3話

 そんなことをしているうちに、いつの間にか最寄り駅にまで到着する。


 長い階段を上り、改札を出て、再び階段を下りる。そうしてホームにまで向かって時刻表に目を向けると、あと五分もしないうちに俺と先生の乗車する電車がやってくるようだ。


 時間的にも、余裕がある。授業にも何とか間に合いそうで、正直ほっとした。


 しかし、そんな俺とは対照的に、その間も先生は何やら思いつめたような様子を取っていたが、ついに観念したかのように、


「ダメだ……これ以上は何も思いつかない……」

 とため息を吐くと同時に、白旗を挙げた。


 どうやら、今に至るまで英雄会に入ってヒーローになるという俺の夢の代替案を考えてくれていたようだが、ついに何のアイデアも出なくなったのか、先生はどこから取り出したともわからない、だが、どこか見覚えのあるA4用紙の紙束を俺に見せつけ、俺にこう言い放った。


「それで、どうにもこうにもなくなって、一人でこいつを作ってるってわけか」


 鉛筆で殴り書きされたような計画書のようなものには、その表紙に龍法大学公認ヒーロー案、遵法戦士ロー・テクターと書かれた表紙がある。


 それを目にした俺は、その正体が何なのかを一瞬で理解した。


「あー‼ いつの間にかなくなってると思ったら、先生盗んでたのかよ⁉」


 すぐさま奪い返そうと、計画書を持つ先生の手に腕を伸ばすも、先生はそれをさらりと躱す。


「朝に部屋入ったら、これがとっ散らかってたたんだよ。どうせ、作ってる間に寝落ちでもしたんだろ?」


「だからって、盗っちゃダメでしょ‼」


 何とか先生から取り返そうとするも、身長170cmを優に超える先生の身長にはいまだその背丈にまで成長しきれていない俺では到底届くことが出来ない。


 俺の努力もむなしく、先生は俺の手の届かないところでそれを淡々と読み上げていった。


「遵法戦士ロー・テクターねぇ……うちの法学部がテーマになってて、薬物に手を染めて怪人になった馬鹿な龍法生をロー・テクターが倒すって話か……おまけにうちの学生の不祥事もそろっていると……」


「なんでそんな事細かに、詳細を口に出しちゃうのさ⁉ いい加減やめてって‼」


 虎徹大に落ち、龍法大ではヒーローになるという夢を叶えられないことを実感した俺だったが、一度燃え上がったヒーローへの夢を冷ますことは難しく、入学してから今に至る半年もの間、心の奥底で燻るヒーローへの熱い思いを、俺はこの作品、ロー・テクターにぶつけていた。


 構想期間の約半年に加え、大学生の異常ともいえる長い夏季休暇を丸々費やしたこともあり、ロー・テクターに対する思い入れはかなり強いものになっている。


 しかし、そんな思い入れの強い作品にもかかわらず、先生の表情とは対照的に、俺の方は恥ずかしさで顔が真っ赤だ。


 それもそのはず、公衆の面々が一定数存在する駅ナカで、意もしない架空のヒーロー設定を読み上げられたら、客観的に自分が痛いヤツだなんて嫌でも実感できる。


 現に、駅ナカで男子学生と女子学生が取っ組み合いみたいに取り合いをしているのだから、周りの人は不思議そうにこちらを見ている。駅員さんを呼ばれても仕方がないほどに。


 しかし、その身長差はジャンプをしてもなおなかなか縮まるものではなく、なすすべなくそのあらましが先生によって暴かれていった。


「ちょっと、先生‼ 本当に‼ 冗談抜きで‼」


「名前のセンスは、なかなかじゃないか? 法律のローに守護者の意味のプロテクターをかけた、法の守護者ってとこかぁ……ネーミングセンスはばっちりだな。けど……」


 そこまで言って、先生はそれまで取り上げてた計画書の束を突然下におろした。


 そのすきを見逃さず、俺はすぐ自分のリュックに計画書を回収する。


 そうして、ホッと一息……つく間もなく、先生はある疑問を口にした。


「でも、これ。龍法じゃ実現難しいだろ?」


「……そこなんだよねぇ」


 会話を遮るように、電車が到着する。


 休日という事もあってか、かなりの数が空いていた座席に座り、先生は周りの乗客の迷惑にならない程度の声で話を続けた。


「今の龍法には、特撮はおろか、サブカルチャーの類いのサークルは一つもないからなぁ」


 文化と革新を重宝する虎徹大とは違い、伝統と気品を校風とする龍法で存在を許されている部活、およびサークルは堅物ばっかりだ。 


 それを如実に示してきたのが、春に行われた新入生歓迎会。龍法の校風にふさわしいとされるスポーツ、音楽、芸術といった伝統文化しかないことを理解した俺はヒーローになりたいという夢を手放さざるを得なかったのだ。


