5話
「あれは、一体、なんだったんだ……」
オンライン授業を終えた俺は、二限の授業終わりを告げるチャイムに耳を貸しながら、先ほどの顛末を思い返している。
あの後、もちろん通信が復旧する訳はなく、そのまま瀬名との会話練習は打ち切られ、以降の授業にさえ彼女が参加することはなかった。
二外の先生曰く、瀬名は急に体調が悪くなったという事だったが、退出直前の彼女の様子を鑑みれば間違いなく嘘に違いない。
原因は間違いなく、不意にならしてしまったエコイスターの変身音だろう。
カメラがオフになっていたとはいえ、漏れたマイクの音からしても、彼女が特撮ヒーローについて何かしらの見識を携えていることは十分考察の余地があると言えるはずだ。
しかし、確固たる証拠がないのも事実だ。一人暮らしとはいっても、遊ぶに来た兄弟、姉妹の所有物であるともとっても不思議はない。一人っ子であるとも言ってないし、その可能性は排除できない。
もしくは美人な彼女のことだ。彼氏の一人くらい作っていても、全然おかしくはないのだから、そいつの置忘れという線もあり得る。むしろいない方がおかしいだろう。
「とりま、飯食うかぁ……」
色々考えていたら、腹が減ってきた。三限までは1時間ほどの昼食休憩があるのだし、食堂にでも行って、昼飯を食べながら考えよう。
どうせ、三限以降は初回ガイダンスなんだし、今回の件について考察を深めるのも悪くない。
そうして席を外し、555教室から出ようとドアを開いたその瞬間、
「バチバチッィ‼」
電流が流れるような、そんな激しい音が聞こえたのもつかの間に、突然俺の意識は途絶えた。
「まさかばれちゃうなんて、完全に迂闊だった……どうしよう、いっそのことこのままやっちゃおうかしら……」
何やら物騒な声が聞こえて、俺は反射的に意識を取り戻した。
しかし、視界はまだぼんやりしていて、どこからその声が聞こえているのか定かでは無い。
「いや、でも権力振りかざすあいつらみたいにはなりたくないし、法学部の私がそんなことしちゃ絶対だめだから……」
窓から差し込む日差しがまぶしい。それにここは、さっきまでいた大教室と違い、どうやら小教室のようである。
ようやく視界がはっきりしてきた。教室内には俺を除いて、一人しかいない。部屋も薄暗く、完全に休日で空いていた教室を勝手に占領したという感じだ。
ただ、その一人は教室先頭の教卓で独り言を発しながら、落ち着かなそうにウロチョロと行ったり来たりを繰り返している。
「でも、そうよね、法律の範囲内なら、何してもいいはず……うん、そうしよう……‼」
そして、まだはっきりしていない意識でわかるのは、俺の体が椅子に縛られたま拘束されているという事だ。ひもで固く縛られていて、言葉にするなら緊縛状態に近い。
ん? 緊縛?
「え? 何、この状況……?」
俺が起きたことに気付いたのか、彼女はこちらに顔を向ける。
その顔は、ついさっきまでパソコンの画面上で会っていたはずの女の顔だ。手にはスタンガンのようなものを持って、いや明らかにスタンガンに違いない。
「あ、やっと起きた」
彼女はそのスタンガンを持ったまま、こちらに近づいてきた。
命の危機を感じた俺はすかさず、拘束を解こうと試みるも、ひもは固く結ばれていて、びくともしない。
「クソっ、外れねぇ……!」
「外れないわよー。内側からは外せないような結び方にしてあるし、そもそも拘束されてる時点で逃げることなんて諦めなさいよ、馬鹿なの?」
さっきオンラインで会った人物とは似ても似つかない、毒のある言い方に果たして本当に同一人物なのか疑いが残る。
その確認をするためにも、俺は唯一自由に動かせる自分の口を使って、彼女にその目的を問いかけた。
「瀬名さ……いや、瀬名‼ あんた、一体何のつもりだよ⁉」
「別に? あなたに一つ確認と要望があったから、会いに来ただけなんだけど」
俺の圧に対抗するかのように、強い口調で俺にそう言い放つ。
そこにはさっきまで俺が思い込んでいた瀬名小英とは違う、別の、いや、本当の彼女の姿があった。
そうして、俺の真正面に位置した瀬名は俺の頭を両手でつかむと、その恐ろしい目で俺をじっと睨み、そこから一切視線を外すことなく、凄みを利かせた。
「私が特撮好きだって、誰にもばらしていないでしょうね?」
まるで、ヤクザが口を割らせるときに恫喝するような勢いに、ついたじろぐ。
ただ、俺はそれよりも、俺を拉致した理由がそんな些細な理由だったことに衝撃を覚えた。
「あんた……まさか、それを確認するためだけに、俺を拉致ったのかよ⁉ それも、スタンガンなんか犯罪まがいのことして⁉」
犯罪という言葉にピンと来ないのか、俺の発言に首をかしげる瀬名だったが、真実はむしろその逆だった。
瀬名は犯罪ではないことを理解したうえで行っていたのだから。
「別に、スタンガンって持ってるだけじゃ、罪に問われないのよ。参照は軽犯罪法第一条二項とそれに基づく判例からって、知ってるわけないか……」
