 

 そんな俺を確認した瀬名は、律儀にも使用した紐を片付けながら帰る支度を始めている。


「よし、それじゃ要件も済んだし、私帰るから。残念だけど、諦めて」


 そう言って、瀬名は教室から出ていこうと出口のドアを開けた。


 俺が既に諦めていると思ったのか、こちらを振り向くことさえしようとしない。


 だが、それは瀬名が犯した唯一の誤算だった。


 そもそもそんな簡単に諦められていたら、俺はとっくに英雄会のことなんか忘れて今では大学生活をエンジョイしているはずだ。


 諦めろ、そんな言葉で冷まされるほど、俺の中で震えるこの想いはやわなものじゃない。


 ロー・テクタ―に魅力を感じないなら、魅力を書き足せば良い。


 計画がずさんならば、一年ごとの綿密なスケジューリングをしてやろう。


 オタバレしたくないなら、オタバレしてでも入りたい、かの英雄会にも負けない特撮サークルを作ってやる。


 そんな思いを胸に、去り際の瀬名に向けて、俺は宣戦布告を言い放った。


「上等だ‼ あんたが入りたいって思わせる、そんなサークル作ってやるよ‼ オタばれしてでも入りたいって思わせる、英雄会にも引けを取らないサークルを‼」


 

 突然の俺の大声に驚いたのか、びくっと肩を震わせこちらを振り向く。


 その顔はまるで、子どもの駄々にあきれた親の顔によく似ていた。


「はいはい、良い計画書できたら考えてあげるわ。それじゃあねー」


 その言葉を最後に、瀬名はそのまま教室を後にした。


 足音がどんどん小さくなっていき、とうとう完全に消えてしまったことを悟る。


 勧誘は失敗に終わった。だが、それは決して終わりではない。


 むしろ、これは始まりだ。俺の夢への情熱は轟轟と燃え上がっている。


「やってやる、やってやるよ……!」


 ヒーローになる夢を諦めてから、半年。ようやく、夢への第一歩を歩みだせた気がした。


 これから行く場所はただ一つ、三限以降の授業などいざ知らず、俺も教室を飛び出して、食堂でも教室でもなく、駅の方にまで走った。


 因縁深い、虎徹大学に向かうために。

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