第2章 『遭遇‼ 瀬名小英』

4話

「ねぇ、君。よかったら、インスタ交換しない?」

「この後の授業だりぃなぁ~ カラオケ行っちゃおうか?」

「この後の飲み会、絶対参加だよ‼ みんな、来てね~‼」 


 学祭が来月に迫っているからか、校門付近ではその実行委員ともいえる学生会の連中がさも忙しそうに作業をしていた。


 作っているのは看板だろうか、だが作業など二の次で写真を撮って投稿している。


 そんな状況下の校門を抜けて登校するのは俺には難易度が高い。仕方なく、俺はわざわざ東門にまで遠回りをして、そこにそびえたつ険しい坂を上り詰めてキャンパス内に入った。


 これから向かう教室はオンライン授業専用教室、教室番号555。


 感染症の脅威をとうに過ぎ去ったのだが、授業の形式を春秋で統一させる必要があるらしく、通年の第二外国語の授業は今もなおオンラインが続いている。


 そして面倒なことに、三限以降が対面で行われるがために、オンラインにも関わらず俺はこうしてわざわざ登校する必要があるわけだ。


 龍法の校風である伝統が痛いところに出た例だろう。大学側の早急な対応に期待したい。


 そんなことを考えてる合間に、555教室に到着した。

 

 キャンパスの中では大きい方の大教室且つ、日曜という事もあってか、閑散として……いてほしかったのだが、前の方ではパソコンも開いていない男女グループが仲良く語らいあっているのが聞こえてきた。その耳障りな声に、ほんの小さな声で愚痴をこぼす。


「わざわざ、ここで騒ぐなよなぁ……」


 そんな喧噪を尻目にパソコンを開いて、同時にイヤホンもかける。すると、彼ら、彼女らの戯言は一瞬にして遮断された。


 チャイムが鳴ったので、教室の時計に目をやると、ちょうど二限の授業が始まる時間だった。

 

 英語の文法が基礎となる、通称二外と呼ばれるこの授業は受験勉強で英語を極めた外部生にとっては基本容易い。特につまずくことも無いまま、二限の半分が過ぎていく。

 

 が、そんなにとんとん拍子にことが進むことも無く、面倒な課題が課されてしまった。


「それでは、これから二人ペアで会話練習をしてもらいます! ルームを作るからちょっと待ってくださいね~」


「げっ、マジかよ……」

 

 そう不平をこぼす俺だったが、それにはれっきとした理由があった。


 通年とは言え、春学期とはクラスの面々が一新されているこの二外の授業。完全な初対面の中で龍法生が真面目に会話練習などするはずなく、雑談になることは間違いない。


 そうなれば、俺はキラキラ大学生の筆頭である龍法生の身の丈話を一方的に聞かされることになる。


 ただでさえ大学生らしいことを何もしていないというのに、そんな話を聞けば嫌でも自分と相手を比べてしまうだろう。


 だが、現実はそう優しくはなく、画面に映った先生の姿は瞬時に消えて、数秒通信中という画面が映るとすぐに、そこには俺が今からお話をしなくてはならない相手が映し出された。


「こんにちはー 聞こえてるかなー?」


 いや、画面より先に女性の声が聞こえた。


 何やら聞き覚えのある声だが、知った顔だろうか。確認しようと画面を見ると、その覚えに納得する。何せ、入学式で聞いたことがあるのだから当然と言えば当然だ。


 綺麗な黒髪のロングヘア―に、モデルのように整った顔、そんな容姿端麗に加え、名前の欄に書かれた法学部と言う成績優秀さを誇る彼女の存在は、龍法での大学生活に疎い俺でさえもちろん知っている。