「でも、使ったんだろ‼ そうじゃなきゃ、急に意識失ったりしねぇよ‼」
「どこにそんな証拠あるのよ? 私はただスタンガンを持ち歩いているだけ、護身用にね。それに八神君が気絶したのだって、単なる静電気かもしれないし」
「まだ冬でもないのに、静電気なんて起きるわけないだろ⁉ チッ… 他に何か証拠は……」
瀬名の完全な理論武装には、俺の主張は何一つ届いておらず、なすすべない状態が続く。
だが、そんな隙を許すはずもなく、ついにダメ押しと言わんばかりの事実を突きつけてきた。
「それに、龍法大の中は実質治外法権だから、警察に相談したって意味ないわよ。大学にとって悪い事実は全部もみ消されるようにできてるからね」
瀬名にとっては、全部分かったうえでの犯行、いや法に触れていない時点で犯行とは言い難い。
優秀な法学部生の計画的実行にはたかだか文学部生の俺ではまるで太刀打ちできず、俺はついに白旗を挙げるしかなかった。
「わかったよ、降参だ……だから、コイツ外してくれって‼」
「あのね、今は私が質問しているんだから、あなたのお願いを聞く時間じゃないの。何のためにわざわざここまで運んで、拘束したと思ってるのよ? そう簡単に外すわけないじゃない」
話がそれれば、解放も脈ありかと思ったが、そう単純にはいかないようだ。
瀬名はどこまでも冷淡に、最初の質問を繰り返して行く。
「で、どうなの? ばらしたのか、ばらしてないのか」
「……もし、他の奴らにばらしたって言ったら?」
「そりゃあ、八神君を殺して、口封じに私の秘密知った連中全員を皆殺しにするかなー」
流石に冗談で言っているのだろうが、それを冗談と思わせないほどに瀬名の目は本気だった。
凍てつくようなその目つきに押されてか、俺は固唾を呑むことしかできていない。
「ってことは、もうばらされたって事か……仕方ないわね、こうなったら……」
そう言いながら、瀬名は再びこちらに近づいてくる。それと同時に、瀬名の手にあるスタンガンにバチバチと電流が流れ始めた。
「待って、誤解だ‼ バラしてないって‼ なんでスタンガン近づけんだよ⁉」
「でも、その証拠がないから……」
俺の必死の釈明もむなしく、瀬名は歩みを止めることはない。
何か、証明できるものは…… 瀬名が特オタだという事を俺がばらしていない証拠……
……特撮…? そうだ‼
「証拠ならある! 今日のニチアサは味方サイドだと思われてたエコイスト側の大企業、ⅭSRが地球汚染の原因だったって分かったところだ! 結局、スーアはそうした環境汚染を防ぐために生まれた地球の意思だったってことで、真の巨悪は人間側だったんだよ‼」
今日放送のエコイストの内容を突然熱弁し出した俺に、瀬名は唖然としてその歩みを止めた。
そんな瀬名を前に、俺はある一つの事実を突きつける。
「つまり、俺もあんたと同じ、特撮オタクだ。これで信じてもらえるんじゃないか?」
「……驚いた。まだいたんだ、うちの大学に」
俺と同様、龍法での絶滅種であるオタクの存在に、瀬名も驚きを隠せていない。
だが、瀬名にとってはそこに感動する要素はなく、ただ必要なことを遂行するだけだった。
「そうね、暴露されてないことは信頼できる。けど、それはそれ、これはこれ。とにかく、私が特オタだってことは絶対にリークしないこと、当然、約束してくれるわよね?」
スタンガンをバチバチ光らせながら、瀬名は相変わらず俺に脅しをかける。
「わかったから、わがまま通したいときに限って、スタンガン点けるなよ‼ 危ないだろ‼」
そんな俺の要求を呑んでくれたのか、ようやくスタンガンをポケットにしまってくれた。
しかし、そんなことよりも俺には彼女に頼みたい、大事なことがあったのを思い出す。
「でも待った。口止め料って言ったらあれだけど、俺も瀬名にお願い事が……」
「言っとくけど、私を脅すつもりなら、法律の加護の下、容赦なく八神君に制裁を加えられるってこと、覚えておきなさい? 刑法三十六条一項、正当防衛の権利って知ってる?」
「わかった、わかったよ……話聞いてくれるだけでいいからさ……」
「まぁ、それくらいならいいけど……」
そう言って、こちらの話を聞くそぶりを見せた瀬名に俺は一気に畳みかけた。
「単刀直入に言わせてもらうぞ。俺さ、ヒーローになりたいんだよ‼」
「……は?」
「だから、俺にはヒーローになりたいって夢があって、まぁ、それ自体は虎徹大の英雄会で……う~ん、虎徹大の学祭から話すか……」
何とかして、瀬名に理解させようと、俺はヒーローになりたいという夢を与えた虎徹大学の学祭での出来事について語り始めた。
そう、俺が英雄会と、いや、特撮との再会を果たした、すべての始まりの刻のことを。
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