 しかし、そんな俺でも一抹の希望は持っていた。そこに意味がないことも既にこの六か月で半ば理解しているようなものなのだが。


「でもさ、先生みたいな特オタだっているんだし、もしかしたらワンチャン……」


「もしかしたら、あたしみたいな特撮オタクがいるかもしれない、だろ?」


 先生は俺が言おうとしていたことを予想していたかのように、声をかぶせた。


「確かに、お前の言いたいことは分かる。現に、あたしの頃はたくさんサークルもあったし、もちろんサブカル系のもたくさんあったのは事実だ。けど……」


 先生は俺に発言させる暇も与えないままに、話を続ける。


「けど、今じゃあの有様だろ? 今と昔じゃ、校風がまるで変わっちゃったんだよなぁ……」


「そうなんだよねぇ……」


 そうため息を吐きながら、俺はガックシと首を落として落胆した。


 新歓で見たような厳格な校風の維持が始まったのは、ここ最近の話と先生は常日頃から話していた。


 先生が入学したての頃の龍法はまだたくさんのサークルや部といった学生団体でにぎわっており、その盛況さは虎徹大にも引けを取らないほどの賑わいだったようだ。


 外部生の比率も今ほど低くはなく、良い意味で庶民と上流文化が混在していたのだと語る。


 しかし、二年前、未曽有の感染症が拡大し、その多くの学生団体が休止に追い込まれた。


 二年がたって、ようやく感染症が終結したときにはもう時すでに遅く、サークル数は激減し、龍法大の校風に見合う由緒正しい伝統的な学生団体しか生き残ることを許されなかったらしい。


 さらには、それに乗じた改革によって外部生の比率も年々減少し、それに比例するかのようにサブカルチャーの類いのサークルもも消えていったのだと。


 そのこともあってか、俺はいまだに先生以外の特オタに会えた試しがない。無論、サブカルに精通しているという学生にさえ出会ったことが無いのだ。


「二年くらい前までは外部生への当たりも今みたいにひどく無かったんだけど、今の学生代表になってから、何か変わっちゃったんだよなぁ……」


 そんな状況下で、何ができるとも思えない。英雄会のようなサークルを龍法で創設するという手も浮かんだが、仲間が一人もいない時点でこの現実には立ち向かう事はできないだろう。


「あたしが手伝ったところで、もう卒業だし……」


「そうだよねぇ……人数いなきゃ、無理だよねぇ……」


「せめて、英路の他にもう何人かいれば、人数合わせぐらいにはなれるんだけど……」


 以上が俺がヒーローの夢を諦めざるを得なかった理由だ。


 もともと無かったような夢なのだからと言われればそれで終いではあるのだが、そう簡単に腹をくくれるわけもなく、俺はいまだに虎徹コンプレックスを引きずり続けている。


 春学期はほぼオンラインの授業を取り、家に引きこもってばかりいた。


 サークル活動はおろか、一人暮らしだというのにバイトさえやらないという惰性の日々を送っていたのだ。


 これ以上は話しても無駄だ、そんな折にちょうど良いアナウンスが響く。


『まもなく、田吉、田吉。お出口は右側です』


「なんだ、もう着いちゃったのか」


 龍法大の最寄り駅、田吉駅。俺たちが住むアパートの最寄りから、約二十分をかけて到着する。先生と話していたこともあり、今日はいつもよりずいぶん短い到着のように思えた。


「じゃ、先生。俺行くから」


 そう告げて席を離れようとする俺に、先生が突然背中を叩く。


「ま、いい加減切り替えていけよ? いつまでも引きずってたら、大学生活楽しめないし、それに、虎徹に受からせられなかった手前、あたしだって立つ瀬無いからな」


 どうやら、激励でもしてくれるようだ。俺も負けじと応戦する。


「うん、いろいろわかった。先生こそ、いい加減内定もらってきてよ。いくら始めるのが遅いからって、一応は龍法生なんだから、多少なりとも箔はついてるはずだし、受験勉強付き合わせてた俺も、立つ瀬が無いって」


「わかってるよ、良い報告期待してな‼」


 そんな返事を聞きながら、俺は電車を降り、先生と別れる。


 そのままホームを降りて、改札を出るとすぐ、すぐ目の前に広大なキャンパス群が俺の目の前に広がった。


 龍法大のアクセスは他の大学と比べても最強と言えるほどの駅チカだ。駅を出てすぐの信号を渡れば、キャンパスへと続く校門がすぐそこにある。


 閑散としていた電車内とは違い、駅構内やその周辺には学生がうじゃうじゃと密集していた。 


 大きなバッグやジャージ姿をしている学生は恐らく、部活の帰りか、それともこれからか。


 目の前に広がるキャンパスはまるで一つの都市のように大きい。それもそのはず、他の大学が学部ごとにキャンパスを分けているのに対し、龍法大はそれが一つのキャンパスに密集した、面積、学生数並びにマンモス大学。多種多様な学部生と仲良くなれると言う点では魅力的だが、俺にとってはあってないような仕組みである。


 しかし、そんな光景を見て、俺は一人苦笑してしまった。


「ま、先生の言う通り、ここでヒーローになるなんて、夢のまた夢だよなぁ……」


 ここで、俺が龍法大でヒーローの夢を諦めざるを得なかった最後のダメ押しともいえるそれを発表しよう。


 それは何も、龍法大が校風に厳しいだけでも、ましてやサブカル文化が浸透していないことだけでもない。


 そもそも、そういったこと以前の問題なのだから。


「なんで、龍法大にはこうも陽キャばっかしかいないんだよ……」


 そう、ここ龍法大学はオタク文化とはほど遠い、バチクソ陽キャ大学だからだ。

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