「こんにちはー 瀬名小英っていいますー、えーと……八神君、でいいのかな? 大丈夫―? 聞こえてるー?」


 俺の代の入学生代表、つまりは首席合格者である瀬名小英の声だった。


 まさか、ついさっき先生と話していた張本人と出会えた偶然に、俺は驚きを隠せず、彼女の問いかけに応答できていない。


 それを不審がってか、余計な心配をさせてしまっている。早く答えなければ……


「あれー? ミュートになってるのかな、それとも故障? 全然聞こえないなぁ……」


「悪い、悪い。大丈夫、聞こえてるよ。瀬名さん、で良いかな?」


 俺がそう言うと、彼女の心配そうな表情は瞬時に崩れ、その顔に笑顔が戻った。


「大丈夫だよ~! でも良かったぁ~、応答ないから、嫌われてるのかと思っちゃったよ~」


「ははは……」


 まだ話して数秒しかたっていないにも伝わってくる、その手本のような対応に、俺は既に辟易としてしまっていた。


 容姿、性格ともに否定しようのない完璧ぶり。まさに、生粋の陽キャである瀬名を目の当たりにして、俺はこれから開始される数分間に憂鬱を感じてならない。


 そんな俺の予想は見事に当たり、すぐに瀬名の方から雑談が開始される。


 しかし、その懸念は俺が危惧していたほど酷いものでは無かった。


「八神君のいる場所って、もしかして教室? ってことはこの後対面?」


「あー、そうそう、オンライン専用の555教室。この後の授業が対面だからさ」


「えー‼ せっかくの休日なのに、わざわざ登校しなきゃいけないなんて、大変だねー」


「まぁその分、平日に全休入ってるし、言うほどじゃないよ。瀬名さんは、それ自宅?」


「自宅っていうよりかは借りてるマンションってとこかな? 大学近くで一人暮らししてるの」


 気づけば、恐れていた雑談にもかかわらず、俺は一切の不快も感じないままに彼女との会話を続けられていた。


 これまで出会ってきた龍法生との雑談は相手の言いたいことを一方的に押し付けられるだけだったが、不思議と瀬名にはそれが無く、良い具合に会話のキャッチボールが繰り広げられる。


