第6話 同級生など子ども過ぎて興味がございませんの

 煌冷香は放課後を迎えると、校門の前に迎えに来ている車に乗り込む。父親の運転手が朝と帰りの送り迎えをしてくれている。


 自宅に着くと、両親は決まって仕事でいない。代わりに待っていてくれるのは、赤ちゃんの頃からずっと世話をしてくれている家政婦の草王子さんだ。


 草王子さんは謎の多い女性だ。煌冷香は下の名前を知らない。推定年齢は20代の半ば。物腰が柔らかく、品のある美人さんだ。


「ただいまっ!草王子さん!ごきげんよう!」

「お帰りなさいませ、煌冷香さん。さぁ、約束のクッキーを作るんでしたね?」

「そうよ!コネコネはまかせて?」

「うふふ。じゃあ、私は焼くのをお任せくださいね!」

「早くっ!お揃いのエプロンつけて!」

「はい。じゃあ、ばんざーいしてくださいませ。」

「ばんざーい!」


 煌冷香は、両親が仕事でいなくてもさみしくなかった。なぜなら、草王子さんが大好きだからだ。2人でいるのが煌冷香にとって何よりも楽しい。


「バターは室温に戻すのよね?」

「そうです。あと、あまりコネコネしちゃいけないんですよ。サクサクッと混ぜるんです。」

「こないだのパンはコネコネしたよ?」

「クッキーは軽い仕上がりにするためにあまり練ってはいけないんです。食べたらわかりますよ?ほっぺたが落ちちゃいます。」

「え、ほっぺたが落ちたらこまるわ?やっと全部歯が生えてきたというのに。。」


 草王子さんは煌冷香が大好きだ。素直で可愛らしい、歯の抜けた煌冷香をずっと見ていたかった。


「煌冷香さんが、いー!ってしたときの顔がとてもかわいかったんですけどね。だんだん大人っぽくなってらっしゃいました。嬉しいけど寂しいですね。」

「いー!の顔、面白かったでしょ?でもね、私は早く大人になりたいわ!だって、草王子さんと結婚するんだから!」

「まぁ、じゃあ、早く大人になってもらいませんと。私がおばあちゃんになってしまいますね。」

「草王子さんはとーってもかわいいから、おばあちゃんになってもきっとかわいいわよ!」



 そうなのだ。煌冷香はダディーのような素敵な人と結婚すると言っていたが、あまり良く考えていないのだ。煌冷香がこの6年の人生で、結婚したいと思ったのは、この草王子さんだけなのだった。そして愛して止まないのは絵画の中の女神である。



 百合の葉に隠れて、すでにつぼみは可愛らしくついていたのであった。


「さぁ、焼けましたよ。焼きたてのクッキーを食べられるのは、作った人だけの特権です。食べてみてくださいね!」

「うん!あちち、はふはふ。。んっ!美味しい~!ほっぺまだある?落ちてない??」

「うふふ、かわいい。ちゃんとついてますよ!冷めたらお父様とお母様のためにラッピングしましょうね。」

「うん。草王子さんにもラッピングしてあげる!」

「まぁ。嬉しいです!」


 こんないつものやりとりを、草王子さんは心から楽しんでいた。まるで自分のこどものように、そして妹のように大好きな煌冷香。


 しかし、草王子さんの目には、うっすらと涙がにじんでいたのだ。


(ああ、煌冷香さん。ごめんなさい。私はもうすぐ、結婚してこの仕事を辞めますけれど、ずっと大好きですからね。)


 煌ちゃんの、淡い初恋はもうじき終わろうとしていた。


 続く。

 

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