第25話 ハンバーガーと一緒にポテトと恋は如何ですか?

「おはよう、郁美ちゃん。」

「あ!煌ちゃん。おはよう!いつもの?」

「うん。お願いします!」


 痩せるために早朝のウォーキングを始めた煌冷香が、初めてこのバーガーショップに訪れてから数日が経っていた。


 笹島郁美。煌冷香の幼なじみであるきょんちゃんの元カノである。このバーガーショップでアルバイトをしている郁美に再会し、ここで挨拶をするのが日課になっていた。

 郁美はさらさらのショートカットを少し茶色く染めていて、運動部らしい細身だけどしっかりと筋肉のついた健康的な体つきだ。甘いふんわりとした印象の童顔な煌冷香とは対照的に、キリッとした目をした大人びた顔つきをしている。


「はい、お待たせしました。モーニングマフィンセットに単品のマフィン。」

「あ、持ってきてくれたの?ありがとう!」


 煌冷香がテーブルについて商品が出来上がるのを待っていると、セルフサービスであるはずが郁美が持ってきてくれたのだ。バイト中だからすぐに戻らないと行けないが、ほんのちょっとだけ煌冷香と話をするつもりらしい。


「ね、煌ちゃん。今日の放課後は部活がないんだけど、待ち合わせして遊ばない?」

「え!それは是非!嬉しいです。」

「やった。じゃあ、待ち合わせはあとでメッセするね。」

「ええ、よろしくお願いします!」


 初日に郁美の連絡先をもらった煌冷香は、夜も毎日少しのやりとりを郁美としていた。気さくでさばさばとした郁美とのやりとりは、煌冷香にとってとても楽しいものだった。


「嬉しいな。今日の放課後は郁美ちゃんと遊べるなんて。そうだ、美味しいスイーツのお店を探しておこうかしら!!」


 食事の量を減らす気があまりない煌冷香。ウォーキングの休憩で毎日モーニングセットを食べている。しかも連日、追いマフィンだ。つまり、ウォーキングの効果はさして現れていなかった。あだ名は世界一かわいいスライムのままだ。癒やし系ぽっちゃりさんのままなのだ。


 そして、両親と共にイタリアで暮らさずに日本に1人で残ることを、母親にまだ許して貰えてもいなかった。少々詰み気味の煌ちゃんである。


「困ったなぁ。このままではイタリアに行くことになってしまう。まぁそれでもいいのかもしれない。でもな、モイラは日本に残りなさいって言っていたし。それに恋をしてみたいし・・・。そうだ、今日郁美ちゃんに相談してみようかしら。」


 きょんちゃんとお付き合いをして、そしてお別れした郁美ちゃん。私より恋愛の経験値がある。尊敬できるお師匠様だわ。それに、なんできょんちゃんと別れたのかも気になるわね。そういえば、きょんちゃんは元気かしら。今度連絡してみよう、、。


 そして放課後。

「おーい、煌ちゃーん!」

「あ、郁美ちゃん!」

「ごめん、待った?」

「ううん、私も今来たところ。」

「えへへ。」

「ん?郁美ちゃん、なんで笑ってるの?」

「あ、ごめん。今の会話がなんか、恋人っぽかったから。」

「そうなの?さすが恋愛のお師匠様ね。私にはわからなかったわ。」

「定番っぽい会話だったよ。せっかくだから手も繋ごうか。」

「それも定番なの?じゃあ繋いで下さい!」


 何事も経験から学ぶべきよねと、他意もなく郁美と手を繋いで歩いた煌ちゃん。確かに、街を歩いているカップルは手を繋いでいることがあるわね、くらいにしか思っていなかった。モイラの言ったとおり、恋のフラグが立っているというのに、まるで気づいていなかったのだ。


「あのね、郁美ちゃん。私、スイーツの美味しいお店を調べてみたの。ここからすぐ近くよ。」

「そうなの?実は私も、煌ちゃんと行こうかなって調べたお店があるんだけど…。」

「まぁ、そうなの?私が行きたいのは、スイーツ食べ放題のお店で、いきなり生クリーム!ってところなんだけど…」

「わっ!すごい!私もそこに行こうかと思ってた!」

「本当?じゃあ、行きましょう!」


 息がぴったりな2人。手を繋いで顔を見合わせて笑う。初めてのデートなのに居心地が良い。

 2人がスイーツのお店に着くと、ヘイジツということもあり、すぐにテーブルに通された。90分間、スイーツバイキングを楽しめる。女性客で賑わう人気店だ。


「さ、煌ちゃん!たくさん食べようね!」

「うん!わぁ!こんなに種類があるなんて夢のよう!」


 煌冷香は普段、スイーツの食べ歩きをしていなかった。肉まんとハンバーガーがマイブームだったから…。新しい感動にキラキラと目を輝かせていた。


「よし!食べよう!いただきます!」

「いただきます!ぱくっ。んー!美味しい♡」

「ふふ、煌ちゃんの美味しそうな顔って良いよね!こっちまで嬉しくなるよ。」


 煌冷香は少し驚いた。

「本当に?私の両親や学友はね、ちゃんと痩せなさい!食べ過ぎだっていうのよ?」


「なんで?煌ちゃんがこんなに幸せそうな顔をしているのに?私だって、煌ちゃんが幸せそうじゃないならそう言うかもしれないけど、美味しいものを食べているときの煌ちゃんの顔はずっと見ていたくなるほどかわいいよ?」


 そんなふうに言ってくれる人は、今までいなかった。煌冷香の胸は、じーんと何か温かいものが込み上げてきたのだ。


「郁美ちゃん…。あ、そうだ。私、郁美ちゃんに相談があったの。」


「なぁに?なんでも話して?」


「あのね、両親が仕事でイタリアに行くことになったの。私も行かなきゃいけないんだけど、日本に残りたくてね。なにか良い方法がないか考えているところなの。」


「ええっ!?そ、そんな…。煌ちゃんに会えなくなるなんて嫌だよ!せっかく出会えたのに…」


「私が一人暮らしなんて、自制せずに食べまくるだろうし、ダメだって。。」


「つまり、、ご両親が納得すれば、日本に残れるってこと?」


「そう、、ただ、納得すればだけど。それが難しいの。」


「わかった。一緒に考えよう。煌ちゃん…、私は煌ちゃんと離れたくないよ。」


「ありがとう…、郁美ちゃん!」


 思わぬ味方が現れたことで、煌冷香はホッとした。そして、お腹いっぱいスイーツを平らげた。それを嬉しそうに眺めている、郁美の恋心に気づきもせずに…。


 そう、すでに恋のフラグは、5G。電波バリバリに立っていたのだった。


 続く。





 

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