 そんな彼女との雑談は、悪い気というよりむしろ、話していて楽しいとまで思えるほどだ。


「マンションに一人暮らし⁉ 凄ぇな……俺なんて、郊外の安アパートの一室だよ……」


「全然‼ 大したことないよー 家賃だって、私が払ってるわけじゃないからさー」


 そう言って謙遜する彼女だったが、そもそも龍法大が位置している場所が、都内の一等地である段階で、その謙遜はいくらしてもし足りないほどだ。


 それに加えて、画面に映る彼女の部屋の窓側の景色を見れば、俺が驚くのも納得だろう。


 何せ、その窓には画面越しでも鮮明に見えるほどには、東京の美しい展望景色が広がっているのだから。


「ちなみになんだけど、それって何階? さっきから、めちゃくちゃ良い景色が見えてるからさ、気になっちゃって……」


「え~と、……最上階かな?」


 都内一等地の高層マンション最上階…… つい気になって、スマホで検索をかけると、その相場は恐ろしいもので、俺のアパートの家賃と比べると、およそ十倍だ。


 そんな俺のアパートとは違う意味で破格の彼女のマンション、いや、その富豪さに俺は驚嘆を隠せない。


「マジかー……お金持ちっててっきり内部生のイメージだったから、やっぱすげえな瀬名さん。まさに才色兼備って感じだよ」


「いやいや、別に私はそんなんじゃ……」 



「やっば、結構でかいんじゃねー?」


 しかし、彼女が何か言いかけたとき、前の方から聞こえてくる雑音に阻まれて、最後まで聞き取ることができなかった。


 その音の出どころへ顔を向けると、もう三十分は優に超えているはずなのに、いまだあの男女グループが迷惑極まりないおしゃべりを続けている。


「ほんっと、うるさいなぁ……」


 文句でも言ってやろうかと、片方のイヤホンを外すが、その動作を不思議に思ったのか、彼女は再び心配そうにこちらを見る。


「ん、どうしたのー? なんかあったー?」


「いや、前の方が少しうるさくて……なんか騒いでるんだよね」


 だが、文句を言う暇もなく、その騒音の理由が聞こえてくる。


「震度4だって~ こわ~い!」


 なるほど、地震か。スマホを確認すると、確かに地震情報が入っていた。


 だが、耐震性に優れたうちのキャンパスのおかげか、震度4だというのに、その揺れはほとんど感じさせないほどに小さかった。


「地震っぽいね。こっちはほとんど揺れてないけど、瀬名さんの方は大丈夫?」


 心配して、彼女の方を確認すると、地震の影響か、画面が少し揺れている。


「あー……確かに、少し揺れてき……んあっ⁉」


 だが、そう言い終わる間もなく、突然彼女の画面の左からいろいろなものが雪崩のように落ちてくる。 


 やはり、最上階だからか、その揺れの度合いは地上よりも多少なりとも倍増するようだ。


「あらあら……大丈夫かよ、瀬名さん?」


「ごめんねー見苦しいとこ見せちゃって。棚に飾ってあったものが全部崩れちゃって、これは結構悲惨だな~……」


 床に散らばったのはかなりの量なのか、困惑した彼女の表情は、まるで参ったと言わんばかりで、頭を抱えていた。このままでは会話もままならない。


「いいよ、瀬名さん。まだ、二分くらいあるんだし、片付けちゃってからで」


「本当? 八神くん、ありがとー! ちょっと片付けるから、カメラとマイク、しばらくオフにするねー」


 そう言ってすぐに、彼女の画面は暗くなった。しかし、前言とは違い、マイクはオフにはなっていない。


 とはいっても、私物が見えるカメラはともかく、マイクはオフにならなくても、さほど問題ないだろう。


 むしろ、完全無欠な彼女が独りでは何を話すのか、逆に聞いてみたいものだ。


 それ故、俺はミュートが解除されているこの状態を、別段指摘しなかった。


 だから、この決断がその後の俺の運命を大きく変えてしまうとは、思いもしなかったのだ。



『エコイスタート‼』



 突如として、朝聞いた覚えのある音が耳に響き、額に汗が流れる。


「なんで、エコイスターが……⁉」


 朝のゴタゴタに紛れて、リュックに入ってしまったのだろうか、彼女が画面をオフにしている隙に、俺は必死にリュックの中を漁った。


 しかし、俺がどれだけ漁ろうと、一向にエコイスターの出自は分からない。


 それに、かなりの大音量だったはずなのに、あの陽キャグループは俺に対して何一つ反応を見せていないというのも不審な点だった。


「ん……? ここじゃないのか……?」


 だんだんと落ち着きを取り戻すも、すぐにまたエコイスターの、だが次は起動音ではなく、変身音が流れ始めた。



『人類を守護する最後の頼みぃー‼ 地球の問題、丸っと丸のみぃー‼ 守るべきものはエコのみぃー‼』  



 しかし、その音は普段というか朝聞いた時よりも若干機械音が強い。まるで、録音したものを聞かされている感じだ。


 だが、図らずもイヤホンを片方の耳から外していたために、分かったことが一つあった。


 それは、この音の音源が俺のいる555教室からではないということ。


 そして、その音がイヤホンをしている方の耳からしか聞こえないということだ。


「……もしかして……?」 


 そんな俺の疑念は、彼女が発した次の言葉で確信に変わる。


「あー、もうエコイスター落ちるとか最悪……故障してなさそうだからいいけど……」


 俺が聞いているとはつゆ知らず、彼女はペラペラとしゃべり続けた。


「見た感じ、傷もついてなさそうだから大丈夫そうね。早くマイクとカメラをオンにしないと、変に怪しまれちゃ、たまったもんじゃない……」


 そうしてようやくミュートになっていないことに気付いたのか、流暢な独り言は終わり、突如として沈黙が流れ始めた。


 その焦りは、おそらく同志であろう俺には理解できる。わざわざカメラとマイクをオフにしようとするあたり、彼女にとって、この事態は相当まずい状況なのだろう。


 だが、そんな彼女に対して、俺の体にはあの日以来久しぶりの、体中が沸騰するような興奮が満ちていた。


 虎徹大で特撮ヒーローに心を打たれた、あの日以来の高ぶり。


 それは俺の理性さえも置き去りにして、意識する間もなく口が勝手に動き出していた。


「瀬名さん……あんた、もしかして特撮……」


 しかし、すべてを言い終える前に、彼女との通信は途絶える。


 一人残された俺の画面には、彼女の退出を告げるメッセージしか残っていなかった。

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